第35話 暴風の先陣【フォルカロル】
咄嗟だった。
屈んだまさきの声に反応して、みにいが腕に絡まっている枝葉の先にある……まだ摘み取っていなかった実に過剰な栄養を与えて膨張させる。
みにいの体を隠すクッションだ。
この盾があればどんな衝撃も吸収し、倍にして跳ね返すことができる。
しかし、予想した衝撃はなかった。
突然止んだ風に違和感を抱いた時には既に遅く、膨張した盾が真上に飛んでいった。
みにいの両足がふわりと浮き上がり、まるで重力の向きが変わったように彼女の体が吹き飛ばされる。
その勢いのまま建物の壁に押しつけられ……見た時は落下して叩きつけられたようにも思えた。
もちろん、重力が変わったわけではないだろう、伏せるまさきが感じる重力は間違いなく真下であるからだ。
周囲から一瞬で消えた風が、全てみにいに向けられていたのだ。
現れた人影は、見た目はフルッフ……しかし今は悪魔、フォルカロルである。
風と水を操る、海の支配者。
「ちょッ……ミシャンドラを追い出したいんじゃないの!?」
アモンが言っていただけで、フォルカロルも動機が一致しているとは限らない。
彼女はミシャンドラ側だった……?
だが、そう決めつけるのも早計だろう。
短い期間で何度も修羅場をくぐってきたまさきの視野は自覚しているよりも広い。
突発的な戦闘中において見えている範囲もそうだが、着眼点において、である。
まさに、瞳。
フォルカロルの瞳は、街で暴れている亜人たちと同じく、赤く染まっていた。
「あ……――!」
赤い瞳の亜人たちは攻撃に迷いがなく、他人を傷つけることに一切の躊躇いがない。
それはいつも以上のポテンシャルを引き出せるという意味でもある。
加えて断裂する肉体に構わず、無意識にかけてしまう限界点さえも取り払っている――でなければ、巨人族でも鬼でも龍人でもないただの亜人が、壁を殴って破壊できるわけもないのだ。
そんな状態に、もしも悪魔がなってしまえば?
冷静なまま自覚的に街を燃やそうとしたアモンであの被害だ、フォルカロルの暴風で亜人街どころから周囲の森や山の地形を変えることなど、造作もないだろう。
その力の一端を、一身に受けているのがみにいだ。
「……っ、離しなさいよッ!!」
フォルカロルが前に突き出している腕を両手で抱き、射線をずらす。
悪魔だからと必要以上に構えてしまったが、肉体自体はフルッフだ。
体の線が細い女の子。
両手で腕を取れば、あっさりと向きを変えることができた。
逆に、勢いがつき過ぎてまさきがバランスを崩してしまう始末である。
邪魔をされたことで彼女のターゲットがみにいからまさきに変わった。
眼球がくるりと回る。
一方向へ向けられていた風も霧散し、改めてフォルカロルの周囲へ集まってくる。
すると、まさきの体がふわりと浮いて、
「うわっ」
――突風が彼女の体を吹き飛ばした。
壁、にしては柔らかい感触がしたが――まさきの体が叩きつけられる。
「きゃっ」
という声に隠れて、
「うっ」という呻き声が背後から聞こえた。
「……お前……ッ、だから後衛が、余計なことを……っ!」
「今回は仕方ないでしょうが! あんたがピンチだったから――って、あれ? すっごいふかふかなんだけど、これ……」
「叩きつけられる瞬間にクッションを作ったんだよ! あたしは怪我一つ負ってないのにお前が上に乗っかってきて、それが一番のダメージなんだよッ!!」
「だ、だったらさっさと言いなさいよ! 狸寝入りなんてしてないで!」
「あたしを見捨ててお前が逃げるのを待ってたのになんで逆のことをするかなあ!? 役目を決めただろ、あの時と同じだ! あたしが前衛で戦闘面を受け持つ! お前は後衛であたしのサポートをしろって! なんでそれができないッ!? こんな時まで手柄が欲しいのかよ! こんなことをされても、あたしはお前を許さないからなッッ!!」
敵を目前にしながら、二人の苛立ちはピークを迎える。
「なによ……あの時は確かに自分だけが良ければいいって考えだったわよ! でも、今は違う! そんな打算なんかひとっつもないッ!! ただ……単純にあんたが危険な目に遭ってるから助けなくちゃいけないって思ったら体が動いてたのよ! なのに……」
「助けてくれなんてこれまで一度も言ってないし、助けようとしたことなんてなかっただろ。なんで今に限って体が動くんだ。信用できるか。お前、これまでの自分のおこないを振り返って、あたしに一言で信用されると思ってるのかよ。……甘いだろ」
「…………なん、ですって」
「同じチームではあったけど、あたしとりりな、お前と高原で分かれてただろ。一つのチームじゃない。二つのチームがただ合併しただけのチームだ」
まさきとさらんは個人で今のチームに入り、その後、今のような師弟関係になった。
一方でみにいとりりなはそれ以前からチームを組んでおり、二人のチームにまさきとさらんの二人が加わった、と言った方が正しいだろう。
「同じチームだって、認めてなんてなかった」
「――お前らなんか、邪魔だったんだよッッ!!」
目の前で叩きつけられた怒りに、まさきは返す言葉が出なかった。
頭の中でひたすら疑問が繰り返される。
まさき自身が恨まれるのは、まあ分かる。
デビュー舞台の事件や同期ということもあってライバル視されるのも。
問題の行動の多さはお互い様だが、今回の謹慎に至っては完全にまさきの落ち度だ。
しかし、さらんについては分からない。
さらんとみにいの取り合わせはまったくないわけではないが距離がある。
かと言って、二人が喧嘩するところは見たことがなかった。
会話が少なければ、もちろん衝突もない。
良くも悪くもない関係性とばかり思っていたが……、
みにいはさらんに、強い嫌悪を抱いていたのだ。
「あんな天才がいなければ、りりなはもっと評価されてたんだ! こんなチームであたしらの尻ぬぐいをして魔法少女をやめるなんて最後を迎えることもなかった!!」
卒業を機に引退することが決まっていたとしても、まだ時間はあったのだ。
天才に自称凡才が勝てるチャンスも残されていた。
ここが、この時期が大切だったのだ。
「潰したのは誰だよ」
二週間の謹慎は、現代の魔法少女にとって致命的だ。
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