第40話 決意の木槌【魔法少女りりな】
咄嗟に膨らませたクッションがなければ、振るわれた木槌はみにいの意識を飛ばしていただろう。
……遠慮がなかった。
容赦がなかった!!
意味が分からない!!
「――りりなッ、なにすんだ!!」
「わたしが悪者で、みにいが正義のヒーロー。どうしたらいいか分からない?」
分からないみにいではない。
まさきよりも早く、敵に回った魔法少女二人の意図を把握していた。
しかし、理解と感情は別だ。
りりなを攻撃したくない。
その気持ちが強い。
「あ、それは意外だったかも。みにいなら喜んでわたしを倒してくれると思ってたのに」
「…………できるわけ、ないだろ。だって、りりなは恩人で、あたしの師匠だ!!」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、普段そんな風に慕う感じは出さないよね」
りりなは不満そうだ。
まさきのように敬語を使い、頼ってくれ、とまでは言わないが、もう少しくらい先輩を立ててくれてもいいのに、とは内心で思っていた。
まあ、仮にされてもそんなのはみにいじゃないっ、と文句を言いそうな気もするが。
「それは……、だって、なんだか、照れ臭いだろ……っ!」
普段、苛立ってばかりのみにいには珍しい、緩んだ表情だ。
「わっ、怒ってる以外で顔が真っ赤になったみにいを見るのは初めてかも」
「うっさい!」
「いや、初めてじゃないよね。昔の――前の事務所にいた時は、そんな顔をしていた時も多かったよね。……でも、いつからか笑わなくなっちゃった。怒ってばかりで……他者を寄せ付けないようにして。まさきとさらんを嫌っていたのは、わたしが原因なのかな? 元を辿れば、かな?」
「違う! りりなのせいじゃ……」
かと言って、りりなの前でまさきやさらんを責めても、かえってりりなが自身を責めてしまうだけだ。
口を閉ざしたみにいを見て、しかし、りりなは全てを察している。
「みにいがバベルじゃなくて、白亜紀でデビューした時から世話係で一緒にいるんだから分かるよ。原因は、みんなでしょ。まさきでもあるし、さらんでもあるし、わたしでもある――思い当たる節はあるもの。でもね、一番はみにいだよ」
予想外の名指しに、みにいもさすがに戸惑ったし、否定しそうになった。
「みにいが勘違いしてるだけ。大方、わたしが活躍するチャンスを逃したのは、さらんが奪ったせいで、まさきが邪魔したせいで、わたしのモチベーションの低さが原因、とでも思ってるんじゃないの?」
「それは……」
「かもしれないね。だって、確かにさらんは天才だから、自然とわたしの出番も奪うよ。やる気のないまさきが問題を起こして、わたしが尻ぬぐいをすることもある。わたしもわたしで昔みたいにもっと上にいきたいって、思わなくなった……そんなわたしに、みにいはイライラしてたんでしょ? わたしはもっと上にいける魔法少女だって、信じてくれてたんでしょ!?」
「…………」
「チャンスを潰されて、魔法少女を引退することになって、さ――わたし、一言でも楽しくなかったって、言った!?」
さらんを立ててサポートすることも、まさきやみにいの問題行動の尻ぬぐいをすることも、これ以上に人気にならなくても、チームのリーダーを務めることができたのは、りりなにとっては事務所の看板を張るのと同じくらい、誇りだった。
やりがいがあった。
こんな毎日が続けばいいと思っていた。
でも、新しい世界に飛び込んでみたくなった。
後ろ向きの引退じゃない。
前向きなステップアップだ。
りりなの人生は、なにも魔法少女だけで作られているわけじゃない。
たとえみにいにだって、なにが嬉しくてなにが楽しいか、決めつけられたくなかった。
「はー、スッキリした」
「りりな……」
「みにいは? 言いたいことを言って、スッキリしたらいいよ」
「あたし、は……りりなに――」
「わたしにじゃなくて。なにも、心残りはないの?」
みにいの頭の中にふと浮かんだのは。
「……今回の謹慎は別に怒ってないんだよ。チームを組んだ時から毎回のように起こされる問題のことも、別にね。だって、リーダーってそういうものだよ。チームって嬉しさも苦労もみんなで分け合うものだよね。だからこれまでで一番怒ったのは、月子さんが買ってきてくれた有名店のショートケーキの乗ってるイチゴを、さらんが一口頂戴って言ってまるまる一個食べたことかなあ」
「小っさ……」
「だから、わたしのために怒らなくていいよ。それでも苛立って仕方ないって言うなら、もう一回、きちんと話してみなよ。……最後に、先輩からのアドバイス。そしてお願いかな。まさきとみにい、二人を残して引退するわたしたちを、安心させて」
そして。
木槌が振りかぶられた。
「今まで学んだことを全て出し切って、わたしたちに成長した力を見せてみなさい!!」
じりじりと後退した末に、とんっ、と背中が触れ合った。
互いの顔は見ない。
ただ、言おうと決めていたことがあった。
『酷いことして(言って)ごめんなさい』
――重なった声に、同時に二人、唇が綻んだ。
まさか重なるとは思っていなかった。
だから思わず、笑い声が漏れた。
語り合いたいことがたくさんある。
誤解があった、言い過ぎたと反省があった、話したがらなかった互いのことが急に気になり始めた。
なにが好きなのか、休日になにをしているのか、そんなことばかりが頭の中を占めて――でも、その全てを一旦、脇に置いた。
背中を合わせる相棒とはこれからも一緒にいるだろう。
でも、目の前にいる先輩とは、もう最後だ。
憧れの人に引導を渡す。
渡して欲しいと、頼まれた。
弟子として、これ以上に嬉しいことはなかった。
『さあこい、魔法少女!!』
『――はい!!』
怪人を前にした魔法少女としては、役に徹し切れていなかったが。
この時ばかりは。
師である二人も、笑って見逃した。
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