第37話 ハーレム王【ソロモン】
「廃人になるかもしれない? 上等じゃあないか。たとえなったとしてもあの子を救えたのなら本望だ。……お膳立てはしておいた。私の身になにかがあった場合は全てりりなが引き継ぐだろうね。だから……、心残りはないよ。全てのタスクを消化して今、私はここに立っているのさ!」
最初から、彼女が作り出したレールに乗っていた。
全てがその通りとはいかずとも、大きく脱線することはなかった。
さらんの思い通りに、事態は動いてくれていたのだから。
偶然だが、見方によっては悪魔さえも手の平の上だった、とも言える。
彼女なら――、
悪魔にそう思わせるほどには、高原さらんはデミチャイルドとして突出している。
アモンが見ても分かる――天才。
「契約の準備も、覚悟も万端だ。……教えておくれよ、アモン。最後の仕上げだ」
そして。
亜人街を包む巨大な魔方陣が白光して輝き、天に昇る。
光の中にいる全員が視界を真っ白に染められ、数センチ先さえも見えなくなる。
視界を奪われ、悲鳴と怒号、雄叫びがぴたりと止み、
静寂を破ったのは、一つの声だ。
「ふわぁ……」
という気が抜けるようなあくびの後に、
「ん? ……おはよう? みんな? ――って、アモンだけ?」
白光が消え、元の赤い空が視界に現れる。
アモンの目の前に立つ人物の姿は、さらんから変わりないが、中身は別人だ。
「ソロモンくん……? で、いいのよね?」
というか、また寝てた?
と非難の目を向けると彼――ソロモンが照れ臭そうに笑う。
「あはは……、ちょっと夜更かししちゃって。他のみんなが寝かせてくれなかったから」
「誰がその場にいたのか教えてくれるかしらソロモンくん」
仲間はずれにされている最中に、どうやらお楽しみだったようで……ッ!
ゴゴゴ……っ! と聞こえてきそうな顔を接近させるアモンを、まあまあとなだめながらソロモンが視線と話を逸らす。
しかしそうは言っても七十二人の女の子をはべらせる王である。
彼に集めた自覚はなくとも、やはり万人に好かれるなにかを持っている。
寝起きの顔を晒しながらも、彼の逸らした話題は、見事に的を射た。
「そ、そんなことよりもさ、アモン。――ミシャンドラのこと、止めないとさ」
高原さらん、もといソロモン王。
彼だけは、後天的な悪魔である。
女の子しかいない悪魔の中に男子が混ざっているのは、そういう理由だ。
彼自身の魅力もそうだが、それがなくとも彼に女の子が群がるのも納得だろう。
「ソーローモーンーっっっっ!!」
と。
全速力の助走から力強いタックルを真横から決められたソロモンの体が押し倒される。
馬乗りになり、彼女自身、両手でソロモンの両腕を地面に固定。
腕立て伏せの要領で仰向けのソロモンの唇に、自らの尖らせた唇をゆっくりと近づけていく。
「ちゅー」
「ばっ、ミシャンドラ!? やめっ……これ他人の体だって分かってる!?」
降臨してきた悪魔たちは魔女の肉体を借りているのだ。
傍目から見れば、サヘラがさらんにキスを迫っているようにしか見えない。
問答無用で近づくミシャンドラの肩を掴んで、彼女の暴挙を止める手があった。
「させると思っているのかしらあ」
「あ、おばさん」
みしっ、とアモンのこめかみから音が発したのを、ソロモンは聞き逃さなかった。
「あんたよりは年上だけど、おばさんっていう年でもないわよ……?」
「(いや、生きている年数を考えたら充分おばさんなんじゃ……?)」
「ソロモンくん、余計なことは考えなくていいから」
まあ、言い出したらミシャンドラも同じくおばさんということにもなる。
「離して、おばさん。知らない間に嫌悪感しか感じられない色んな女の匂いがソロモンについてるから、アタシで上書きしないといけないんだから。キスじゃ足りないくらい。ソロモンだって誰にも突っ込んでないみたいだし、それってアタシのためだよね?」
思わず頷いてしまいそうになる力強い瞳だった。
「……なんでなにも言わないのよ、ソロモンくん」
「違うよ!? 別に特定の誰かに捧げるための棒じゃないからっ!」
『棒』
ソロモンの、あんまりな言い方に、女性陣も珍しく彼を侮蔑の目で見る。
「アモンまで引かないでよ! 普段からそんないやらしい言い方で言葉責めしてきてるくせに! 言うのは慣れてても言われるのは慣れてないのかっ!」
となると、男を転がす系お姉さんは責められると意外と初心な反応を見せるのかも。
今度試してみようと密かに企むソロモンである。
ともあれ、
ミシャンドラを幽閉する前の懐かしいやり取りに長い時間浸っているわけにもいかない。
本題がある。
魔女が決死の覚悟でソロモンを降臨させたのだ、契約に際して任された役目は全うしないと彼女を悲しませてしまうだろう。
他の誰かから見て強い女の子だとしても、ソロモンからすればどんな大きな功績を持とうとも、才能を与えられ、結果を残し続けていようとも、等しくか弱い女の子だ。
それに、やはりと言うべきか。
最長時間ではあるものの、残された時間は少ない。
「ねえ、ミシャンドラ」
「きーすぅー」
「しないから。……もう、暴れるのはやめてくれないか。できる限り、君の用件は聞くようにするから――……それでもキスはダメだよ?」
頬を膨らませてむくれるミシャンドラだが、それでも口角は上がっている。
禁止されたのはキスだけで、他の用件は通るという意味でもある。
ソロモンはそれを否定しなかった。
「ソロモンくん!?」
「仕方ないよ、アモン。それにやっぱりさ、閉じ込めるなんて可哀想だよ。仲間はずれにされたり、ひとりぼっちだったり……アモンだって元々はそうだったじゃないか」
彼女は物理的な差別や孤独とは違い、自覚的なひとりぼっちだった。
周囲の期待や思い込みに左右されて、自分自身を晒け出せない拘束に、長年苦しんでいた。
自室以外では羽を伸ばせない感覚か。
人の目があるところでは、アモンは見た目から勘違いされるなんでもできる大人っぽいお姉さんを演じなければならなかった。
そんなアモンの真逆の本質を一発で見抜いたのがソロモンだった。
彼からすればアモンもミシャンドラも、アプローチの仕方は大差ない。
「全員の洗脳を解けばいいの?」
「そうしてくれると」
「解いたら……キスは」
左右に首を振ったソロモンを見て、少女の我儘もさすがに諦めがついたらしい。
「ま、それはいつでもいっか。寝込みを襲えばいいわけだし。ソロモンに自覚がないのは残念だけど……そういう意味なら一度や二度じゃ足らないか」
「ちょっと待て。寝ている間になにをしたんだ……?」
「ソロモンって寝相悪いよね。でも女の子にとってはああいう無理やりは……(ぽっ)」
「俺、なにしてたの!?」
ソロモンは気付いていなかったが、隣ではアモンも視線を逸らしていた。
眠りが深く、寝相が悪いソロモン。
ちょっとやそっとのことでは起きやしない。
つまり、夜中はやりたい放題なのだ。
……どちらがやられる側なのかは、明記しないでおく。
「じゃあ、洗脳を解きますかねーっ、と」
「く、詳しく聞きたいけど……聞くのが怖いってのもあるなあ……」
空を仰ぐソロモンの視界の先で、赤い空が元に戻り、ペンキを水で流すように夜空の色を取り戻した。
暴れていた亜人たちの瞳の色も戻り、手にしていた武器を地面に落とす。
飛んでいた意識を取り戻した。
しかし同時に興奮も醒め、覆い隠していた肉体の痛みが無視できなくなってくる。
限界を越えた力を出し続けた代償で肉体の関節が壊れ、そうでなくとも殴り合いのダメージが遅れて脳に届き始める。
全員が、痛みに悶えて地面に伏していた。
ソロモンも、聞こえてくる悲鳴には反応せず、
「他にはなにもしてないよね?」
「うん、洗脳くらいしかしてないし。赤い空のスイッチオフではいお終い。どーせ関わった相手はアタシのことをすぐ忘れるしね。あ。でもそういう痕跡は消さなくてもいいんだっけ? 借りてる体がなんとかしてくれるんだよね?」
「褒められたものではないけど……できる限りは迷惑がかからないようにね」
「はーい」
と、素直なミシャンドラである。
彼女のことも、好意の上でやり過ぎな部分はあれど、やはりソロモンは憎めない。
誰の記憶にも残らず忘れられる。
何回会おうが、一回の内にどれだけ親しくなろうが、毎回が初めましてだ。
そんな孤独な彼女を、唯一忘れなかったのが、ソロモンである。
彼と面識を持つ悪魔にも、彼女は覚えてもらえるようになった。
作れるわけがないと思っていた友人の輪が、ソロモンのおかげで繋がったのだ。
ミシャンドラがソロモンを慕う理由も、他人事ではないアモンは分かってしまう。
だから、こうして目の前で見てしまうと、受け入れる気はあったのだろう。
だとしても、譲るかどうかは別の話だ。
「ねえねえ、アタシはソロモンの中で一番目の柱になれるんだよね?」
「別に、柱の数字は好意のランキングじゃないよ」
そう言っているのに、数字にこだわる女の子が多いのも事実だった。
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