第04話】-(魔法

 順応性というのは怖いもので。


 次の日から私は毎夜、異世界へと行くようになっていた。この世界のことを知る為ユラから図書館を教えてもらった私は、本を読み漁った。何故か異世界の文字をすんなりと理解して読むことが出来た。


─────


 私が召喚されている世界は、『ヴェールフェンセ』と呼ばれているらしい。そして世界が始まった頃からずっと人には魔力という力が存在している。


 ここからは私もまだ薄い知識なのだけれど、魔力は大きく分けて二種類の系統に分かれる。


 ──魔力を使って武器のように物質的な物に具現化させるか。

 ──あるいは形をなさないもの《魔法》に具現化させるか。


 中にはその両方。

 武器も魔法も具現化することができる特異な能力を持つ人もいるらしい。


 また、この魔力の高さには個人差がある。魔力が高い人は、より強力な武器や魔法が使えるとのこと。なんだか複雑でよく分からないけれどこの「魔力」というものに私は物凄く惹かれた。


 ここヴェールフェンセは、人と人ならざる者たちが共存している緑溢れる世界だった。でも時に人に害をなす魔物? が出るようで、こういった魔物を討伐していく事を生業なりわいとしているのが今お世話になっているギルドのようだ。


─────


 あれからカルドにはユラとエテルの他にも沢山のギルドメンバーを紹介してもらった。ざっと二十人くらいいたと思う。だけど実のところまだ名前と顔が一致していない。


 抑々そもそも、顔すらうっすらとしか覚えていない人だっている。顔を覚えるのが苦手な私にとってこれは致命的だった。


 そしてまず私は自分の魔力の種類を知る為ユラと共に街にある占い師の元につれていかれた。


 この世界でも占い師が存在していた。そこで自分の魔力の素質が分かるのだそうだ。何が何やら分からないまま連れていかれ、そこで告げられたのが。


 ──私には「魔法使いメイジ」の才があるということ。


「イトアは、魔法使いメイジか。それなら早速訓練を始めなきゃな。魔法の事ならフルーヴが専門分野だ。フルーヴに教えてもらうといい」


 そうカルドに言われ私はフルーヴに魔法を教えてもらうことになった。


 フルーヴは、実のところ、少年なのか少女なのかよくわからない。年齢は私とあまり変わらないと思うのだけれど。なにせいつも深くフードを被っていて顔の半分も見えないのだ。


 それでもフードから少し見える髪は紫色で、フードの影からもわかる光沢のある赤紫の瞳を覗かせていた。


 現実世界のオタク用語でいうならばズバリ『男の』という分類に入るのかもしれない。それ程に中性的な雰囲気をまとっていた。私は一応男性とすることにした。


 フルーヴの魔力は、魔法剣士マジックナイト。魔法も使えるし、その魔力を剣にこめて戦うこともできるらしい。


 こうしてフルーヴから魔法を習うことになったのだけれど……。


 彼は、とても癖のある少年だった。感情表現が乏しく非常に無口。さらに魔法の教え方も独特で。


「頭にこう……想像するんだ……」

「は、はぃ」

「するとこう……ぽっと炎が出てくる……」

「……?」


 感覚的すぎて私は頭がグラグラした。才が高い人は、必ずしも教え方が上手いわけではない、と何かの本で読んだことがある。私は「肌で感じろ」という先生の元、両手を前にかざし五感を研ぎ澄ます。


「う…ううぅ」


 変な声が出てしまう。「む……無理だ」心がそうお告げを出している。今は一番簡単だという炎を具現化する練習に励んでいる。


 それから「時間がある時、目を通しておくといい」と様々な魔法陣が書かれているそれはそれは分厚い魔法書をフルーヴから渡された。私はペラペラとページをめくってみた。


 ……うぅ、頭が痛くなりそう。


 私はそっと本を閉じた。

 あの占い師のおばあさんのことが少しうらめしくなってくる。


 あの占い、間違ってませんか?


─────


 魔法を教えてもらい始めてはや数日。


 私は炎のほの字も出すことができなかった。フルーヴはいつも傍で見てくれているけれど、あんな感じなのでほぼ自主練状態だ。


 もっと簡単に格好良く魔法を使えるのでは⁉ という私の淡い期待はいとも簡単に崩れ落ちた。


 私はいつも宿舎の中庭で練習をしていた。初めてこの宿舎を見た時から中庭があるのでは? と思っていたけれどその通りで。想像以上に綺麗に手入れされた芝の中庭に私は魅せられ今ではお気に入りの場所になっている。


 そして私が練習していると通りがかりにある少年がいつも声を掛けてくれた。


「明日にはできるようになりますよ。頑張ってください」


 彼の名前はカナタ。

 丁寧な言葉使いと優しい微笑。

 それだけで私の胸は毎回反応してしまう。


 うぐ……私には刺激が強すぎる。


 彼の相貌は、漆黒の黒髪は目に少しかかるくらいまで長く、深い青藍せいらんの瞳が髪の隙間から見え隠れしていた。少年と大人の狭間はざまにいる儚さを感じる少年だった。


 彼の魔力は、ランサー。槍に四属性火・水・風・地を付与させて戦うこともできるらしい。私がこのギルドでお世話になる少し前に加入した新人とのこと。


 誰にでも敬語で話すカナタは律儀な性格のようだ。そして相手を気遣う優しい一面を持ち合わせている。年齢を聞くと私と同じ十七歳というのだから、この落ち着いた雰囲気、見習わなくては。


 今回の滞在も彼の選定試験というものの為と教えてもらった。名前や容姿からなんとなく私が存在する現実世界に近い雰囲気がして内心では親近感を抱いている。


 そういえば、彼は一人である日ふらっとギルドにきて「加入させてほしい」と志願して入ったとユラが話していた。それまでの経歴を誰も知る者はいない。謎多き少年でもある。


「ははは……。ありがとうございます」


 私は心ここにあらずのまま、空笑いを浮かべるので精一杯だった。


 抑々この世界では、魔法は詠唱を唱えると魔法陣が完成し具現化する、とフルーヴに教えてもらった。私が知っている杖とかそういう概念は無いようだ。


 それと同じ要領で剣などの武器を用いるジョブも魔力を練り上げて具現化する。その為、基本的に皆手ぶらだった。


 唯一、剣をたずさえているエテルもずっと具現化する必要はないようで、日々の魔力の鍛錬たんれんとしてああして持っているとユラから教えてもらった。少しずつだけどこの世界の知識も深くなりつつある。


─────


 今日も炎を具現化することができず。

 私は「はぁ……」と肩を落としながら深い溜息ためいきをついた。


 自分の手のひらを見つめ「私に本当にそんな力があるのかな」と不安がよぎっていった。この日煮詰まった私は、宿舎の中庭から少し歩いた先の森にある湖へと向かった。


 もう日は暮れ星空が見える。


 湖は、三日月が月明りに照らされ、湖畔こはんにも二つ目の月が揺らめきながら映し出されていた。湖のふちに私は腰を下ろし、その景色を眺めながらやはり自分の不甲斐ふがいなさに落胆らくたんしていた。


「はぁ……なんで成功しないんだろう」


 独り言を呟く。

 手元にあった小石を湖に投げた。

 ぽちゃんと虚しい音と湖畔が揺れる。


 そういえば、こんなに何かを頑張るという事が随分と久しぶりだった。現実世界の私は、あのままいけば、あの創造主のいう通り引き籠りまっしぐらだっただろう。



 人に疲れ──。

 自分に疲れ──。

 あげく人に関心も無くなってきていた。

 学校もさぼりがち。一人を好むようになった。



 いつからか、何をしてもつまらなく感じるようになって、ゲームスキルだけが無駄に上がっていく毎日。長い一日を持て余すようになっていた。


 そうするうちに学校からも遠のいていった。学校に行けば揺由という親友がいる。でも、他のみんなが青春を謳歌おうかしている中で自分だけ取り残されている気がして、私にはとてもまぶしすぎた。


 ありきたりな言葉で言うならば私の目には景色がモノクロに見え始めていた。自分がここに存在しているのか分からなくなっていた。



 ──自分の部屋が世界の全てへとなっていく。



 そんな時、突如夢の中に現れたフェテュールという名の異世界の創造主。「生き直してみない?」この言葉が心に刺さったのは確かであって。


 死がまとわりついてくるのが難点ではあるけれど……。


 実のところ私は案外この異世界を気に入っている。大好きなファンタジーの世界でさらには自分の見た目も可愛いときた。


 現実では冴えない私もここでなら何か変わるのかなと期待していたのかもしれない。だから自分に魔法使いメイジの素質があると言われて正直嬉しかった。未だ具現化はできないけれども……。



 それでも。

 こんなに何かに一生懸命になれたのはどれくらいぶりだろう。



 膝を抱えていた私は両腕に顔をうずめる。

 湖からほのかに冷たい風が吹き私の髪をなびかせた。


─────


 またここでも私は逃げ出すのかな。

 諦めるのかな。

 外見が変わっても中身は同じ。あわれで自堕落じだらくな自分が嫌になってくる。


 ……。

 ……。


 でも。


「……悔しい?」

「え……⁉」


 振り返るとフルーヴが私の背後に立っていた。


(続く)

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