第32話 暴走の根源【ミシャンドラ】4

 契約者がいなければ、悪魔はこの世界に降りてくることはできない。


 悪魔本体がどれだけ強大な力を持っていようとも、依り代を壊してしまえば本体を相手にするよりも少ない労力で追い返すことができる。


 つまりサヘラ殺すというやり方は、悪魔にとってはスタンダードな戦法なのだ。

 究極の二択、というわけでもない。


「悪魔の器にならないように、事前に壊していた……?」


 魔女であるがまだ契約前のサヘラを狙ったのも、これで納得がいく。

 まさきは知る由もないが、ある時から魔女が大量に姿を消したのも、同じ理由だ。


 現在、生き残っている魔女は悪魔を身に宿した者たち……確認され、互いに把握しているだけで七十二名。


 柱と呼ばれる悪魔と同じ数だ。

 サヘラのような例があるため、把握していない魔女を合わせれば、まだいるかもしれないが、それでも少ない数だ。


「魔女がいたなら悪魔と契約させて埋めてしまうか、ミシャンドラに取られないように殺すか、もうこの二択しか残っていなかったのよ」


 悪魔も多いわけではないし、全員が全員、契約をするものでもない。

 そうなると数が多い魔女側が、理不尽に狩られていくことになる。


 ……ミシャンドラのためだけに?


 まさきが抱いた違和感はそこだ。


「その……ミシャンドラっていう悪魔は、あんたでも倒せないものなの?」


「無理ね。フォルカロルでも……別の悪魔でも無理。あれを止められるのは、ソロモンくんくらいでしょうねえ」


 実際、ミシャンドラの本体を監獄に幽閉したのはソロモンだ。

 彼らの世界の地形が大きく変動し、地図を一から描き直した方が早い被害が出たのも、原因は小さな癇癪だった。


 ミシャンドラは、幼い子供が身の丈に合わない武器を持ってしまったと言えばいいか。

 そんな彼女も、ソロモンの言うことだけは素直に聞くのだ。


「じゃあ、そのソロモンを呼んで、引き剥がすのは頼めないの……?」

「何も知らないくせに、彼を呼び捨てにするんじゃないわよ」


 低い声のトーンに、まさきが身震いして、さすがに空気を読んで訂正した。


「ソロモンくん……に」

「気安く、ソロモンくんとか呼ばないで」

「どうしろって言うの……?」


 癇癪持ちの子供、とミシャンドラのことを言うアモンだが、彼女の我儘も大概だ。


「……彼に、頼めないの?」


「無理ね。彼がきてくれるなら、ミシャンドラも彼の言うことを聞くでしょうけど……ダメなのよ。彼を受け止められる器が、この世界にはないの」


 ソロモンと契約した魔女は、ことごとく負荷に耐えられずに壊れてしまう。

 何度か試しているものの、数百年通して見ても、彼の負荷に耐えられる器としての魔女は生まれてこなかった。


 頑丈な肉体を持つ魔女でも、知識を詰め込んだ魔女でも同じだ。


 契約した途端に内側から破壊される。

 血管が破裂する肉体的な損傷もそうだが、例外なく全員の精神が壊れている。


 幻聴、幻覚……彼女たちはみな、望んで死んでいったのだ。

 ソロモンが見ていない場所で、である。


「彼はこっちにきたいって言ってるし、こさせてあげたいけど……(人の体とは言えあっちにはない娯楽があるから、デートもたくさんできるし……)だからずっと探しているのよ、彼を背負う負荷に耐えられる魔女を」


 もしくは、フォルカロルが考えたように、意図的に作り出してしまうかだ。


 頑丈な亜人と魔女を掛け合わせ続ければ、子供、孫へと受け継いでいく中で魔女の血は消えずとも他の種族の血が混ざり、壊れない器が生まれてくるかもしれない。

 そんな数百年にも及ぶ計画も、あるにはある。


 現状、魔女が嫌悪されているというのが、非常に厄介なネックになっているが。


「とにかく、ないものねだりをしても仕方ないでしょうねえ。これ以上、ミシャンドラにこっちの世界を荒らされるのはたまったものじゃない。依り代にされたあの子一人のために多くの犠牲者を出すことを望むのかしら?」


「…………ッ」


 赤い夜空の下にいる亜人たちは互いに殺し合いを始めてしまっている。


 今日まで仲良く暮らしていた家族が敵に見え、武器を振るう……こんな状況のまま放置していいわけがないのは、分かっている。


 こうしてうだうだと悩んでいる時間ですら惜しいのだ。

 早く決断しなければ、救えたはずの人が救えなくなっていく。


「決めなさい。殺して世界を救うか、殺さずミシャンドラに壊されるか。殺さないって言うのなら、どっちにしろ私たちであの子を殺すわ。つまり、あんたとは敵対ね」


 状況は向かい風ばかりだ。

 サヘラを救おうとすればするほど、逆風が強くなってくる。


 きっと、世界を背負った英雄なら、迷ってはいけないのだろう。

 自分が救われたことで多くの犠牲者が出たと知れば、サヘラもつらい。


 だから数多くの人を救える方法を選ぶのが正解なのだ。

 ――サヘラを殺す方法が、本当に唯一なのだとすれば。


 ……わたしは、英雄なんかじゃないし。


 ……勝手に契約なんかしたサヘラだって悪いって、思ってる。


 英雄や、魔法少女が、全員を救えるほど完璧超人だと思うか? 


 否だ。


 たとえ台本通りでも、その時々で救うべき対象は変えている。

 ターゲットはその都度違うのだ。


 なぜなら魔法少女だって完璧ではないから。

 一人の魔法少女では救えない部分を補うために、たくさんの魔法少女がいる。

 全部を一人で救えてしまうなら、一人だけいればいいだろう。


 そう思わせないために、魔法少女にもできないことがある。

 だからそれを助けるためにも自分が魔法少女になる……そう子供に目標を与えるためにも、あえて作る隙があった。 


 完璧じゃない。

 まさきもそうだ。


 自覚していれば、目的を明確にした上で割り振れる。

 今、チームにおいて指揮をしているのは、まさきである。


「わたしはサヘラを諦めない」

「……いいわ、敵対するというのなら……」


「わたしはね」


 と、まさきがアモンの敵対宣言を遮って、


「街の人々を止める役目は先輩たちに任せる。わたしとあんたで、どうにかミシャンドラを説得できないか試してみるべきじゃないの!? 最初から諦めるんじゃなくて、やってみてからでも遅くないはず!」


「ミシャンドラを説得? あのじゃじゃ馬が他人の言葉に耳を貸すとは……とても」


「あっちにだって目的があるはずよ。それを聞いて、互いの妥協点を探し出して交渉する……ミシャンドラの目的に心当たりはないの!?」


「さあ……どうかしらねえ。あれが欲しいこれが欲しい……その程度の欲求を一つ一つ聞いてたら、相手をつけ上がらせるだけよ」


「それでもよ。歩み寄らなくちゃ、仲直りなんてできない」


「別に、喧嘩してるわけじゃないけどお……はぁ、いいわ。依り代を殺すなんていつでもできる。だったら少しくらい、あんたの機転に巻き込まれてもいいかもしれないわねえ」


「決まりね」


 方針が定まったのを見計らい、さらんが訊ねた。


「それで、私たちはなにをすればいいんだい?」


 一切の疑問も、注文も、意見も、対立もなく、当然のようにまさき側に立つさらん、りりな、みにいが、まさきの指示を待っていた。


 すんなりと受け入れられたことに対して直接聞きはしないものの、まさきは表情に出てしまっていたのだろう。


 まさきの胸中を悟った様子のさらんが、


「今は、まさきが率いる、チームだ」


 だから。


「君のやりたいことに、ついていくだけさ」

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