第05話】-(心の灯火

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

フルーヴ・男性〉主人公の魔法の先生

その他ギルメン〉カナタ、ユラ、他

──────────


 きっと姿が見えなくなった私を探しにきてくれたのだろう。私の今の気持ちをまるで聞いたかのような質問に一瞬言葉が詰まる。そして。


「本当はとても悔しいです。……私には才能がないのでしょうか?」


 正直な気持ちを口にした。

 悔しい。そしてもどかしい。

 フルーヴは、淡々と答えた。


「イトアに足りないもの……何だと思う?」

「私に足りないもの……?」


 沢山ありすぎて一つに絞れないや。私が虚しく苦笑していると。


「今回……だけだよ……君にたりないの……自分を、信じること」


 私は、はっと顔を上げる。瞬きすら出来ない。

 そうだ──。



 ──私は私を信じていない。



「怖がっちゃ……だめ。後ろを振り返っちゃ……だめ」


「前だけを……見るんだよ」


 頭にガンガンと石をぶつけられている程の衝撃が襲う。


「私の心が弱いから、使えないんでしょうか?」

「……そうだね」


 はっきりと現実を知らしめられる。


「……」

「でも……ここから……変わればいい」

「そんな急には……」

「後伸ばし……したって……同じだよ」


 なんだか現実世界での私ごと叱咤されている気分になった。


「イトア……冒険者なるなら……今という瞬間……無駄にしちゃ……ダメだよ」


 今の私にはこの言葉の意味がまだ分からない。

 今……。


 怖くて手が震えそう。何か言おうにも言葉が出てこない。

 前に進まなくちゃ。それだけは分かる。けれど足がすくむ。


 あと少しのところで後ろから誰かが腕を掴んでくる。

 離して。解放して。この腕を振り払わなくちゃ。


 その時、頬を何かが伝った。

 これは──涙?


 目を細め唇をぐっと噛んだ。涙がこぼれ道筋を作っていく。


「イトア……勇気を出して。これまで……沢山練習……してきたの……僕は見てる」


 そして、フルーヴは魔法の言葉を掛けてくれた。



「出来るよ……大丈夫」



 大丈夫──この言葉がこんなにも力強いものだと初めて知った。


 そして頭にポンと温かい感触に見舞われる。それはフルーヴの手のひらだった。まるで私は子供に戻ったみたいだ。親になだめられるようなこの温かさ。優しく撫でてくれる。


「やってごらん」


 私の腕を掴んでいたものをそっと振り払った瞬間だった。


「はい」


 私は唇を震わせながら涙を止めようと我慢する。

 ここで泣いていたって変わりはしない。


 涙を腕でごしごしとぬぐいその場に立ち上がった。そして魔法書でみた、とある魔法の詠唱を始める。目を閉じる。


─────


 みらいを見て。 自分を見てみとめて。 自分を信じて。


 と願いながら。


─────



 ポツッ……。

「──⁉」


 目を開けると、そこには夏の川辺に浮かぶホタルのように淡く小さな光が輝いていた。私は髪の毛一本一本の先まで電流がほとばしったようなこの感覚にうち震えた。


 そうする内にも光は一つ、二つと増えていく。気が付けば湖面こめん全体に淡い小さな光達が沢山とふわふわと浮かんでいた。


「これ……私が⁉」


 自然と声に出ていた。とても幻想的な情景に私は目が離せなかった。


「……ノエル」


 フルーヴの声が聞こえた。


「正確には儚雪スノー・ノエル……これは光の初歩魔法……君は光の加護……強いのかも」

「はは……。ああ、やっぱり、見た目から初歩っぽい小さな光ですよね」


 私は頭の後ろに片手をあて照れ隠しで苦笑いを浮かべた。でもフルーヴは言葉を続ける。


「僕はこの魔法、……嫌いじゃない」

「えっ?」


 私には聞こえるか聞こえないかくらいの消え入るような声でポツリと呟く。そして今度は私にも聞こえる声で。


「攻撃にはならない……けど、誰かの心を癒してくれる……」


 儚雪スノー・ノエル……。

 現実世界ではノエルの意味はクリスマス。

 ああ、本当だ。

 私はもう一度ゆっくりと湖面こめんを見渡してそして静かに目を閉じ胸に手を当てた。



 ──そうだ、この光はまるで冬の空に舞い落ちる儚い雪のようだ、と。



 気が付くとまた涙が零れそうになっていた。

 でも、今度は嬉し涙だ。感極まって感情が高ぶる。


 フルーヴが言った通り、この光は私の心の中をまるで洗い流してくれるように。

 暗い場所から明かりをともしてくれているように感じた。


 私は現実世界でのある雪の日のことを思い出していた。

 私は雪がぱらぱらと舞い落ちるなか下校している。


 立ち止まり、空に向かって顔を上げる。白い息を吐きながら。

 舞い落ちる雪を見て。


 その時は、まるで自分の心がバラバラに散らばっていくように見えていた。

 でも今は違う。

 私の中に今にも消え入りそうになっていた小さなあかりに寄り添ってくれる優しい光に見えたのだ。


「ほら……出来たでしょ?」

「……はぃ」


 私は涙声で答えた。それをみてフルーヴが優しい声色で答えてくれる。


「イトア……泣き虫」

「……ごめんなさい」


 私は表情を緩めまた溢れ出る涙を拭った。


「でも……頑張り屋さん」


 そんな……今まで逃げ出してばかりの私なのに。


「よく……出来ました」


 フルーヴは、俯き涙を堪える私の背中をそっとさすってくれた。私は肩を震わす。この小さな一歩。でも私には大きな一歩。



 私は……ここから変わるんだ。

 そう、ここから歩き出すんだ。

 私は顔を上げ微笑んだ。この景色を忘れないように。



─────


 暫くして私の姿が見えないことを心配してユラとカナタも湖にまで探しに来てくれた。


「こんな所にいたっ。心配したぞ」


 二人とも息を切らしていた。私はそんな事お構い無しに二人に話し掛けた。


「ユラ! カナタ! 見て見て!」


 私は指先を光達に向け二人の方に振り返る。まるで子供の様にはしゃいで。


「これ、イトアがやったのか‼」

「ついにやりましたね。……それにしてもとても綺麗ですね」


 私は、はにかみながらそっと視線を下に落とした。私にも出来ることがあるんだ。諦めなければ……。そう思うととても心の中があったかい。


 四人でその湖面を暫しの間眺めていた。


(冒険の始まり 終わり)

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