第34話 鬼×エルフ【魔法少女みにい】

「……なにしにきたの。こっちの世界で暴れ回ったところで、あなたが七十三人目になれるわけじゃない」


 戦場のような怒号と悲鳴、武器と鮮血が舞う中を平然と歩くサヘラは、まるで誰の目にも入っていないかのようだった。

 ぽっかりとサヘラを中心に余裕のある空白がある。


 それを知ってか、安全地帯とも言える空白に足を踏み入れた者がいた。


「……アモンだったら良かったのに……フォルカロルじゃん。……ツイてないなー」

「あの年増は間抜けな自爆をして今は動けないから。痛めつけてもつまんないと思う」


 サヘラもとい、今はミシャンドラか……彼女とフォルカロルは、アモンを目の敵にしているため、元の世界でも意気投合する機会が多かった。


 あの年増をどう除け者にするか、一緒に考えたこともある仲だ。


 それでも、二人は友達ではない。


 欲しいものを奪い合う、ライバル関係である。


「もしかして、私たちを襲って柱に空きを作ろうと思ってる? 無理だよ、ここで殺されるのは依り代で、私は死なないから意味ない。魔女も余りのない少数だから、壊されるのは嫌だけど……、あなたの望んだ通りにはならないよ」


「そんなこと知ってる。でも、憂さ晴らしが目的なら関係ないじゃん」

「憂さ晴らし……」


「ソロモンに会えず、監獄に幽閉されて、もう何百年も……」

「まだ百年未満なんだけど」


「何百年も! よってたかってあたしが悪いみたいにさ。あたしはただソロモンと一緒にいたいだけなのに――だから仲間に入れてって頼んだだけなのに! 悪いことなんてなにもしていないのにっ! ……これで恨むなって方がおかしい要求じゃんかっっ!」


 フォルカロルは呆れて数秒、本当に思考が止まってしまった。

 どれだけ自分に都合良く事実がねじ曲がっているのか。


「確かによってたかってあなたを押さえつけたけど、それはそうしないとあなたを止められなかったから」


 悪いことなんてなにもしていないのに――、


 ミシャンドラからしたら、そうだろう。


 彼女なりの可愛い独占欲、とでも言いたげだ。


 しかしだ、力ある者が独占したいがために周りを排除しようと動けば、可愛い子供のイタズラでは済まない。

 アモンやフォルカロルのような悪魔同士の喧嘩が腕で脇を小突く程度で収まるはずもなく、世界の一部の地形を変える災害を引き起こすことになる。


 ミシャンドラの力は、現在、亜人に対して猛威を振るっている。

 小さな火種を必要とせず、戦意を一気に最高潮まで引き上げる。


 それが悪魔にも影響するとしたら、ソロモンが危険視するのも当然だ。


「(お兄ちゃんでさえも扱い切れない女の子……)」


 人間と比べてしまえばスケールが大きいものの、根っこの部分では同じだ。


 悪魔にも心がある。

 恋心だ……嫉妬だ。


 好きな男の子を振り向かせるために、少しブレーキの利きが悪くなっていることも、当人は自覚できない。


 彼女に悪気はなくて、一生懸命なのだ。

 しかしスケールが大きいということは、一歩でもまともな道からはみ出せば被害は甚大だ。


 フォルカロルを含め悪魔は全員、ミシャンドラに一度は殺されかけている。


「(依り代を通していると言っても……)」


 恐い。

 それが素直な感情だった。


 ソロモンに助けられなかったら、フォルカロルはあの時に一度、死んでいたのだから。


 彼女がなにを企んでいるのかは分からない。

 ただの憂さ晴らしならいいが(いやよくはないが)、大好きなソロモンが危険な目に遭うのなら、ここで止めなければならない。


 それが、悪魔フォルカロルの役目だ。


「あたしを見てなにを想像したの?」


 ミシャンドラが問いかけた。

 彼女はフォルカロルの風やアモンの炎を使い、他の悪魔の力も同様に使える。


 なにが出てくるか――なにをしでかすか分からないために、玩具箱をひっくり返した子供のようだ、と想像をしたが……それ以前に一度、彼女は恐怖を抱いていたはずだ。


 光を一切通さない深い深い闇に、飲み込まれるイメージを……。


「え」


 瞬間、フォルカロルの視界を染めていた赤が消え、全てが黒く染まった。




 みにいがスカートの中にある小さな巾着袋の中から取り出したのは、多くの種だった。


 足下にばらばらとまき、足で踏み潰す。

 すると、彼女の足に絡まるようにして伸びた細い茎から分岐していく枝葉の先に、ぷくう、と膨らんだ実ができた。

 夏休みの植物観察の映像を早回しで見ているような急成長だった。


 鬼であり、エルフでもあるみにいは、森に多大な恩恵を与えることができる。


 どんな状態であろうと、たとえ枯れていようとも、植物に実をつけることができるのだが……ただ、全ての品種がみにい独自の、弾力と伸縮する実に改良されてしまう。

 鬼の頑丈さと彼女の反発心がエルフの力と混ざり合った結果……なのだろうか。


「出た、スーパーボール製造機」

「うっさい」


 市販品よりも少し大きいか、枝葉から取った実を指でぴんっと弾くと、まさきの額に向かって真っ直ぐ飛んで当たった。


「っっ!? け、結構、それって固い……ッ」


「インカム、一瞬でも返事が遅れたらぶっ飛ばす。索敵しか取り柄のないお前はあたしの知りたいことを素直に言っていればいいんだ。普通にやれば足止めくらい成功するだろ。……非戦闘員が出しゃばらなければな」


「……もしかして、あの時のことを言ってるの?」


 こうして二人だけで肩を並べるのはあの日以来なのだ、どうしても思い出してしまうのは、お互い様だろう。


「わたしが出しゃばったから、失敗したって未だに思ってるわけ?」


「他に理由があんのか? あたしらは自分の能力を舞台前に話し合ったはずだし、役目も決めていた……前衛はあたし、後衛はお前だ。インカムをつけたやり取りで最初から最後まで通そうとも言ったぞ。距離が離れているのに、どうしてその場から動く必要のないお前があたしとぶつかるんだよ」


「…………そうだったっけ?」


 それが本当だとしたら、今では考えられないハングリー精神だ。

 持ち場を離れて、まさか後衛が目立ちたいがために、前衛よりも前に出ようとするとは。


 そんなのあり得ない! 

 と言いたいが、デビューしたての頃を思えば、あり得ない話でもなかった。


 早くさらんに追いつきたくて……そのためには、周りを蹴落としてでも突出しなければならない。

 そんな焦りがあったのも事実だ。


 同時に緊張や高揚感、期待もあって、デビュー舞台に関しては確信的に覚えていることは少ない。

 嫌なことばかり覚えている。


 冷静になってみれば当時は絶対にそうだと言い切っていたことも、今、冷静に考えてみれば自覚なく捏造していた可能性もある。


 自分の評価を落としたくないがために他人のせいにした――みにいのせいに。


 だとしたら、だ。


 最初に裏切ったのは、自分の方……?


「でもあの時、あんたのスーパーボールが後衛のあたしのところにも届いてた気がするんだけど……」

「足止めすんぞ。敵はどこにいる?」


 話を逸らされた気もするが、長話をしている時間がないのも確かだ。


 みにいとの長い確執が実は自分の方に非があったのかもしれない、と思ったところで逸らされたのだ、まさきとしては助かった……のだろうか。


 いや、みにいの方も、なにも企んでいなかったわけでもなさそうだ。


 それよりも、今は役目を果たさなければならない。


 さらんとアモンが儀式の準備をし、乱闘をする亜人たちをりりなが仲裁している間、まさきとみにいは元凶であるサヘラ――悪魔ミシャンドラの足を止める。


 儀式の邪魔だけはさせない。

 力づくでも、雑談でもなんでもいい。

 儀式さえ完了してしまえばこっちのものだ。


 儀式を完了した後のことは、今は考えない。


 現時点の課題を達成できていないのに、先のことを考えてはただでさえ難しい課題がさらに難しくなる。

 目の前のことだけに集中だ。


 まさきが瞳を閉じて、エルフの力を発動させ、脳内に地図を思い浮かべた瞬間だ。


 



「みにいッッ!!」

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