第02話】-(初めての上級魔法

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉ギルメン、主人公と同期

その他ギルメン〉ユラ、エテル、カルド、フルーヴ

──────────


(客観的視点 続き)


 三人から少し離れた暗闇から、カンッカンッと剣のやいばがぶつかり合う音が響く。イトアが目を細め暗闇に目を凝らす。


 するとそこには、これまでの死霊アンデッドとは違い人間に近い姿をした鎧を身にまとい剣を振るう死霊アンデッドとエテルが対峙たいじしている光景があった。


「なんか、違うのがいるんですけどぉおお‼」

死霊アンデッドの癖に剣を振ってやがる⁉」


 新手の登場にイトアは発狂に近い声をあげ動揺で二、三歩後退りし詠唱が途切れた。同じくしてユラも目を細めながらその死霊アンデッドの姿を視認しにんする。


「僕が他のやつら《死霊》はひきつけますから、エテルがカタをつけるまで二人は踏ん張ってください!」


 交戦しながらカナタがイトア達の方に振り向き指示を出した。


 鎧の死霊アンデッドはなかなかの手練てだれのようだった。


 容赦なくエテルの腹部、心臓、急所目がけてその切っ先を向けてくる。その素早い動きにエテルは刀身とうしんを元のサイズに戻し、敵のやいばを受け止め、跳ね返し、隙をついては鎧の死霊アンデッドに抜けて剣を突き刺していく。


「……くっ」

 その猛撃もうげきにエテルは顔をゆがめ声を漏らす。

 やいばの弾き合う音だけが暗闇に響き渡った。


 一方、カナタとユラ、イトアはジリジリと死霊アンデッド達に追い詰め寄られていた。無数の赤い眼光がんこう達が薄気味悪い笑みを零す。三人のこめかみに汗が光る。



 ──『防御壁プロテクション



 ユラが頭上に手をかかげ三人の周りに大きな半円状のシールドを張った。


「思った以上に数が多いな……。とりあえずはシールド内にこいつら入ってこれないからっ‼」


 ユラが汗をぬぐい視線は死霊アンデッドに向けたまま声を張る。しかしそのシールドもあの鋭い手指しゅしきむしる攻撃ですぐさま徐々にメリメリと亀裂が入っていく。何十もの手指しゅしが一斉に攻撃してくるのだ。


 ユラは手を掲げたまま、魔力を注ぎそのシールドの強度を高めていく。それでも破られるまでの時間は短い。


 シールドは時間が経過すると共に小さく範囲を縮めていった。三人は背中を合わすような体制で後ずさりしながらシールドの中央に追いやられていく。



 ──敵の方が優勢に傾きつつあった。



「うっっ……」

「カナタ‼ 大丈夫⁉」


 死霊アンデッド手指しゅしがカナタの腕をかすめる。軽いき傷を負う。イトアはカナタを案ずる言葉をかけるも、その手を休めることなく魔法を解き放つ。


 カナタが歯を食いしばり苦しげな表情を浮かべ悟った。イトアの魔法と自分とではさすがにさばききれない数だ、と。


「エテル、急いでくださいっ‼ 僕達もそろそろ受け止めきれそうにないです!」

「すぐそっちに行くっ‼」


 まさかこんなに手こずるとは……。

 エテルは苛立っていた。剣を持つ手にさらに力がこもる。


 その頃イトアは魔法を放ちながら思慮しりょしていた。もっと広範囲の魔法を放てばこの死霊アンデッド達を一掃できるのではないか、と。


「……あ」


 間抜けな声と共に何かをひらめいたイトアが一瞬、躊躇ちゅうちょの顔色を見せる。そして一応ユラに確認を取る。


「ユラ、初めて使う魔法なんだけど……やっちゃってもいいかな?」

「この状況でっ⁉ それ大丈夫なのか⁉」

「……上手くいけば」

「……」


 一瞬顔をひきつらせたユラだったが、このままでは形成を逆転する事など出来るはずもなく。


「あ─もうっ、分かったよ!」


 イトアはまぶたを閉じ眉間みけんにしわを寄せながら詠唱を始めた。そうしている間にも死霊アンデッド達の攻撃は勢いを増していった。シールドにはさらに亀裂が入っていく。死霊アンデッド達の眼光がんこうがさらに怪しくけわしいものに変わる。


「えっ⁉ イトア……何か無茶な事試そうとしてませんか⁉」

「……(詠唱中)」


 その変化にカナタも気が付く。


 そしてイトアの詠唱が終わり準備が整った。──が放とうとしない。かざした手を小刻みに震わせ顔をこわばらせる。敵を目前にして決意が定まらないという焦燥しょうそうと不安の表情。イトアは今頃になってその恐怖から涙目でユラに視線を向けた。


「イトアっ! 迷うなっ! やるならやれっ‼」

「心配ですけど……ここまできたら仕方ないですね! 後はなんとかしますからっ」


 二人の呼び声がイトアの背中を押す。イトアはユラと目を合わすと、覚悟を決めた瞳で無言でうなずく。死霊アンデッド達を見据みすえその手を天にかざし解き放つ。



 ──『閃光弓スペイシャス・ピラー



 光の上級魔法。それまで暗黙だった空全体に雲が晴れ大きな魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣は辺り一面を神々しく照らす。そして魔法陣の中から閃光せんこうが走り光という名の矢が一斉に解き放たれた。


 強烈な光にさらされ何百もの矢が死霊アンデッド達の体を容赦なく突き刺していく。次々と死霊アンデッド達は声をあげる暇もなく消え去っていった。三人の辺り一面でうごめいていた死霊アンデッド達が一掃された。


「うおおおおおおおおおおっ‼」


 エテルは、光にさらされ一瞬、ひるんだ鎧の死霊アンデッドの隙を見逃さなかった。瞬時に刀身とうしんを大きく形状変化し胸声と共に重く猛烈なとどめの一撃を食らわせる。


 鎧ごと腹部を切り裂かれた死霊アンデッドは後方に吹っ飛び光に溶けていった。イトアの具現化した魔法陣が消失。と、共に死霊アンデッド殲滅せんめつ



 ──討伐完了。



 死霊アンデッドの住処となっていた場所に再び静寂が蘇る。立て掛けていた松明たいまつの明かりは消え、月明かりだけが四人を照らしていた。


「や……やった⁉」


 イトアはその場にぐにゃりとへたり込んだ。一気に緊張の糸がほぐれて腰が抜けてしまっていた。さらには、初めて成功した上級魔法は想像以上に体への負担が大きかったようで。


「皆、大丈夫⁉ ごめんごめん、あんなヤツがいるなんて」

 エテルが剣を元の大きさに戻し、三人の元へ駆け寄ってくる。


「なんとか~」

「はあい……」


 魔法を解除したユラが体をふらふらさせながら手を振って合図をする。イトアも座り込んだまま返事を返した。


「簡単な討伐ではなかったですね」


 カナタはひたいの汗をぬぐい苦笑いを浮かべ槍の具現化を解いた。その顔には疲弊ひへいした様子が伺えた。顔や腕に軽い切り傷を負っている。四人が集合するとユラが順番に怪我を治癒していった。


 イトアに怪我はなかったが。


「なんか、魔力を使い果たしたみたいで、立てないみたいです……」

 またしても涙目になりながら情けない表情を浮かべなげく。


「こんなところでいきなり上級魔法を使うからですよ。全く」

「ひやひやさせんなよ~。それにしても意外と挑戦者だな、イトア」


 ユラはイトアの無鉄砲な一面に呆れた顔で笑う。カナタはやれやれとイトアの方に手を伸ばそうとしていた。しかしその手が届くことはなく──。


 その前にイトアは、エテルの腕の中にすっぽりと包まれていた。エテルはひょいとイトアの体を持ちあげ、いわゆる「お姫様抱っこ」をしていた。


「ひやぁっ‼」

「──なっ‼」


 大赤面のイトア。目の前で起こった出来事にカナタが言葉にならない声を漏らす。そんな二人の様子を余所よそにエテルはイトアに視線を落とし。


「イトアありがとう。今回はイトアが大活躍だね。でもあんな上級魔法、急に使っちゃだめだよ。イトアはまだ体が慣れていないのだから。僕がこのまま連れて帰ってあげるから安心して」


 エテルは、イトアに向けて微笑みかけた。暗いとはいえ至近距離からのエテルの顔をまともに見られないでいるイトアが口篭くちごもる。


「い……いぇ。たまたま上手くいったていうか、その……」

「上手にできていたよ……ちゅっ」

「──っ⁉」


 するとエテルはイトアの頬に軽く口づけをした。その突然の出来事に口をわなわなとするイトア。口づけされた頬に手を当て固まっている。


「ご褒美ほうびしるし


 エテルは満面の笑みでイトアの瞳を見つめていた。ユラはその様子を見て口を引きつらせる。


「お前なぁ……こんな時に手だすか?」

「──ちょ、ちょっと‼」

 そしてまたもやカナタが言葉にならない声を漏らした。


「さぁ、倒したことだし帰ろうか」


 二人のことなど露知つゆしらずエテルはイトアの意志を聞く間もなく彼女を抱きかかえたまま、スタスタと先頭をきって歩いていった。


「おいっ! 私もへとへとだぞっ! しかも歩くのはやっ」

 片手を上げながらぞんざいな扱いにユラが抗議する。


「(ぼそっ)ちっ……あんな真似……」


 いつも平常心なカナタには珍しく小声で悪態をついていた。最後尾で頭の後ろに手を組み歩いていたユラが三人を見ながら小さく溜息ためいきをついた。


「こりゃあ……波乱の予感がするな」


 こうしてイトアは「お姫様抱っこ」という羞恥しゅうちさらされながら帰還きかんした。宿舎に戻るとカルドとフルーヴがその帰りを待っていてくれていた。そしてイトアのその姿にカルドが目を丸くする。


「あれ⁉ ちょっと手こずったか? というかイトアはなんでそんな状態なんだ⁉」


「あ、え、えっと……魔力を消費しすぎて歩けなくなってしまって……」

 未だお姫様抱っこされたままのイトアは、顔を赤らめうつむきながらおろおろとした様子で返答に困る。


「お姫様を連れて帰ってきただけだよ?」

 エテルがカナタの方をチラリと見ながら冗談交じりに言うと満足気に笑みを零した。


「──っ‼」


 それを見たカナタがまたもや紅潮こうちょうした顔で何か言いたそうに食い入るような視線をエテルにぶつける。


 フルーヴはイトアが上級魔法に成功したことを聞くと「良い子良い子」と子供にするように無言で頭を撫でた。


「ははは……フルーヴありがとうございます」


 さらにイトアは羞恥しゅうちの刑にさらされる。


「でも……身体を慣らしてからじゃないと……ダメ。身体が……壊れる」


 フルーヴはイトアをたしなめた。


(初めての実践[死霊討伐編] 終わり)

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