2 初めての実戦/おまけエピソード [全6話]死霊討伐編

第01話】初めての実践[死霊討伐編]

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉ギルメン、主人公と同期

その他ギルメン〉ユラ、エテル、カルド、フルーヴ

──────────


(客観的視点)


──異世界 食堂にて


「イトア、カナタ! 実践に行くぞっ‼」


 それは突然だった。


 イトアとユラ、カナタは宿舎の一階、南側にある食堂で夕食を取っていた。日も暮れ大きな西洋窓せいようまどには分厚いカーテンが閉められ。ビュッフェ形式になっている夕食を、今日の討伐の疲れを癒すかのように各々おのおの好きな料理に手をつけていた。


 賑わう時間をずらして入った三人。食堂は人も少なくどこか静かでゆったりとした時間と空気を漂わせていた。


 ユラはこの異世界でのお酒と、その肴になるような物を少しだけ。頬をほんのり赤く染め上機嫌で。カナタは、いかにも胃に優しそうな、野菜と肉というバランスのいい組み合わせ。


 そしてイトアはと言うと……スパゲッティを山盛りにして口に頬張っていた。その尋常ではない量にカナタが若干口をひきつらせている。そう、彼女は異世界では、大食いだった。そしてスープに手をかけようとしていたまさにその時だった。


 カルドが食堂の扉を開け部屋の中に足を踏み入れる。首を振り誰かを探している。イトアとカナタの姿を見つけるやいなや、開口一番かいこういちばんに。こうして討伐に同行するようにと告げたのだ。


「は……はひ(い)っ⁉」


 夕食中だったイトアは今まさに口に運ぼうとしていたスープをすくったスプーンをするりと落とす。予期せぬ宣告に声を裏返しながら返事をした。一方カナタは落ち着きはらった様子で微笑む。


「分かりました。やっと僕も参加させてもらえるんですね」


 今回のメンバーは、この二人の他にエテルとユラを含めた四名で討伐に向かう。


「そろそろ二人とも実戦に行ってもいい頃だろうと思ってな。それに今回の依頼はとても簡単なものを選んだから」

「簡単……ですかぁ⁉ それなら少し安心です……」


 その顔から「不・安」という二文字をぬぐいきれない表情のイトアだったが、カルドからの一言で少し安堵あんどした表情を見せた。


 依頼は、死霊アンデッドの討伐──。


 最近夜な夜な街にまで徘徊してくるようになったのだとカルドが説明する。早速その日の深夜決行となった。深夜に備えて四人は仮眠をとることに。


「ついにイトアも実践かぁ。まあ、あんま緊張するなって」


 部屋に戻り酔いを冷ましながら同室のユラがベッドに転がりイトアに声を掛けた。


「わぁ……緊張する⁉」


 組んだ両手を胸に置き寝転がりながらベッドの上で天井を見つめているイトア。この日の為にこれまで魔法の練習を積んできたのだ。いつかこの日がくるとは思っていたがやはり不安が脳裏をかすめていた。


 そして。

 明日は学校さぼりかなあ、と良からぬ思いをせていた。



──そして出発の刻。


「イトア、死霊アンデッドは光に弱い…… 大丈夫」

「はぃ……が、頑張ります⁉」


 宿舎の玄関先でフルーヴがイトアに声を掛けていた。深夜ということもあり、宿舎も静まりかえり、そこへカルドとフルーヴが見送りに来ていた。緊張から顔を強ばらせているイトアに向かってユラとエテル、カナタもそれに続く。


「もしもの時は私がいるからさっ、何かあったらすぐ補助サポートしてやるって」

 ユラは自分の胸に腕をポンと叩いてみせた。


「僕が前に立つし心配ないよ。君を守るから」


 イトアの両手をぎゅっと握り微笑を浮かべるエテル。

 その行為にイトアの頬が赤く染まっていく。


「危険を感じたら無理しないでくださいね」


 その手を振り払おうと二人の間に割って入ろうとしてくるカナタ。

 そう言うカナタの顔にもわずかながらの緊張の色が伺えた。


 こうして四人は深夜、二人に見送られながら死霊アンデッドが出没する場所へと向かう。


 そこは城壁を経て北部。十字架の墓石が静かにそしてひっそりとたたずんでいる場所。日中でも故人への哀愁で会いに来る人がいてもさほど多くはない。ましてや陽が欠けると誰もそこに足を運ぶ者はいなくなる。


 月明かりだけが道標みちしるべ。時折、獣の遠吠えが静寂を邪魔する。月明かりが届かない場所はただ暗闇だけが息を潜めていた。四人は城壁を出ると一直線にその場所に向かう。心無しか肌を刺すような冷たさを感じながら足を進めていく。


「いかにもって場所ですね……確かこの辺りですよね⁉」

「うん、そろそろ出てくるんじゃないかな」

「とっとと片づけて、帰ろうぜー」

死霊アンデッドてどんな姿なんでしょうか⁉」


 そんな会話を交わし松明たいまつの灯りを頼りに四人はその場所に辿り着くと辺りを見渡していた。すると早速暗闇のどこからか何か聴こえてくる。エテルがその方向に松明たいまつを向ける。


「……ヴヴヴ…ヴヴヴゥゥ…… 」


 暗闇から地を這うようなうめき声が今度ははっきりと聴こえてきた。


「ひぃっ⁉」

 イトアの肩が飛び跳ねる。


「きたか」


 静かにエテルが告げると四人は透かさず陣形を整えた。エテルとカナタがユラとイトアの前に立ちどこから襲ってきても交戦できるようにと。四人は目を凝らした。


 少しずつそれは見えてきた。ボロボロの黒装束を身にまとい、破れた服の隙間からはただれた肌に骨がむき出している。手はもう人間のそれではなく、指は大きな樹木の枝のように進化し切っ先は鋭い凶器と化していた。


 その手指しゅしは身体と不釣り合いな程大きく引っかれようものなら一溜りもないだろう。フードを深く被り不穏ふおんに満ちた赤い眼光がんこうだけがゆらゆらと暗闇を照らしていた。


 エテルとユラは見慣れた様子で顔色一つ変えることもなく。カナタは一瞬目を見開くも直ぐに落ち着きを取り戻す。イトアは冷や汗を流しゴクリと息を飲んだ。


「じゃあ、そろそろ始めるよっ‼」


 エテルは、松明たいまつを足元の墓石に立て掛けるとその掛け声と共に戦闘が始まった。


 ぞろぞろと四人を囲むように暗闇から現れた死霊アンデッド達。それに向かってエテルとカナタが突っ込んでいく。二人の背中でイトアは首を左右に振り恐怖を振り払う。そして死霊アンデッドに向けて光の魔法の詠唱を始めた。ユラもいつでも補助サポート回復魔法リカバリーができるように構えている。 


「グオアアアアアアアアアアッ‼」


 早々に死霊アンデッドの怖声が暗闇を貫いた。エテルの大剣が次々と死霊アンデッドを切り裂き仕留めているのだ。


 エテルの剣は大きさを自在に操れる。その刀身とうしんは一度に何人もの死霊アンデッドぎ払えるほど大きく形状変化し刃先はさき煌々こうこうとしていた。


 刀身とうしんが大きくなればなるほど剣を振り切れる回数は減少する。しかし比例してその一撃は強烈なものへと変わる。


 エテルは死霊アンデッドの鋭い手指しゅしの攻撃に俊敏しゅんびんに身体をらし、そのやいばで弾き飛ばす。大攻撃を繰り出す瞬間を虎視眈々こしたんたんと狙っていた。


 そして隙を見つけた彼は大剣をぎ払う構えをとると一気に何人もの死霊アンデッドに向けて強烈な一撃を繰り出す。


 ぎ払われた死霊アンデッド達は勢いよく豪快に吹っ飛び煙のように消えていく。


「……凄い」


 その勇ましい姿にイトアは魅入っていた。初めてみるエテルの戦闘姿は、普段、まとっている優しくて穏やかな雰囲気を消し去り。そこには剣士として使命を全うする一人の男の姿が。そこへユラが補足を加える。


「ああ、エテルは剣士大剣使いの中でも郡を抜いているからな。あいつの背中にいればとりあえず安全だよ」、と。


 一方カナタは、柄にハルベルト(斧)をたずさえた槍を構え応戦していく。槍の中でも一番尺のある大身槍おおみやり


 それを回転させまるで踊るように軽やかに操る。暗闇でもわかるその研ぎ澄まされた穂の輝きが閃光せんこうのように宙を舞い、四方八方しほうはっぽうから迫りくる死霊アンデッド疾風しっぷうのごとく突き刺していった。


「カナタ、初めてにしては筋がいいね。これなら早くに終わりそうだよ」


 とても初陣ういじんとは思えないその立ち振る舞いにカナタに背を向けエテルが汗を散らしながら声を掛けた。


「ありがとうございます。このくらいならなんとかいけそうです」


 攻撃の手を緩めることなくカナタが答える。ともすれば余裕の笑みさえ浮かべている。


 イトアはまたしても圧倒されていた。同期であるカナタの堂々たる姿。そして確かな実力。彼もまた普段の雰囲気からでは想像できない鋭い眼光がんこうを敵に向けていた。


 次々と赤い眼光がんこうは暗闇の中に消えていった。二人が前衛で戦っている中、イトアも負けじと死霊アンデッドに向け光の魔法を放っていく。



──『閃々光レイディエイト



 光の中級魔法。死霊アンデッドの足元に魔法陣が出現する。すると魔法陣から光の柱がほとばしり。攻撃範囲は狭いがこの魔法の射程範囲に入れば死霊アンデッドはまるで天に召されるかのようにすっと光と共に消えていく。


「イトア、イイ感じじゃないか。その調子だ‼」

 イトアの隣でユラが励ます。


「う……うん! 皆が強いからなんとかなりそう⁉」


 初めて敵を倒し、イトアはどこか歓喜かんきに満ちた気持ちを抱いていた。これまでの練習が無駄ではなかったのだと。そして、自分が例え魔物であろうとも、こんないとも簡単に命をあやめてしまえる事にわずかな恐怖も覚えていた。


 これなら思っていたより早くに討伐が完了できそうだ、とエテルを除く三人は思慮しりょしていた。


 しかし、そんな三人の思惑おもわくは一瞬にして崩れ去る。


(続く)

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