第02話】-(寂しさ
〈主な登場人物〉
紬/イトア・女性〉この物語の主人公
エテル〉主人公が異世界で初めて出会った少年
──────────
高々と
「わぁ……っ‼」
思わず息を呑んだ。
そこはまるでおとぎ話に出てくるような街並が広がっていた。
石で敷き詰められ整備された道。
黄色や白、
レンガで積まれた三角屋根の家々。
出窓には色鮮やかな花を吊るしている家もある。
街の中に川も流れているようだ。
遠くには頑強な白城まで見えた。
このファンタジー感溢れる街並みに私の心はときめいた。
──ここは私が思い描いていたものより穏やかな世界なのかもしれない。
あのおどろおどろしい契約内容をみて重苦しかった気持ちが少し軽くなった気がした。私は辺りをきょろきょろと見渡しながら足を進める。不思議なことにすれ違いざまに聞こえてくるその会話を自然と理解することが出来た。
そして行き交う人々を見ると、私と同じ肌の色の人や、
言うならば多文化が入り混じったような不思議な光景が広がっていた。
あまりに物珍しく私が周りを見渡しているものだからエテルにクスリと笑われてしまった。子供みたいにはしゃいでしまって恥ずかしい……。そこへエテルが声を掛けてくれる。
「イトア、歩き疲れてない? 少し休もうか?」
そうしてエテルが連れて行ってくれたお店はテラス席のあるお洒落なカフェのようなお店だった。女性客が多くエテルがお店に入るや否や、店内の女性の視線を一斉に浴びている。でも当の本人は全く気にする素振りもないようで。
彼の
文字は読めるけれど……当たり前だけど……珈琲等という言葉は無かった。恐らくそれ自体はあるだろうけど、きっと名称が違うんじゃないかと思った。私が汗を流しメニュー表を凝視していると不意にエテルが飲み物を
そして「同じものを二つ」と言葉を添えてくれた。その女性店員さんは、エテルの顔を見るとどこか頬を赤く染め
このエテルの気配りに、正直とても助かった。もしこの事を尋ねられたら「
私達はテーブルを挟み対面に座っている。エテルは注文を終え一息つくと私の顔と同じ高さになるかのように、頬杖を突きそして私に向かって微笑んだ。美少年の笑顔は毒のように見えた。私はすぐに視線を逸らしてしまった。
けれど、初めて真正面からその顔を、その笑顔を見た気がする。恥じらいながらもその優しい雰囲気、眼差しにどこか安心感を抱いてしまう。そしてこんな風に学校以外で外に出て対面して誰かと話すという事が随分と久しぶりだ。
私はさっきの話しで気になっていた事を尋ねてみた。
「あの、魔力ってどうやって引き出せるんですか?」
「ああ、人によって異なるけど、突然何かのきっかけで発動することもあれば、訓練をして使えるようになる人もいるよ。見たところイトアは後者かな」
「訓練……」
私が顔を曇らせるとそれを晴らしてくれるようにエテルは話を続ける。
「大丈夫。僕のいるギルドには強い魔力を持っているメンバーがいるから。その者から教わればすぐにイトアも使いこなせるようになるよ」
私はその言葉を聞いて少し安心した。
ここで魔力が使えなければ雑用係でもいいのでとにかく当面、この世界の事を知るまではここでお世話になろうと思っていたから。そんな事を考えていると
可愛らしい装飾をされたティーカップに深い橙色の液体。そしてこの香り……。
これは現実世界でいうところの紅茶ではないだろうか。エテルが平然と口を着けるなか、それでも私は恐る恐るその紅茶らしき飲み物に口を着ける。少量口に含むと口いっぱいに紅茶の甘い香りが鼻からぬけ安心して喉へ通す。
よかった……。この世界の味覚は現実世界と同じみたい。私が安心して二口目を着けようとしたとき。
「もう一度確認するけど、本当に冒険者になりたいのかい?」
エテルは少し心配そうな表情を浮かべ私を見てきた。
「はい、手に職を着ければなんとか生きていけるかと思いまして……」
「手に職って、さっきの言動といいイトアはなんだかおてんばに見えてしまうよ」
今度は呆れたような表情に変わった。私は首を傾げる。
「何か……変でしょうか?」
「ううん。そうじゃないよ。でもイトアなら……例えば僕ならすぐにお嫁さんにもらいたいくらい」
「お、およめさんっ⁉」
今度こそ二口目を口に含もうとしていた私の口は逆に大きな息を吐いた。
「そういう道もあるってことだよ」
私の想像の遥か先にあるような言葉をさらっと口に出してくる。私は返答に困り、ただひたすら紅茶を飲み干していた。そこからはエテルは話題を変えてくれ、たわいも無い会話が続き、会話が途切れた時。
「そろそろ出ようか。イトアにこの街が一望できる場所につれていってあげたいんだ」
エテルは二人分の硬貨をテーブルに置くと二人でお店を後にする。ずっと気になっていたけれど他の女性客からの刺すような視線から
王都というだけあって本当に活気に満ち溢れた街だった。道中、大通りに差し掛かった時、あまりの人の多さに私はエテルの姿をつい見失ってしまった。
私が人に
「迷子になったらいけないからね」
「──っ⁉」
街に着いてからエテルの言動全てが初めての世界で。どう接すればいいのか正直分からなくて目が回りそうになっていた。でも道も分からないわけでその手に導かれるままに足を進める。
そして暫く歩くと街の高台に着いた。
そこには私達のように街を一望している人達が集まっていた。エテルは人をかき分け高台の柵がある場所まで私を連れていってくれた。私は柵に手をかけ街を見下ろす。辺りは高い建物もなく、風の通り道になっていた。
私の長髪が流れた。風がとても心地いい。そんな風に感じられるのもこうして傍に私の事を知ってくれている人がいるということもあると思う。
「ね、ここなら街を一望できるだろう? 君はこんな大きな街に来ているんだよ」
穏やかな表情でエテルは言う。
私の目は大きく見開いた。
森の中から見た景色とはまた違い色鮮やかな景色が私の目を奪う。
本当に大きな街だった。
青い空の下、ペンキを落としたようなカラフルな屋根。
家々の間には時折緑が生え、白城すら小さく見えてしまう。
私がふと隣に視線を向けると、エテルは私の顔を見ていた。
私の頬にまた熱がこもる。
それにしても……私には気になることが。
それは高台についてもエテルはずっと手を握ったままで。私から離すことも出来ず。どうしたものか、
「あ、これ? これは僕が繋ぎたいからしてるだけだよ」
「──っ⁉」
私は恥ずかしくて瞬時に真正面の景色に視線を移した。そんな私の反応を見てエテルはまたクスリと笑う。私の中で様々な自問自答が始まる。
私たちは昨日出会ったとはいえ、ほぼ初対面。そんな相手にお嫁さんにしたいとか、手を繋いでくるとか……私には理解できない。それともこの世界ではこのくらい当たり前のことなのだろうか⁉
そしてこの景色を見ているとなぜだか心の中で混在する感情が生まれてくる。
この世界に来てからエテルという少年に出会い、私が困っているところを一度ならず二度までも助けてくれた。そして優しい眼差しを向けてくれた。
少し前までの私の世界は薄暗い世界だった。
人にも逢わず、というか人と接するのが嫌になって自ら関わる事を避けていた。でもこの世界に着いてから私は自分の力では魔物の一匹も倒す事も出来ず……。
今の私は一人では生きていけない。そこに現れたエテルという少年。彼のおかげで私は生かされた。
それにエテルの笑顔を初めて見た時、この世界で独りぼっちだった私は心底安心した。その笑顔に正直私は泣きそうになってしまったのだ。
一人を好んで生きていたはずなのに、それは親の庇護の元、生きてこられただけで。あまり年齢も変わらない目の前の少年がしっかりと自分の足で生きている姿に、私は自分の愚かさを知らされた気がした。
人は誰かと繋がっていなければ生きてはいけない、のだと。
この美しい景色を見ながらそんな風に私は
私がまた顔を曇らせていると──。
「余程、心細かったんだね。僕がいるから大丈夫だよ」
エテルが私を案ずる言葉を掛けてくれた。
「ありがとうございます。ここに来てから色々と思い返す事が多くて。それにエテルのおかげでこうして住むところも見つかりましたし、なによりその笑顔に沢山救われました」
人の笑顔には、こんなにも大きな力があっただなんて、私はすっかり忘れていた。
「本当にイトアは面白いね。僕はただそうしたいからしてるだけだよ。でもそれで安心して貰えたのなら僕も嬉しいよ」
すると繋いでいた手のひらに力がこもった。さすがにこんなにも長い時間繋いでいるわけで私が改めて赤面することはなかったけれど。私が首を傾げると彼はなぜか微笑み。
「ねえ、これって運命なのかな?」
「えっ⁉ う、んめい⁉」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
どうして、どうやったら、そんな言葉に変換されるの⁉
私は本当に時が止まったかのように口をポカンを開け微動だに出来ずにいるとエテルが苦笑した。
「はは。何でもないよ。そんな困った顔しないで。夕方が近づいてきたね。それじゃあ、僕達が滞在している宿舎に案内するね」
やっと私の時は動き始めた。そしてするりと繋がっていた手が離れる。どうしてか分からない。私はきっと一瞬寂しいと思ってしまった。それが顔に出てしまったのかもしれない。
「いいよ。わかった」
エテルは離れた手をまた戻してくれた。
私は……これまで独りぼっちだったことが。
きっと、多分、やっぱり、寂しかったのだ──。
(続く)
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