第07話】初恋

〈登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公と同じギルドのメンバー

──────────


(カナタ視点)


 ある日、僕の前にイトアが現れた。


 ギルドマスターであるカルドから選定試験の座学を教えてあげてほしいと頼まれたのだ。彼女は僕と同じ頃、このギルドに加入した少女だった。年齢も僕と同じ十七歳。銀髪の髪色が特徴的だった。


 始めは正直なところ、あまり乗り気ではなかった。


 初めて会った時の彼女はどこかおどおどしていて。

 緊張しているのかそわそわしている。


 そしてその瞳はとても綺麗なのにどこかくすんでいるように見えた。なんだかそれが少し気になって僕の興味を引いていく。彼女には悪いけれど実技だけの練習にマンネリを感じていた僕にとっては都合のいい暇つぶしだった。


─────


 彼女は本当にこの世界について何も知らなかったようで、僕は一から教えることに。覚えは悪い方ではないと思うけれど。集中力がちょっと散漫さんまんするタイプ。それに疲れるとすぐに顔に出る。


 子供みたいで思わずクスッと笑みが零れてしまいそう。


 そしていつの間にか彼女は僕に対して気さくに話しかけるようになっていた。その頃になると僕の中でも彼女は「友達」という位置づけに。


 だから彼女がすぐさぼろうとすると頭を軽く小突こづいたり悪ふざけもした。あと、すぐに分かったけれど彼女は男性に対してあまり免疫めんえきがない。なので少し悪戯いたずら半分のつもりで勉強を教えるときはわざと彼女の隣に座って教えた。


 思った通りだ。

 時折彼女が頬を赤く染めながら僕の説明を聞いている。なんだか可愛らしいと思った。


─────


 いつものように座学を教えているある日、彼女が休憩を懇願こんがんしてきた。僕は仕方なくそれに応じる。でも──。


 僕はこの日試してみたい事があったので彼女を誘う。それは僕が覚えた魔法を使ってみる事。僕の魔力はもともとランサー。だけど風の加護が強いらしく簡単な風の魔法を具現化することが出来たのだ。


 僕は飲み物を取ってこようとする彼女を静止させて、彼女の右手を握り、中庭の円卓から少し離れた場所まで誘導する。彼女は手を握っただけなのに既にもう頬を赤く染めている。


 そして風の魔法を具現化する。


 もしも落としてしまったらいけないので左手も握った。そして二人で徐々に空に向かって上昇していく。ある程度の高さまでくると上昇を留めた。


 なにやら彼女がそわそわしている。


 すると彼女は意を決したように声を張り「男性と手をつなぐことが恥ずかしい」と言う。悪ふざけが過ぎたと思った僕は、慌てて「手を離そうか」なんて間抜けな事を聞いてしまった。


 だって、冷静に考えて今の状況で手を離すと彼女はさかさまに落ちてしまうのだから。それについて透かさず彼女は突っ込んできた。そしてお互いに笑いあう。


 あんなに明るく楽しそうに笑う顔、初めてみた。僕は半分悪ふざけもあったけれど、半分はこの景色を見てもらいたかったのも事実だ。彼女に眼下がんかを見るように勧める。


─────


 すると彼女の瞳の色が変わった。

 正確には表情が和らぎ、その瞳の中がキラキラと光が宿っていくように見えた。


 そして彼女は僕が予想にも思わなかった行動を起こす。


 左手を離してきたのだ。僕は「おわっ」と驚き右手をしっかりと握る。そして彼女は地面を背中にして空に向かって仰向あおむきに体制を変えた。自然と僕の身体も空に向かう。



 彼女の銀髪が空に向かって手を伸ばすかのように舞い上がった。

 そして彼女は空を掴むかのように右手を上げる。

 何かが彼女の中で生まれているように見えた。


 僕はいつの間にかずっと彼女を観察している。

 すると……彼女は儚く微笑する。


 僕は瞠目どうもくした。

 その瞳に確かに涙をため込んでいる。

 僕にはこの一連の出来事がまるでスローモーションのようにゆっくりと。

 波打って流れて浮いている君のさまが。


 涙まで空に吸い込まれていきそうだった。

 ただ空を見せてあげただけなのに……。何故に彼女は泣くのだろう。


─────


 僕は気になってしょうがない。


 ふと思った。彼女の瞳にはこのあおさがこれまで映ってなかったのではないだろうか。だって、それはわずかながら僕も同じ気持ちがあったから。つまらない世界に空を見る余裕も気持ちも湧かなくなっていたのだから。


 僕達は今同じ景色を見ている。


 彼女は瞳を閉じて息を吹き返すように呼吸をし始めた。初めて彼女を見た時のくすんだ色がするすると消えていく。僕が声を掛けると彼女は僕の方に振り向く。


 その澄んだ瞳に釘つけになってしまう。まばたきさえ惜しい。とても綺麗過ぎて恥ずかしくて一瞬目をらしてしまう程に。



 ──きっとこの瞬間に僕の気持ちはさらわれてしまったのだろう。



 彼女が「友達」から「こいしい人」に変わっていく瞬間。そして手に入れたいと思っている自分が生まれる。きっと彼女はこれからもっと輝きを増していくだろう。そんな彼女の姿をずっと見てみたい、と。


─────


 そんな気持ちを悟られないうちに僕は彼女を地面に降ろした。その時僕の顔の前に彼女の銀髪が僕を誘ってくる。僕にはどうすることも出来なかった。その髪を手に取り触れる。サラサラしていてまるで彼女を触っている気分にさえおちいってしまう。


 でも次の瞬間には「しまった」と察する。


 彼女はこの仕草でさえも頬を赤らめてしまう程に無垢だからだ。思った通り、彼女が動揺している。僕はただ純粋に愛らしいと思った。これなら握っていた手を絡めてしまえば良かったと後悔までしてしまう。


 だけど、僕だってこんな気持ちどこか恥ずかしい。急いで勉強の続きをする為に彼女を背に円卓に向かう。


─────


 それから僕は彼女に勉強を教えるこの時間が特別になった。楽しみでしょうがない。早くこの時間がこないか……なんて朝から情けなくも思ってしまう。


 この時だけは彼女を独占することが出来るから。それに彼女の隣に座っていると何故だか僕の鼓動が早くなっていく。


 彼女の横顔をそっと見つめる。

 その瞳に。

 その唇に。

 その首筋に。


 あと少し手を伸ばせば彼女に触れる事が出来る。その指先だけでもいい。また触れたい。でもそれを耐える。


 時折風が吹いた時、彼女の銀髪がたまに僕の身体に触れた。それだけで僕の身体が熱くなる。そばにいたくてもっと距離を縮めたい衝動しょうどうにかられる。


 空のあおさを見たあの瞬間から、僕の初恋の人は、イトアになった。

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