ソロモン争奪+悪魔戦争編

第29話 暴走の根源【ミシャンドラ】1

 天に伸びる光の円柱に気付いた人々は多い。


 だが、それが悪魔の召喚であることに気付いた者は二人に絞られる。


 大地が震撼し、心身が共に身震いした。

 狙いを定められた、そんな感覚だった。


「ついにこっちにきたんだ……『ミシャンドラ』」


 フルッフの姿で、悪魔フォルカロルが呟き、


「冗談じゃないわよ……ッ、上で、やっとのこと苦労して捕まえて閉じ込めたって言うのに、今度はこっちであの生意気な女の相手をしなくちゃいけないっての……ッ!?」


 アルアミカの姿をした悪魔アモンが、壊れかけの少女の体を無理やりに動かす。


「やっぱりお兄ちゃんのこと、諦めてなかったかー……まあそっか。こっちだってそう思っていたからこそ、依り代を作らないようにしていたわけだし」


「ソロモンくんを奪うつもりで降りてきたのよねえ……身動きが取れない自分の体でなく魔女の体を使うことで一時的な自由を得た。……どうするつもりかしら。私たちを襲ったところで死ぬのは魔女の体で、根本的な解決にはならないって分かっているのかしらね」


 魔女の存在は、悪魔にとっては別世界において自身の存在の代わりとなるアバターのようなものだ。


 感覚は共有しているが、魔女にとっての限界が悪魔にとっての限界と同じとは限らない。

 その小さくない差異があるからこそ、魔女は敵と遭遇しなくとも壊れてしまうケースが多かった。


 ゆえに、昔から決まって短命である。

 ただでさえアバターは壊れやすく、悪魔自身も気を遣っているのに、そこで悪魔同士の本気の戦いが始まってしまえば、器が割れるのは必然と言える。


 割れるのは器であり、悪魔本体は傷の一つもつかない。

 感覚を共有しているために痛みを感じることはあれど、飼い犬に噛まれた程度のものだろう。

 致命傷になりはしない。


 悪魔の本体を傷つけたいのなら、魔女を傷つけても意味はないのだが……、


「それ、分かってるのかなあ……」

「依り代を破壊することこそが目的なのかしら。嫌がらせなら充分にあり得るわね」


 逆恨みでなく、正当に恨まれる理由ならある。


 表向きだけを見るならよってたかって一人の悪魔を仲間はずれにしたと見えるだろう。

 だが仕方がなかったのだ。

 そうでもしなければ、我儘を言う彼女を止められなかった。


 アモンとフォルカロルが慕う彼でさえも、ミシャンドラの存在を危惧していたほどだ。



「待って、サヘラっ! ……、サヘラ、で、いいのよね……?」


 目立つセーラー服と見慣れた後ろ姿を見かけて、まさきが叫んだ。


 裏切り者だと誤解され、追われる身となった彼女はもう捕まっているものだと思っていた。


 まさきも同じ目に遭っているし、魔女にとっても日常茶飯事だろう……比べてしまえば、サヘラに逃げ切れる手段があるとは思えなかったのだ。


 だからまだ逃げている最中だったことに驚いた。

 それ以上に、目立った怪我がないことに安堵する。


 ……いつの間にか、サヘラの保護者のような目線に立ってしまっている。


「まさ姉……?」


 まさきの声に立ち止まり、振り向いたサヘラに違和を感じた。


 貼り付けたような笑顔だった。

 傲慢ながら、サヘラが自分を慕う気持ちは本物だと自覚している。


 追い詰められた状況下で、ヒーローのように駆けつけてくれたまさきに対してサヘラは貼り付けた笑みなど見せたりはしない。

 姿を見せた途端に抱きついて助けてと懇願してくる、そんな女の子だったはずだ。


 こっちの都合なんて考えず、我儘と無茶を言ってくれればいいのに。


 ……どこで大人になったのだろう。


 誰が、わたしのサヘラを奪ったの?


 まさきはサヘラを見つけた時から、既に疑問を抱いていた。

 実際に、彼女は一言目の呼びかけに疑問符をつけていた。


 魔女とはそういうものだと知っているまさきにとって、目に見えている彼女が、本当に彼女自身であるとは信じられなくなっていた。


 つまりだ、


「……誰なのかしら」

「えっ、まさ姉!? ……って、演技しても誤魔化せないって感じ?」


 サヘラの見た目、声、表情で口調を変えられたら、純粋無垢なサヘラが柄の悪い友人と付き合ってグレたみたいな印象があった。


(……思考回路がもう姉というか、母って感じよね、これじゃあ……っ!)


「で、なんなの。サヘラに用事ならアタシから伝えておくけど」

「用事、というか……」


 サヘラに会えれば、必ずその言葉がかけられるだろうと思っていた。

 うだうだ文句を言いながらも、仕方ないなあ、で動くことができた。


 ……高をくくっていた、のだろう。


 必ずしもその言葉が貰えるとは限らないと言うのに、サヘラに無意識に甘えてしまっていたのだろう。

 サヘラなら絶対に頼ってくれると考えてしまったのは、まさきの甘さだ。


 人気商売は、見向きもされない時の方が多いというのを忘れていた。


「ねえサヘラ……わたしは、サヘラのためにどうしたらいい?」

「はあ? ――ああ、そういうこと……」


 サヘラの体を使う悪魔ミシャンドラは、サヘラの深層心理をも聞き出せる。

 まさきには踏み込めない場所だ。


「残念だったなヒーロー。サヘラが頼ったのは魔法少女じゃなくて、悪魔なんだよ。というかさ、サヘラが一番つらい時に隣にいない時点で、ヒーロー失格でしょ」


 八方美人という意味ではなく、

 サヘラだけを守るヒーローとしてなら、確かにまさきは目を離し過ぎていた。


 彼女を一人ぼっちにさせてしまっていたのは認める。


「目に見える範囲にいる誰かしか救えないヒーローなら、サヘラには必要ない。しかも、助けての声を聞いてからやっと重い腰を上げる奴なんかに助けられたって、嬉しくもなんともないんだよ……調子に乗んな、小娘風情が」


「小娘……っ!?」


 見た目がサヘラなので忘れそうになるが、相手は悪魔である。

 少なくとも、まさきよりは全然年上の女性だ。


「あんたなんかいらないから。サヘラは、アタシが責任を持って助けておくわ」


 ミシャンドラが、呆然とするまさきに告げる。


「この世界に用がないなら、もう帰れば?」



 元より、サヘラに頼まれてやってきたに過ぎない。


 途中で別れた海浜崎みにいの、

「最後まで責任を持て」

 という売り言葉に買い言葉を返して意地になり、一度請け負った仕事は最後まで果たそうとまさきはここに残ったのだ。


 街を救って。

 みんなを助けて。


 ……サヘラはそんな無茶を言った。


 しかし、原因と考えられていた魔女、アルアミカとフルッフの事情を鑑みれば、一方的な糾弾もできなかった。


 悪いのは悪魔である。

 そう判明したものの、じゃあどう対処するのか、だ。


 悪魔の力に対抗できるのは、それこそ悪魔しかいないのではないか。

 亜人も魔法少女も戦闘能力に関してはそう変わらない。


 種族にもよるが、亜人の方が一歩前に出るのではないか。

 純粋な力で悪魔を撃退するのは難しいだろう。


『どうせあんたじゃキャパオーバーでしょ。サヘラの無茶に付き合うには役不足よ。その点、アタシならなんとかできる。そういう力があるの――言ってる意味、分かる?』


 悪魔の上から目線に、ぐうの音も出なかった。

 事実、彼女が言っていることは事実である。


 ここでまさきが長々とごねたところで、警告を無視して無理やり参加したところで、悪魔に対抗できるはずもない。

 焼死体でなくとも、新たに一つ増えるだけだろう。


 それこそ、サヘラに一生背負わせてしまう傷になる。


 助けるどころか傷をつけてしまうなら、引くべきところは引くべきなのだ。

 そう、自分に言い聞かせた。



『助けてっ、まさ姉ぇっ!!』



 裏切り者だと決めつけられ、これまで過ごしてきた仲間に敵意を向けられて。


 一番つらいはずなのに、サヘラはこんな時に限って、その言葉を言ってくれなかった。 

 面倒ごとには関わりたくない、仕事を増やさないでほしい……幾度と言ってきた愚痴や文句もこの時だけはこぼれなかった。


 ……求められたら鬱陶しく感じ、声がかからなければ寂しさを感じてふて腐る……本当に、身勝手だなあと自分自身に呆れてしまう。


 なによりも。


「わたしじゃなくて、なんで悪魔なんかに頼るのよ……っ!!」


 助けての言葉は、悪魔ミシャンドラに奪われた。


 それがなによりも――悔しかった。




「……助けたい」


 そう、思わずこぼれた。

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