第31話 暴走の根源【ミシャンドラ】3
――事態が動き出した。
ペンキをこぼしたように、次第に夜空が赤く塗り替えられていく。
今が夜中であることを忘れそうな明るさが亜人街を照らしていた。
見上げた亜人たちが夜空を数秒見つめただけで――隣にいた亜人の頭を殴り飛ばした。
大人も、男も女も子供も老人も、関係ない。
親の敵を目の前にしたように、全員が近づく者に攻撃をしていた。
空の様子には、当然、まさきたちも気付いた。
見上げるのも必然――そして、彼女たちも例外ではなく、
「――見上げるなッッ!!」
ボッッ! という爆ぜた音に反射的に目を瞑ったまさきたちは、寸でのところで瞳が赤くなるのを防いだ。
球体に水を浴びせるように、色が流れ落ちていく。
「っ、今、一瞬意識が飛びかけて……っ」
「上を見るんじゃないわよ、絶対に……ッ!」
声の方向を向くと、顕著に動きづらそうに歩く、アルアミカの姿があった。
「左足は、もう無理そうかしらね」
倒れそうになったアルアミカを支えたのは、いつの間にか移動していたさらんだ。
「……足、折れているのによくもまあここまで歩けたものだね」
「私にとっては、動けないほどの痛みでもないのよねえ」
まさきには分かる。
悪魔にとってはそうでも、アルアミカにとっては怪我をさらに悪化させる行動だ。
悪魔が依り代のことを考えずに動けば動くほど、完治に至るまでの期間がどんどんと伸びているのだ。
最悪、治らない怪我になってしまうかもしれない。
「座りなさいよ」
「椅子じゃなければ嫌よぉ。こんな地べた、汚いじゃないの」
まさきが手の平を開いて、アルアミカの頭を真上から鷲掴みにし、ぐっと押し込んだ。
「いいから座れ」
「な、なによもう……。心配性なのかしらねえ?」
「あんたのことなんかどうでもいい。心配してるのはアルアミカの方よ」
「酷い言い方。私の片目に容赦なく石をぶつけてくれたくせにねえ」
以前、交戦した時のことだ。
まさきが放つ矢は、アモンに燃やされてしまう……それを利用し、矢尻に石をつけて放ったのだ。
矢を燃やして回避したと思い込み、油断したアモンの片目に遅れて石が激突した――こうして顔を合わせたのは、それ以来である。
「だから、心配してるのはアルアミカの方なのよ……」
悪魔アモンをおとなしくさせ、怪我の治療はりりなに任せる。
空の変化もそうだが、答えないだろうと決めつけて聞かないのは早計だと判断し、ダメ元で聞いてみることにした。
やはり悪魔について詳しいのは、悪魔だろう。
「悪魔を引き剥がす方法? そんなの、契約解除の契約を交わせばいいのよ」
簡単に教えてくれたのは、両者の合意の上で成り立つものだからか。
サヘラがいくらアプローチしたところで、悪魔側が納得しなければ契約は成立しない。
「私たちは魔法と肉体の貸し借りで成り立っている関係よねえ。となると一方的な負債は対等な関係を傾けることになるの。悪魔が体を借り続けているのに、魔女側が一切魔法を使わない……そうなると悪魔側の立場はどんどんと弱くなってくる。契約上、デフォルトでは悪魔が上位者になるから、実は力関係は私たちの方が上なのよ。だから魔女側の勝手な注文に聞く必要はなくなる。……でも、その立場が逆転したなら?」
肉体を貸し続けた魔女の方が上位者になり、互いの合意を得ない身勝手な注文も通ることになる。
つまり、サヘラが言えばすんなりと解除契約は成立することになる。
理論上は、の話だ。
「魔法を一切使わないなんて……そこまで長く待っていられないわよ……ッ!」
「そうよねえ。少なくとも一ヶ月は必要よねえ。付け加えるなら、悪魔が頻繁に、長時間肉体を借りていることも必須になるから、悪魔によっては年単位で魔法の使用を我慢する場合もあるわよ?」
切迫した状況の今は、使えない手段だ。
これが唯一の方法だとしたら、完全にお手上げである。
「依り代の子を助けたい、という目的を無視するなら、悪魔を止める方法はあるわ」
赤い空を見させないためにまさきたちを止めたアモンの目的は、それだったのだろう。
「依り代を殺せば、悪魔は契約者を失い、浮遊することになるわねえ」
サヘラ(アバター)を失った悪魔は、この世界に留まることができない。
たった一人の命で悪魔を追い返せるなら、安い買い物だろうと思っているのだろう。
だが、言うまでもない。
「却下よ。サヘラを救うためにサヘラを殺す? そんなの本末転倒よ」
「勘違いしているようだけど……」
話し合いの場に座っているからと言って、仲間意識を持たれては困る、とでも言わんばかりの敵意が放たれていた。
「元々、あの子を殺そうとしていたのは覚えているでしょう?」
……そういえば。
街を覆った炎上騒動も、元を辿ればサヘラ一人を狙ったものだった。
その理由は未だ明かされないまま――しかし今になれば想像もつく。
「私たちは、ミシャンドラをこの世界にいさせたくはないの」
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