第30話 暴走の根源【ミシャンドラ】2
悪魔ミシャンドラはサヘラを助けると言った。
その言葉を鵜呑みにして任せ、のこのこと人間界へ帰る……、
まさきはそこまで素直じゃない。
もちろん、疑う。
要求を一旦、甘んじて受け入れたのは、現状に限れば悪魔に体を預けている方が安全だと本能で理解したからだ。
だがこの騒動を切り抜けた後は?
悪魔が、サヘラの肉体を使ってなにをしようとしているかは分からない。
アルアミカと契約した悪魔アモンの前例がある。
魔女の運命なのかもしれないが、彼女らに人並みの幸せがあるとは思えなかった。
身勝手だけど、そう思ってしまう。
「……わたしも、サヘラとそう変わらないわね」
身勝手で、我儘で、無茶を言う。
人の都合なんて、まったく考えないで。
自分の欲望を最優先し、晒け出す。
「悪魔なんかに奪われたくない」
あの子の笑顔を他人に見られたくなかった。
ああそうだ、嫉妬だ。
憧れたとか言いながら別の女に切り替えるサヘラにも怒ってる――拗ねている。
自覚しながら、自重はしなかった。
夜の街を歩きながら――するとまさきの進路を塞ぐように、三つの人影があった。
「それで、どうしたいんだい?」
「こっちは散々振り回されてきたのよ、もういい……あの子の気持ちなんか知らないっ、こっちもこっちで振り回してやる!! サヘラを、助けますよ、先輩ッッ!!」
「――ああ。それでこそ、昔のまさきだ」
「なんであたしまで巻き込まれるんだ……」
「文句言わないの。後ろ向きに愚痴を言うより、前向きに考えた方が楽しいと思うよ?」
ニカッと笑うりりなの表情にほだされたわけではないが、確かに、避けられないのなら積み上がったタスクと考えてしまえば解決への行動も迅速か。
愚痴を言うにも労力を使っている。
一つ分の作業が消えるだけでも心身共にふっと軽くなるだろう。
みにいは、そう考えることにした。
「ま、どーせ抜け道が分からないわけだし……帰れない中、じっと待つのも退屈だ。付き合ってやるよ」
「まさきー、みにいも参加するってー」
りりなからの報告にふと忘れそうになるが、リーダーは彼女のはずだ。
「さて、まさき。……どうする気だい? 指示をくれれば、その通りに動くよ」
「え、わたしが指示を出すんですか……? 確かに、いつもは索敵担当のわたしがよく指示を出しますけど……あれはナビゲートがメインで戦略的なことはなにも……」
そもそも台本があるのだ、まさきたちが自ら考えて動くことは少ない。
突発的なイレギュラーにのみ発揮されるアドリブ力は、基本的にみにいの無茶に対するフォローにしか使われていなかった。
「まさき、もう台本はないんだ。私たちで考えて動くしかない。……それに、私たち三人は仕方なく亜人街に残っていたけど、知らないことの方が多い。その点、まさきは知っているのではないかい? サヘラのことも、魔女のことも。まさきが知った情報が頼りなんだ。だから指示を任せている。……まさきがやりたいことなんだろう? サヘラを救いたいんだろう? なら、君が指揮するべきだよ」
「でも……」
さらんたちを動かすという面で、不安があった。
まさきが間違えれば、その失敗はさらんたちを傷つける。
「その全身火傷、痛いだろう?」
さらんがまさきの手を取った。
街を包んだ炎はまさきのことも例外なく焼いている。
亜人たちよりは比較的軽度なものだが、それでも痛みは今でも続いていた。
「一人にしてすまない」
「…………あんなことになるなんて、誰も分かりませんよ」
「だとしても、私たちはチームできていたのだから、全員で取りかかるべきだったよ。たとえ、企みがあったのだとしても、まさき一人に任せるべきではなかったんだ」
企みがあった?
しかし、さらんはまさきの疑問には答えない。
「私たちの怪我は気にしなくていい。それと、少しだけ助言をしようか。戦略に悩むのであれば、みにいを使えばいい」
「おい」
自分を売られたことに敏感に気付いたみにいが、すかさず口を挟む。
「いや、なにもこき使えというわけではないよ。みにいにアドバイスを求めたらどうか、という意味だ」
「……結局、力のごり押しの案しか出てこない気がしますけど……」
「なら、みにいとは違う案を、まさきが出せばいい。せっかく正反対の性格をしているのだから、対立案として使わないのは勿体ない」
「…………」
ゼロから案を出すのは難しい。
一人で考えていては詰まるのは当然だ。
だったらなんでもいいから取っかかりが一つでもあれば、考えやすくなる。
出た案に付け加えるでも、対立させるでもいい……頭数が複数あるなら意見交換をしない理由はない。
そんな簡単なことにさえ気付かなかったのか、と改めてさらんに頼り切っていたのだと恥ずかしくなった。
後輩は先輩の背中を見て吸収するべきだが、まさきはただ思考停止してついていっていただけだった。
さらんの言うべきことに間違いはないと全肯定していた弊害か。
「先、輩は……」
企み、と言っていた。
まさきを一人で送り出したり、こうして助言をしたり、みにいと接点を作ったり……。
徹底して自分の手は入れないと意識しているようだった。
まるで……――。
「うん、分かりました」
まさきが意を決してみにいの元へ。
りりなが心配そうに、近づく二人を見つめる。
意識して口を閉じているのは、彼女もさらんと同じく企む側だったからか。
「なんだよ」
「あんたなら、どう助ける?」
「分かってるだろ。あたしのやり方がどういうのか、なんて」
聞く意味あるのか? と言わんばかりだ。
「……参考に。具体的に聞きたかったのよ」
「ぶん殴る」
「脳筋過ぎるでしょ……ッ」
なんの参考にもならなかった。
さらんの助言は的を射ているが、起点とするべきみにいの案がこれでは、対立案も大雑把になってしまう。
みにいの言うことも、大きく間違っているわけではないにせよ……それができれば苦労はしないのだ。
サヘラから悪魔を引き剥がせなければ、彼女を助けられない。
強い衝撃を与えただけで悪魔が肉体から弾かれるのなら楽だが……そう簡単ではないだろう。
契約、と言っていた……なら、行程を遡ればいい?
――ダメだ、これ以上は専門家でないと分からない。
手っ取り早く、悪魔に直接聞ければいいのだが……。
「サヘラに取り憑いた悪魔に聞いても無駄なのは分かってるけど、かと言ってアルアミカや、もう一人の魔女の悪魔に聞いて答えてくれるとも限らないか……だって弱点をわざわざ教えるってことだし……」
魔女に聞くなら?
でも、知っていたら既に悪魔を追い出しているはずだ。
未だ取り憑いたままなら、知らないってことだと逆算できる。
「それはどうだろうね」
思わず、と言った様子で、
「あっ」と口に出したさらんが仕方なく先を続ける。
「一方的な解釈で決めつけるのは危険だよ」
つまり、
「方法を知りながらも、使わない選択をしているかもしれないからね」
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