第33話 暴走の根源【ミシャンドラ】5

 巨人族の血を引くりりなは見た目に似合わず剛腕だ。身の丈倍以上の木槌を持って戦うスタイルである。


 しかも片腕でバトンのように操る様子は、木槌の中がすかすかに思えるくらい重量を感じさせない。


 無論、攻撃力を見れば、中はみっしりと詰まっているが。


「リーダーには、巨人族や鬼たちの喧嘩を止めてほしくて……」

「うん、任せてっ」


 一考すらしないりりなから、次に、視線を少し下げる。


「あんたは……」

「りりなの後始末をしとく」


 言葉は少なく、同級生二人の会話が途切れた。

 とは言え、今に限れば不仲だから、ではない。


 互いに、持つ能力は把握している。

 まさきが求めることを、みにいが即座に判断して受け入れたためだ。

 会話のプロセスを省くために、みにいが先読みしただけのこと。


 ……すぐに手が出ることで、つまり短絡的な脳筋と誤解されがちだが、みにいも他のメンバーに劣らず頭が切れる。


 隣にさらんという天才がいたために霞んでしまっているだけなのだ。

 彼女が持つ能力のこともあり、戦略を意識せざるを得ない事情もある。


 だから、なにも考えていなくても通用するのはりりなくらいだろう。

 それくらい、彼女の腕力は細かい戦略を吹き飛ばすほどの理不尽さがあった。


 が、それが本場の腕力自慢である巨人族や鬼に通用するかと言われたら……自信を持って頷けるわけではなかった。

 こればっかりは、やってみるしかない。


「先輩は……」


「町中に糸を張っておこう。極端に力が強い者でなければ、たとえば女性や子供、年配の方なら絡め取れるだろう。さすがにりりなだけで全体をカバーできるわけもないからね。こういう置き型トラップこそが主力になるのではないかな」



「お願いします。先輩のアラクネの糸が、重要になりそうですから」



「アラクネ? 今、アラクネって言ったわよね?」



 と、急にアモンが飛び起きた。


 アルアミカの肉体なので安静にしていろと重々言ったはずだが……、

 まさきの批判めいた、じぃ……、という目も相手にせずに、質問の答えを待っている。


「アラクネという蜘蛛の亜人の血を引いているから、体から糸を出せるんだ。そう強い力に耐えられるわけでもなく、炎にも弱いから、前もって風景に溶け込むように仕掛けておく方法でないと役に立たない劣化ものだけどね」


 デミチャイルドは血が薄まってしまっているため、仕方がない。

 純血の亜人と比べてしまえば、スペックは大概が大幅に落ちるものだ。


「だけど、アラクネという血筋に間違いはないのよね?」

「……? 知りたければ、証明はできるね」


 アモンのまったりとした喋り方も今は鳴りを潜め、会話も引き締まって聞こえる。


「先輩がアラクネだから、どうかしたの?」


「依り代を殺すでもなく、話し合いなんて可能性の低い方法よりも確実に――ミシャンドラを止められるかもしれないわ」


 いや、止められるわね、とまで、悪魔は言い切った。


「そっ――」


 新たな策に飛びつきかけたまさきを制する手が、前に出された。


「あなたにかかっていると言ってもいいわ――アラクネの子」


「つまり、どんな危険性があるって言うんだい?」

「話が早くて助かるわ。最悪……いや、失敗したらなんであれ結果は全て最悪ね」


 さらんは分かっているようで、二人の声が重なった。




『死ぬ』




「――なるほど、そのリスクは信用できる方法だ」


 やるやらない、その選択肢は無駄だと言わんばかりに、さらんが先を促した。


「具体的には?」


「アラクネも大別すれば魔女に入るのよ。時代と共に薄くはなってきているけど、ゼロにはなっていないはずよ。だから魔女として、悪魔を収める器になれる」


 方法は簡単だ。

 召喚儀式さえおこなってしまえば、さらんを依り代に、悪魔をこの世界へ降ろすことは可能である。


 その相手は――、


 ミシャンドラに対抗できる、悪魔は。


 一人しか、いないだろう。



 作戦変更が余儀なくされた。


 さらんにソロモンを降ろすと決まれば儀式の準備が必要だ。


 さすがにさらんも儀式については知らず、今回は悪魔アモンに頼らざるを得ないため、二人は共にいる必要がある。


 作戦の要であるさらんは、最も失ってはならないパズルのピースだ。


 同時に、街で起こっている騒ぎも、全てを解決、とはいかないまでもある程度は仲裁しなければならない。


 儀式を街全体でおこなうため、どこかで必ず騒ぎとバッティングしてしまう可能性がある。

 邪魔をされないためにも、騒ぎの収束は必要だ。


 仲裁するべき相手は変わらないため、りりなでなければ務まらないだろう。


 ――そうなると、だ。


 人員はスライドされ、残った二人がある意味で大役を務めることになる。


『こっちの意図は分からないだろうし……多分、なにをしててもあれは私を見れば邪魔をしてくるでしょうね。できることなら……時間を稼ぐなら方法はなんでもいい……。もしかしたら、意外と雑談をしたら乗ってくれるかもしれないわねえ』


 他人事のように、アモンは気軽に大役を任せてくる。

 だが、罪悪感が勝ったのか、茶化した笑みもすっと消えて、声の調子も抑えめだ。


『……あれの相手をさせることに、悪いとは思ってるわよ……』


 加えて。

 出発前に言われた彼女からの警告は、しかしどう回避したらいいのか分からないスケールの大きいものだった。



『ミシャンドラに、飲み込まれないように』



 まさきとみにい。


 こうして二人で並んで怪人(悪魔)と向き合うのは、デビュー舞台以来である。

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