第01話】冒険の始まり

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

エテル〉主人公が異世界で初めて出会った少年

──────────


 異世界の創造主フェテュールが立ち去った後、まず私は、ポケットの中を探り契約内容が掛かれたメモ用紙に目を通した。


 そして一人絶句している所に、突然、それはそれは大きなウルフに遭遇しあっさりと一度目の死を迎えようとしていた。幸いにも通りすがりの勇者らしき人に助けられ、ビギナーズラック的に無事回避することが出来たわけだけど。


 怖くなった私はそのルールに従いその後すぐに紋章を触り現実世界へと戻った。そしてうなじに手を当てると今までなかった紋章らしき傷跡にまたしても絶句し、二日程震え上がり、それでも三日以上異世界に行く間隔を開けてはいけないというルールに従いこうしてまた森の中にいる。


 確かルールの通りだと私が現実世界に帰っている間、異世界での時間は止まっているはず。という事は、ウルフから助けてもらった続きからということになる。


 そしてまたここに私が存在している事。それこそが私が本当に異世界に転移できる権利を持ったんだと改めて実感した。


「う……ん」


 眠っていたのだろうか、視界がぼやける。徐々に焦点が合っていくと、私の目は大きく見開いた。私の顔の上、真正面に知らない男性の顔、正確には寝顔が見える……。


 これってどういう状況──⁉


 頭には柔らかい感触。地面ではないみたい。顔を左右に振り状況を把握した。私はその男性が腰を下ろし足を伸ばしている太ももを枕に横になっている。


 場所も移動したようで周辺には木がまばらに生えていて何処か丘のような場所。少年はその内の一本の木によりかかり座り、そこに私がさらに横たわり……まるで二人で昼寝でもしてたようなこの光景。


 その少年は何故かうとうとと居眠りをしているようだった。白百合色しらゆりいろの髪色に目を瞑っていても分かるけれど端正な顔立ちをしている。私と歳は変わらない相貌そうぼうだけど、どこか大人びた雰囲気をまとっている。


 白を基調とした騎士のような服装にローブを羽織っていた。冷静に観察しているけれど私は突然のこの状況に始めは驚きで思わず声が出そうになったのを堪えた。寝ているのを起こしてしまうのもなんだか悪いし。


 居所のない時間が過ぎようとしていた時、その少年の瞳がゆっくりと開いていく。少年が目を覚ました私に気が付くと。


「あ、起きたかい? ごめん僕もつい寝ちゃったみたい。ちゃんと目覚めてくれたようだし大丈夫そうだね」


 花緑青はなろくしょうの翠色の瞳が私を覗いてきた。そして彼は微笑む。つい寝ちゃうというのがなんだか間が抜けているけれど、この体制からの視線に束の間見惚れ私の頬は赤く染っていた。この口ぶりからウルフから助けてくれたのはこの少年──。


 というか私はあたふたしながら急いで上体を起こすと少年の隣に座った。我に返り驚きと初めての経験に鼓動が高なったのを一旦落ち着かせると少年に尋ねる。


「あ……あの後、私どうなったんですか?」

「余程怖かったんだね。あの後すぐ君は気絶してしまって少し様子を見てたんだ。目を覚まさないようなら医者に見てもらおうと思ってたとこだよ。まぁ、僕も寝ちゃったんだけどね」


 彼は頭に手を置くと照れ笑いを浮かべた。なんだか緊張感のない人だ。剣を振るう時とは全然雰囲気が違う気がした。


「そうだったんですね……あの、助けてくれてありがとうございます」


 私は頭を下げる。すると髪の毛が私の視界に滑り込んできた。またしても私の目が見開く。


 それは銀色の髪色をしていた。しかも超長い。毛先にそって桃色にグラデーションがかかっている。一応その髪を引っ張ってみた。痛い……。やはり私の頭から生えている。そんな挙動不審な事をしているものだからその少年に不思議がられる。


「もしかして、頭でも打ったのかな?」

「い……いえ⁉」


 私は勢いよく首を横に振る。は……恥ずかしい。すると少年は今一番聞かれると困る事を尋ねてきた。


「それにしても一人でこの森に? あまり女性一人がうろつく場所ではないと思うんだけど……」

「そ、それは……」


 とてもじゃないけど違う世界から来て突然ウルフに襲われました、とは言いにくい。言ったところで信じてもらえるか分からないし。私が俯き汗を流していると。


「とりあえず無事で良かったよ。ここは危ないから街まで送るよ」


 危ないって……さっき、寝てたよね⁉ まぁ、それは置いておいて、思わぬ所で道が開けた。この人と一緒ならウルフが現れても安全だし、しかも街まで案内してくれるというのだから。


「ありがとうございます。えっと……」

「ああ、僕はエテルネル。皆にはエテルと呼ばれてる。よろしくね」


「ありがとうございます。エテルさん」

「はは。エテルでいいよ」


「え……エテル。私は、つむ……イトアです」


 うぐ……嘘をついてしまった。私は普段ゲーム上でよく使うハンドルネームを名乗ってしまった。だって、彼の相貌を見る限りこの世界観で「つむぎ」は、似つかわしくない気がして。


「イトア。素敵な響きだね。よろしくね、イトア」


 エテルは立ち上がると私に手を差し伸べてくれた。私がその手を握ると彼の腕の力も手伝ってすっと立ち上がる。一見すると華奢な体付きなのに、その力強さに男性を感じ、私は俯く。何故だろう、彼といると顔が赤くなるばかりだ。


「じゃぁ、行こうか。こっちだよ」


 私はエテルの後ろを着いて歩いていった。


 その森は私が存在している現実世界に近い風景だった。青々と木々が立ち並び、雑草が生い茂げ、足元には草花がほころんでいる。時折、獣道のような場所もあった。


 恐らく小動物も生息しているようだ。その姿を視認することは出来なかったけれど、私達の気配を感じると草むらからカサカサという音が聞こえた。その音が聞こえる度に私の肩が大きく揺れる。


 そして見上げると木々の隙間からは鳥のさえずりが聞こえる。でも時折花々に目を向けると現実世界では見ないような色、形をしている異様な姿の植物も生息していた……。


 私は森を出る道中、この先の事を考えていた。街に着いたところで何をすればいいのだろう。今の私はお金も持っていないしこのままだと路頭に迷ってしまう。


 ここで一年間生活するということは、まずは住むところ、仕事を見つけないといけない。とりあえずエテルから情報を得ようと話し掛けた。


「エテルは、どんな職業なんですか?」


 するとエテルが振り返り私の隣に並び歩く。


「僕は冒険者だよ。魔物を狩って生計を立てているんだ」


 冒険者……。


「あの─それってギルドみたいな所に所属したりするんですか?」


 当てずっぽうだけど、思い切って質問してみた。


「そうだよ。フリーで活動してる人はほぼ居ないね。みんな冒険者はどこかのギルドに入るからね」


 私はさらに立ち入った質問を重ねた。


「あの……私も冒険者になれますか?」

「え⁉ イトアは冒険者になりたいの⁉ という事はどんな魔力を持っているのかな?」

「ま……まりょく⁉」


 詰んだ……。


 私に魔力が備わっているのか分からない。抑々、そんな力があればウルフを倒せたのではないだろうか。私が肩をガックリと落としていると不意打ちをかけられる。


「さっきの話の続きだけど、イトアはどんな用事があって一人で王都に?」


 なるほど。これから向かう先は王都なんだ?

 でもこの質問にさらに詰む……。私が押し黙っていると。


「もしかして……さっきのショックで記憶が……」

「いえ……そういうわけじゃぁ……」


 私は観念し、若干の作り話は混ぜるにしても正直に話すことにした。


「一人で田舎から出てきました。お金も住むところなくて……困ってます」

「え……」


 エテルが目を丸くしている。そりゃぁ、そうだよね。突然こんな事を言ってびっくりするよね。エテルは口元に手を添えると。


「なるほどね。田舎から出てきたのかあ。それで冒険者になりたいって言ったんだね。ギルドに入れば住むところと食べることは保証されるからね」

「でも、魔力があるかどうか分かりません」


「大丈夫。魔力はどんな人にだって備わっているから。習っただろう?」

「本当ですかっ⁉」


 私が食い気味にエテルに迫る一方で彼は渋い顔をした。


「けれど冒険者は危険と隣合わせの職だよ? 君のようななら他にも働き口はあると思うんだけどなあ」


 いや、今の私にとって衣食住が備わっている冒険者にとても魅力を感じていた。


「だって、食いっぱぐれませんよね⁉」

「食いっぱぐれる⁉ 面白い子だね。それはそうだけど……」


 私、決めた。冒険者になる。

 私の様子を見てエテルが目を細めた。


「イトア……その目は冒険者になろうとしてるね……?」

「はいっ!」


 するとエテルは──はぁと溜息をつく。


「ギルドっていっても色々あってね、中には危ないところもあるんだよ。うーん……、それなら僕のいるギルドにくるかい? 話は通してあげることはできるよ。変なところにいくより、僕がいるギルドは安全だから」


 棚から牡丹餅ぼたもちとはこの事をいうのだろうか。エテルとの出会いで私の異世界生活が今のところ順調に進み始めた。でも何から何まで申し訳ないな。


「なんか……色々お世話になりっぱなしで」


 私が恐縮しているとエテルは笑う。


「ふふ。これも縁だよ。それにイトアは何も知らなそうだから。その……危なっかしくて心配になってくるんだよ」


 私は今日で何度目だろう。また顔が熱くなってくる。そんな私の変化を知ってか知らずかエテルは話しを続けた。


「これで住むところも働くところも決まったわけだし、陽もまだ浅い。折角王都に来たんだから少し街を案内するよ」


(続く)

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