1 冒険の始まり/僕の初恋 [全8話]

プロローグ

〈主な登場人物〉

紬・女性〉この物語の主人公

フェテュール〉異世界の創造主

──────────


〈ルール一〉

 契約者は、契約の紋章を触れ念じることで現実世界と異世界を行き来することができる。


〈ルール二〉

 異世界では現実世界の六倍の速さで時間が経過する。

 現実世界に帰還している間は、異世界での時間はほぼ停止する。

 両世界では時間のバランスを保つ為干渉が入る。


〈ルール三〉

 異世界では、二度目まで死亡しても蘇生可能である。

 但し、三度目の死亡で両世界での死を意味する。


〈ルール四〉

 現実世界の時間で三日以上異世界に召喚が行われない場合、同様死を意味する。


〈ルール五〉

 契約者の力を保有できる期間は、現実世界の一年と相当する。


 ──これが私が交わした契約内容だ。


 初めてこのルールを知った時の怒りと恐怖で手がぷるぷると震えた事がまるで昨日のように感じる。抑々そもそも、このルールは、私が異世界に降り立った一日目にポケットの中にメモ書きのようなぺらい用紙にさらっと書かれていた。もし、これを私がちゃんと確認していなかったらと思うと──ぞっと背筋が凍る。


─────


 時はさかのぼること数日前。


 カーテンを閉め切った薄暗い部屋──。


 もう時間は正午を過ぎているというのに私の部屋はまだ夜を告げていた。やっとベッドから起き上がった私は、ぼさぼさの頭を手で直し、目を擦りながら分厚いカーテンを少しだけめくり外の様子を伺おうとした。


 すると今度は白いレースのカーテンが現れその白い膜越しから薄く細い光が私の目をくらませた。


「あ─……、今日も寝過ごしちゃった」


 そのまばゆい光に目を細め、独り言を呟く。そしてこれが私自身への言い訳だった。外に出たくない、光の元に晒されたくないという言い訳。


 そしておもむろにうなじに手を当てる。そこにはくっきりと浮きあがった変わった紋章が刻まれている。生まれつきのものではない。


 それはつい先日夢の中で交わしたとある契約。それが現実であるという事の証でもあった。その紋章をゆっくりと人差し指と中指でなぞりながら私は大きく溜息をついた。そして一言──。


「面倒な事、しちゃったなぁ……」


─────


「パンパカパーン‼ 如月紬きさらぎ つむぎちゃん、あなたは選ばれましたぁ‼」


 パーティークラッカーの爆音と共に紙吹雪が盛大に私の頭に舞った。

 なんだこの夢。


「……え」

「私の名前はフェテュール。よろしくね、紬ちゃん」

「あなた……誰?」


 私は頭をぐしゃぐしゃにされた間抜けな姿でふるふると指を僅かに震わせその少女に向けた。少女は自分の胸元に手を置くと一度深呼吸をする。そしてその言葉を待っていたかのように笑みを零すと瞳を輝かせ喋り始めた。


「実は私、異世界の創造主なのだっ。数多あまたの星の中から、さらにはその星の何十億という人口の中から、あなたを選んだのがこの、わ・た・し」

「……え?」


 少女との温度差を感じるも、とりあえず私は頭をぽりぽりと掻く。えーと、ここは確か私の夢の中。私とその可笑しな事を言う少女は、どこまでも続く広大な草原の中、大樹の下、佇んでいた。


 その少女は十歳前後だろうか。その相貌から幼女といった方がいいのかもしれない。淡く潤んだ桃色の瞳。透き通った薄水色うすみずいろの髪。小さなリボンでツインテールに結いあげとても彼女に似合っていた。


 服装はゴシック調の純白のドレスを身にまとい、そして何故か……その姿に似つかわしくない大きなカエルのぬいぐるみをぎゅっと大事そうに持っている。


 私がフェテュールという少女を頭の先から足の先までじっくりと観察していると、彼女は人差し指を立て私の周りを歩き始める。そして語り始めた。


如月紬きさらぎ つむぎ。十七歳。どこにでもいる高校生。そうだなぁ、しいて言うなら若干学校をサボり気味。そして何より人と関わるのが大の苦手。自分に自信が持てない。勿論異性との交流なんてもってのほか、ついでに……」


「ちょ、ちょっと──⁉」


 これ以上この少女に喋らせると自虐を暴露されるばかりだ。私は顔を赤く染めると静止させた。もう一度確認するけれどこれは確かに私の夢のはず。こんな夢ならとっとと覚めてほしい。


「これは、紬ちゃんの夢じゃないよ。私の夢」

「──っ⁉」


 フェテュールは私の心の声に返答をしてきた。


「私の夢へ、紬ちゃんをご招待したの。そしてこれから案内する場所、それがこれから紬ちゃんが生きるもう一つの世界──」



「紬ちゃん、新しい世界で少しの間、生き直してみない?」



 私の周囲を歩いていたフェテュールはピタリと足を止め私の方に振り向くと無邪気に笑いかけた。なぜだろう。私の心に突き刺さる一言を言われた気がする。


「生き……直す?」

「そうだよ。だって~このままいってもぉ、紬ちゃんの人生、目に見えてるじゃん? 一応何千年も生きてるからね~こっちは。このパターンはねぇ……ズバリ堕落するパターンだっつ‼」


 フェテュールは私の正面に立つと自信に満ちた瞳でびしっと指を差してきた。


「うぐ……」


 私の言葉を待つ暇もなく彼女はまくし立ててくる。


「この世界では学校っていうのかな? それもこのままいけば留年か退学。一人っ子で親も共働き。特段、金銭に困っている家庭でもない。そうなると~家から出る理由も無くなる訳でぇ、この世界では『にーと』とか『ひきこもり』ていうの? 世界から孤立していく存在になっていくだけの未来」


 フェテュールは痛い所をズバズバと軽いノリで痛めつけてくる。こんな小さな子供にしいたげられる夢だなんて……。私はゴクリと唾を飲むとやっと口に出来た言葉は。


「生き直すって……どういう意味?」

「ふふーん。さっきも言ったでしょ? 私は異世界の創造主だって。私の世界につれて行ってあげるよ。あのさぁ、紬ちゃん……」


 フェテュールは私に背中を向ける。


 風が彼女の結い髪を揺らした。その背中はとても小さいはずなのに、今にも翼が生えて飛び立っていきそうなくらい大きく感じた。


 不思議と羨ましい、そんな感情を抱いていた。そしてさっきまでの軽いノリではなく、一人の女性の声が聞こえた。



「一年くらいさ、本気で生きてみたら?」



「え……」


 私が面喰っている次の瞬間にはフェテュールは振り返り、また幼女の顔で、声で、無邪気に私を見ていた。


「大丈夫、大丈夫~。一回や二回死んでもどうにかなる世界だから」


 彼女はおばさま達が世間話でもするかのように手をひらひらと振る。一回や二回……三回目は……どうなるのだろう。なんだかとても大事な事を今、言われた気がする。


「という訳で、契約成立ねっ」

「いや、私まだ何も答えてないよ⁉」

「否定しないってことがぁ、答えじゃないの?」

「それは……」


 そうだ。私は何故はっきりと拒絶しないのだろう。夢の中のはずなのに妙にリアルで感情をほだされている。


「まぁまぁ、生き方は自由だから。ハードに生きるも良し、スローライフを送るも良し」


 するとフェテュールはパチンと両手を合わせ叩いた。

 すると夢の中の景色が一変する。


 そこはどうみてもどこかの森の中だった。私がフェテュールから少し離れ辺りをきょろきょろと見渡していると。


「ここが私の作った世界。そしてここが紬ちゃんのスタート地点だよ」

「森から……?」


 せめて夢でも街からスタートにしてよ。ゲームだって街からスタートするでしょうに。私ががっくりと肩を落としているとフェテュールは笑う。


「そんな大袈裟だなぁ。あ、安心して。街とかあるから。詳しい事はポケットの中を覗いてみて。じゃあ、私はここで」


 その言葉を最後に振り返るとフェテュールの姿は忽然と消えた。


 …………。


「ええええええええええええええええええええええ⁉」


 こうして一人取り残された私はこの後壮絶な体験をする。

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