第39話 DEMI WITCH

 目を醒ましたフルッフの傍に、座り込んでいた少女がいた。


 アルアミカだ。

 痛々しい彼女の怪我を見て思わず飛び起きようとしたが、彼女ほどとは言わずとも、フルッフの怪我も相当なものだった。


 全身の骨が悲鳴を上げて、起こした体がばたりと倒れる。

 その振動で、アルアミカも目を醒ました。


「……くす。わたしたち、ぼろぼろで、お似合いだね」


 彼女に言われると、痛々しい怪我も悪くないと思えてしまうのだから不思議だ。


「どんな、状況……?」

「わたしも、アモンから聞いたばかりなんだけど……」


 悪魔に体を預けていた間の経緯を、そっくりそのまま話してくれた。


「そっ、か……」


 フルッフは、ずずっ、と鼻を鳴らした。

 咄嗟に手で顔を覆い、遅れて自覚した涙を見せないようにするが、


「ははっ、もう見ちゃったよ、フルッフ」


 アルアミカもまた、涙を流していた。


「ぼくらのためじゃ、ないかもしれない……」

「うん。サヘラって子が、実は魔女だったんだって。その子のために……『魔女』を助けようとしてくれてる」


 自分たちは、あくまでもついでだ。

 それでも、こんな風に現状をどうにかしようと動いてくれる人は今までいなかった。


「ほらね、フルッフ。生きていればいいことってあるんだよ、絶対!」

「うん……そうみたいだ、アルアミカ」


 二人は手を繋ぐ。

 いつもしているみたいに。


 そうして、二人は森の中から、亜人街を眺めた。

 二人の呟きは決して聞こえない離れた距離だが、それでも届いたはずだ。


 想いは距離に左右されない。


『がんばれ、魔法少女』




 ぴんっ、と張った糸が、意識すればそこら中に張り巡らされているのが分かる。

 魔方陣を描く際に、同時に前もって仕掛けておいたものらしい。


 仕込みが重要なさらんのアラクネの糸。

 置き型トラップ。


 同時に彼女の足場にもなり、敵の足をすくうこともできる万能な能力だ。

 その仕様上、前もって仕掛けておかなければ効果を発揮できない。


 つまり、仕掛けられてしまうとほぼ彼女の独壇場になると言っても過言ではなかった。


 さらんが指を、くんっ、と引っ張り、見えない糸が近くの建物のバランスを崩し、倒壊させた。


 動けない怪我人もいる中で、この暴挙。

 まさきがよく知るさらんではない。


 もしかして。


「……ソロモン、だったかしら」


「いいや? 私だよ、まさき。ソロモンにはついさっき帰ってもらった。綺麗さっぱり私の中に悪魔はもういないさ」


「っ、なら――どうしてこんなことを!!」


 逃げ遅れた亜人たちが、倒壊によって発生した砂塵のカーテンの中から出てくる。

 動いたら怪我が悪化しそうな重傷人が、足を引きずりながら逃げようともがいていた。


「答えてください、先輩ッ!!」


 声を荒げるまさきの背後。

 集団の気配を感じ、慌てて振り向くと、


 ――武器を持った亜人が数十人、集まっていた。

 その先頭、見慣れた狼男がまさきの肩に手を置く。


「手伝おうか」

「え……」


「魔女を操る魔法少女、か。汚い奴らだ。まんまと俺らは勘違いをしちまってたってことだろ。ああ、あんたを悪く言ってるわけじゃあない。魔法少女ってのは誰でもなれる、つまり役職みたいなもんだってのは調べて分かった。誰にでもなれるなら良い奴、悪い奴、ごちゃ混ぜになってるのは当たり前だ」


「ちょ、ちょっと待って……っ、なにそれ、なんなのそれっ!!」


「街に集まってくる亜人を見てると分かるんだよ。最近でこそ種族の中で良い奴、悪い奴が区別できるようになってきたが、昔は種族で決めつけていた。リザードマンは悪い奴、エルフは良い奴って具合にな。そんな狼男の俺らも、悪い奴と決められて、肩身が狭かったもんだぜ」


 それが、今では種族の印象にも幅が出るようになっていた。

 一緒に生活をすることで、種族ではなく個人を見るようになったからだろう。


 狼男と一口に言っても、良い狼男と悪い狼男がいるのだ、それに気付いてくれるまで、やはり多くの時間がかかっていた。


「亜人ってのは、頭が固いんだ。頑固って面もあるながな。人間みたいに柔らかくない。そうそう機転も利かないんだ。その点、人間は亜人には思いつけない発想力で人を陥れるから、どっちもどっちって感じか? どっちが良いとは言わねえけどよ」


 つまり、彼らは魔法少女である高原さらんが魔女を操り、これまでの悪行をさせていたと誤解しているのだ。


 罪を魔女に擦り付けて。

 自分は悠々と正義の面をして幸せに過ごしていた。

 だから騙されていたのだと、狼男は言っている。


「ちがっ――」


「まさき」


 と、聞こえたわけではない。


 だが、さらんの視線にゾゾゾッ、と背筋に悪寒が走ったのだ。

 それを言ってはいけないよ、とでも、脅されているかのような……。


「先輩……?」


 ――そもそもだ、魔女を操る魔法少女、なんて、どうして亜人たちが知ったのだ?


 事実ではないのだから証拠が出るはずもなく、そういう思考に至るには情報がなさ過ぎるし、唐突だ。


 まるで、誰かに言いくるめられたように――。


「……………………まさ、か…………」


 もしも、誰かが言いふらしたのだとしたら、目的は?


 魔女を操っていたのが魔法少女、と言って得をするのは? 

 この文章では、魔法少女を陥れるか、魔女を救済するか、二つの意図しか見えない。


 そして事実は、どちらもだ。


 過程と方法と結果を端的に示した、まさきへのメッセージ。



 すなわち、


 さらんから提示された、



「まさか、先輩……っ!!」


「ここが最後だよ、まさき。これまで学んだ全てを使って、わたしに成長した姿を見せてみなさいっ!!」

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