第38話 ミシャンドラのその先に…

「終わった……?」


 白光に視界を包まれ、視界に元の色が戻ったと思えば……次に聞こえてきたのは倒れた亜人たちの呻き声だ。


 まさきは、はっ、として上の空から意識を取り戻す。


 ――終わってなんかいない。


 いや、ミシャンドラが起こした騒動と脅威は取り除かれたが、しかし、一件落着とはとてもではないが言えなかった。


 さらんの元へ駆けつけたい衝動があったが、ひとまず抑えて、近くに倒れている亜人たちの手当を優先させる。


 とは言え、満足な道具もないのでできることは励ますことくらいだが……。

 声をかけ続ける、手を握る、それだけでも怪我人からすれば励みになるのは確かだ。


「くそ、痛ぇ……なんでオレは血だらけなんだよぉ……!」


 乱闘騒ぎの記憶はないらしい。

 彼からしたら気付いたら全身怪我をしていて、激しい痛みが急に襲ってきたことになる。

 訳が分からないのも無理はないだろう。


 どうしてこうなった? 

 と、まさきの熱心な声かけで冷静になった亜人が考えつく思考は一つだ。


 原因の究明。

 犯人の特定。


 単独犯だろうが複数犯だろうが関係ない。

 そういう思考に向くのは自然だ。


 誰のせいかは重要だ。

 でないと、誰に文句を言えばいいのか分からなくなる。


 ミシャンドラに洗脳されていた数時間の記憶が無い……それは三分割にされたブロックの真ん中が抜かれ、左右のブロックが寄ってくっついたということだ。


 片方が現在なら、もう片方は記憶に新しい直前の出来事だ。

 その時に、一体なにがあった?


 目を引くスクープが、あったはずではないか?


「サヘラ……そうか、あいつが、魔女だった……裏切り者だったんだよなあッッ!!」


 簡単な話、だってそれ以外に考えられない。

 それに、当たらずとも遠からずなのだ。


 直前に裏切り者だと判明したサヘラが今の惨状の犯人であると決めつけるのは、飛躍した考えではない。

 彼だけではなく、周囲で息を吹き返した亜人たちもみな、その考えに至っている。


 これこそ洗脳のように、大多数の意見が一致した推理だった。


「…………!」


 誤解だと言って信じてもらえないのは、まさきも経験で分かる。

 怒りが頂点に達した亜人たちはまともに話すら聞かないだろう。


 いっそ、現状の犯人でなくともいいと思っている。

 裏切り者、魔女であるというだけで、敵意を向ける理由にはなるのだから。


 忌避された魔女という肩書きが、やはりネックになっている。

 ただそうであるというだけで弾かれるのは、回避しようがない。


 幸い、犯人がサヘラだと決めつけても追いかけようとしないのは、怪我があるためか。

 ミシャンドラの洗脳が、後になってサヘラを救う形になるとは、分からないものだ。


 まさきは周囲を見回し、


「…………終わってない……」


 改めて。


 まさきはゴールテープがある場所を探し求める。


 サヘラを救いたい、その一心で、これまで行動してきた。


 ミシャンドラに奪われたサヘラを救うことはできたのだろう……(赤い空が消えたということは、そういうことのはずだ)しかし、サヘラ自身の居場所は依然ないままだ。


 彼女の居場所は亜人街にあるのに、みんなから忌避されてしまっている――魔女であるというだけで、だ。


 サヘラが魔女であるという事実は変わらないし、どうしようもなく変えられない。


 事実であるというだけで、サヘラの人格は問わず、過去の嫌な思い出で嫌悪感が勝ってしまう者だっている。


 そこはもう、仕方がないものだ。

 全面的に、魔女が悪い。

 実際を言えば、悪魔が悪いが、ともあれ。


『魔女』に貼られたレッテルを、貼り替える必要がある。


 言うのは簡単だが、具体的な方法も思いつけないまま、仮に方法を思いついたとしても難しいだろう。


 魔女の先代が子孫に押しつけたのだ、遡る歴史が古ければ古いほど、魔女と亜人の間にできた溝も広い。


「まるで、わたしとみにいみたい……」


 並べるのもおこがましいかもしれないが。

 そんな自虐が出るほど、まさきの中では大きな傷痕として残ってしまっている。


「どうしたら……っ」


 悪魔と契約するという荒技に出た以上、さらんにこれ以上の無理はさせられない。


 みにいとの関係修復は不可能。

 りりなは、頼れば助けてくれるかもしれないが、二人でなにができると言うのか。


 魔女にも悪魔にも頼れない。

 こんなの……ッ、完全に手詰まりである。


 諦めに似た感情と同時、ふっ、と、まさきが肩を落とした時だった。



 正反対の方角から、二つの破壊音が聞こえてきた。


 建物が倒壊する。

 元々ガタがきていたのだろう、自然に倒れてもおかしくはない。


 だが、遠方に見えるのは、宙に浮かぶ人影。


 魔女? 


 いや、姿だけならそう見える――だがあれは、飛ぶ、浮かぶと言うよりは、


「……立ってる?」


 空中に?


 足下にはなにもないのに?


 そこに見えない地面があるのだとしたら――。


 既に、線は張られていた。




 まさきが見ている方向とは逆、正反対の位置はもっと分かりやすい。

 倒壊した建物の剥き出しになった鉄骨の頂点に立つ、人影……なのだが、人影よりも、彼女が持つ大きな武器のシルエットの方が目立ってしまっている。


 その重さに、ぎしぎしと鉄骨が悲鳴を上げていた。


 背中合わせになるように真逆の方向を向く二人の魔法少女は、声を揃えた。



『――なにしてんの!?』



 まさきの前には高原さらんが、


 みにいの前には新沼りりなが、


 最後の最後に、立ちはだかる。

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