第03話】-(ギルド

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カルド・男性〉ギルドマスター

その他ギルメン〉エテル、ユラ

──────────


 街の中心部から少し離れた場所にその宿舎はあった。


 大人数が宿泊できそうな大きくて年季の入ったレンガ造りの建物。建物の周辺には、芝が敷き詰められ大きな丸い出窓がいくつもある。コの字型になっているのだろうか。建物の裏には森が茂っていた。


 宿舎に入る前にエテルは繋いだ手をそっと離した。そして彼はぎいぃと古びた宿舎の入り口の扉をゆっくりと開いた。


「エテル、遅かったな。心配したぞ」

「ごめん、ごめん」


 そう言いながら全く心配している様子のない口調の丁子色ちょうじいろの髪色の青年が声を掛けてきた。エテルは頭を掻きながら困ったような笑顔を向ける。その青年は、日に焼けた褐色の肌に体の線は細めだけれど筋肉質の体型をしていた。


 上半身は西洋の孔雀くじゃくを連想させるような柄の赤い布を斜めがけし、鍛え抜かれた腹直筋が見え隠れしている。足元には膝から足元にかけて鋭利な突起物のある鎧を装備していた。


「カルド、ちょっとお願いがあるんだけど」


 そう切り出すとエテルは私と出会った経緯いきさつや状況を簡単に話してくれた。

 エテルがカルドと呼んだ青年が私に話し掛けてくれる。 


「……事情は分かった。このギルドでは加入希望者がいれば基本的に断る事はしていないんだ。それに君のようながこのまま路頭に迷うのも見ていられないからな。歓迎するよ。俺はここのギルドマスターをしているカルドだ。よろしく」


 そしてくしゃっとした笑顔で私に手を差し出してくれた。


「い……イトアです。よろしくお願いしますっ⁉」


 私は緊張しながらその手を握る。またしても嘘の名前を名乗ってしまったわけで。後ろめたさにうつむいてしまう。一度ついてしまった嘘はもう戻せない…。


 そんな私の心中を余所よそにカルドはギュッと手を握り返してくれた。大きな手からは想像できない程ふんわりとやさしい力加減で。そして言葉を続ける。


「イトア、今日はあいにく満室みたいなんだ。後日部屋は用意するから今日はうちのギルドメンバーとの同室になるけど構わないか? 気さくな奴だから心配はいらない」


 カルドはそう告げ、一人の少女に声を掛ける。


「ユラ、ちょっといいか」


 ユラ……。この響きに私は聞き覚えがあった。そこに現れた少女は……。


 珊瑚色の髪に眉よりも短い前髪。ルビーのような綺麗な瞳がひと際目を奪う。頬にちょこんと可愛らしいそばかすをのぞかせた少女がそこにはいた。腹部をあらわにした軽装からは豊満な胸元が揺れていた。


 私はその姿に瞠目どうもくした。


 それは現実世界での私の親友、水無瀬揺由みなせ ゆら瓜二うりふたつだったから。容姿から名前まで一緒だなんて。ここでは他にも私が暮らす現実世界と同じ姿で存在している人がいるのかもしれない。そんな事を考えていると。


「イトア、私はユラ。よろしくなっ」


 ユラは私に向かって大きく笑う。こちらの世界のユラは現実世界の彼女よりも豪快な気がした。そこへカルドが会話に入る。


「もう部屋に戻って休んでいる奴もいるから他のメンバーは追々おいおい紹介するよ。イトアも疲れただろうから今日はもう休んでくれ」


 ユラに着いていく前に私はエテルの方に振り返った。彼は優しい眼差しで微笑んでくれていた。私は軽く会釈えしゃくをした。彼はおやすみと手を振ってくれた。


 その後ユラと一緒に部屋に行き、ユラは私に自分のベッドを貸してくれた。私がベッドに腰をかけ、お礼を述べる。


「ベッド、ありがとうございます」

「あ─これから仲間になるんだ。敬称は無しだ。なっイトア」

「う、うん」


 ユラはソファーに座ると身を乗り出すように肘を組み私の瞳を覗いてきた。


「それにしても、女一人で田舎からここまでくるなんてイトア、肝が座ってるよ」

「あはは……」


 私は苦笑いを浮かべるしかない。森の中に置いてきぼりにされたんですよ、あの幼女に。


「なぁ、イトアは何の魔力使いなんだ?」


 うぐ……エテルに続きユラまでも。でも今の私なら言い訳ができる。


「それがまだ分からなくて。これから特訓するところ……」


 急な敬称無しに、言葉がたどたどしくなってしまった。


「そか。じゃぁ、あの占い師の婆さんのところに行くんだな」

「占い師?」

「おう。あそこにいけば自分の魔力の種類を占ってくれる」


 この世界にもそんな職があるとは……。ますますファンタジーの世界に近い。


「ところで、ユラは何のジョブなの?」

「私? 私は治癒者ヒーラーだよ」

「へ?」

「お? その顔は信じてないな。まぁ、こんな身なりだから始めはみんなイトアみたいな顔をするよ」


 ユラが苦笑する。


「わわっ‼ ごめん⁉」


 私が両手をふりあたふたしていると。


「試しに治してやるよ。そこにできたくるぶしの傷みせてみっ」


 私には、昨日石に転んで出来たかすり傷があった。


 私は言われるがままりむいた場所がよく見えるようにユラの方に足を向ける。ユラはかがみ、その傷口に自分の右手をかざす。すると同時にユラの手のひらからぼんやりと光が現れた。その光はまるで陽だまりのように温かくやさしい光だった。


「え⁉」

「はいっ! 終わりっ」


 数秒のことだった。ユラがかざしていた手を離すとかすり傷があった場所が綺麗に治っていた。


「どう? これで信じてくれた?」


 えっへんとばかりに手を腰に当て自慢げにユラはまた大きく笑う。

 これが魔力という力⁉ ……凄いっ⁉


 私は目をぱちくりしながら傷が消えた場所を二度見程した。

 魔法……胸の高鳴りが再び蘇る。


 それにしても、ユラが治癒者ヒーラーというジョブにやはり内心驚きを隠せないでいた。どうみても戦闘向きに見える容姿と言動。大いにギャップがありすぎる……。


「さて、そろそろ、私は近くの店で一杯やってくるわ。イトアは先に寝ててくれ」


 そう言うと出かける準備を始めユラは部屋を後にした。


 一人取り残された私は大人しくベッドの中に入った。

 仰向けになり天井を見上げる。


 今日は色々なことがあった。現実世界、高校生になってから部屋にこもり気味になっていた私にとって一日でこんなに沢山の人と話すことが久しぶりすぎてとても疲れていた。ベッドに横になるとすぐに睡魔が襲う。


 そして私は現実世界に戻る為うなじに手を当てた。次に目を開くと現実世界の自分のベッドの中だった。時刻は朝の三時過ぎ。私は三時間ほど異世界に行っていたようだ。


 こうして私の異世界生活が始まった。


(続く)

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