第27話 第一段階【BAD】

「もう、大丈夫……っ」


 未だふらふらな足取りだったが、アルアミカがまさきの手を振り払った。


「大丈夫なわけないでしょ! さっきまで気を失っていたのよ!?」

「うん、だからちょっと眠れたし、元気になったから大丈夫っ――ととっ」


 言ったそばから上がらないつま先が段差に躓いて、彼女の体が壁にぶつかる。


「ほらっ、だから言ったでしょうに!」

「……優しいね」


「誰にでも同じことをすると思っているなら大間違いよ。アルアミカだからこうして手を貸してるの。いいから、休めるところまでは頑張りなさいよ」


 休めるところ、というのは亜人街のあちこちに設けられた避難所のことだが、魔女であるアルアミカが姿を見せれば場がどんな反応をするかは明白だ。


 今になってそれに気付くまさきも、先導していたとは言え、混乱していたらしい。

 目的ばかりに気を取られて他のことに頭が回っていなかった。


 休ませるべきだが敵意のど真ん中に連れていくのは本末転倒だ。

 どうするべきか……、と考えながらアルアミカの手を掴むも、思考により生まれた一瞬の躊躇いが、主導権を彼女に渡す隙になってしまった。


 どんっ、とそう強くない力で体の中心の押されて、わっ、と声が漏れたまさきが尻餅をつく。

 丁度、路地から表通りに出るように。


「ちょっ、なにすん――」



「やっと見つけたぞ!! 良かった……無事だったのか、あんたっ!!」


 隣から駆け寄ってくる狼男に視線が釣られ、自覚した後に慌てて視線を戻すも、そこにはもう、アルアミカの姿はなかった。


『魔女だと分かってて助けてくれる優しい子を、もう巻き込みたくないよ』


 そんな言葉を別れ際に告げられ、じゃあ……、と放っておけるまさきではない。


 ……ッ、そんな言葉は――、


「助けてくれって言ってるようなものじゃないっ!!」


 駆け寄ってくる狼男を無視して、再び狭い路地に戻るも、夜の路地は薄暗いどころじゃなく、闇だ。

 手を繋げる距離ならばまだしも、少し離れてしまえば目を瞑っているのと変わらない視界だ。


 怪我を負い、足取りの重いアルアミカでも、この環境ならばまさきを撒くことも容易だろう。

 事実、すぐに追いかけたまさきはアルアミカの姿を見失った。


「なんだ、そっちに誰かいるのか?」

「……見間違いだったわよ――で、急に呼びかけて、なによ」


 まさきにとっては余計な配慮だったが、見失ってしまった以上、アルアミカの意図は汲むべきだろう。


 魔女でなく魔法少女であると弁解するためには、魔女と一緒にいるのは逆効果だ。

 どころか、一緒にいることは致命傷となるだろう。


「なんで不機嫌なんだ? 上手くいったんだろう?」

「なにがよ」


「炎が消えたんだ、俺たちの頼み通りになんとかしてくれたってことだろう、魔法少女」


 そう言えばそんな頼みを任された気がする……、

 出発点は確かに彼だった。


 途中から、サヘラが狙われていると知って、悪魔と戦う羽目になって――もはや狼男の存在など綺麗さっぱりと消えていた。

 結果的に彼の望みを叶える形になっただけで、まさき自身は守りたかったものを守れたわけではない。


 未だ悪魔は魔女の中に潜んでいるし、

 サヘラもどこかへいってしまったしで、助けられたわけではない。


 なにもかもが中途半端だ。

 しかし、まさきが求めた望んだ結果は、無事に手に入られた。


「この街を救ってくれたんだ……もう誰も、あんたを魔女だとは疑わないだろうさ」

「……そうじゃないと困るんだけど」


 炎を消したのはまさきではないが、都合良く解釈してくれるならわざわざ指摘するのも勿体ない。

 実際、悪魔のアモンに命がけで一撃入れたのだから、それくらいの評価はされるべきだろうとはまさき自身も思う。


「さすがに魔女は捕まえられないか……それは仕方ない。街の炎が消えただけでもひとまずは一件落着と見るべきか――」


 その時だ、上空から一つの影が、狼男の背後に降り立った。


 伝令役を担うハーピーだ。


「……私たちの中に、魔女が潜んでいた……」

「? それは、裏切り者がいたってことか?」


 その推測に、答えを言い淀んだハーピーだったが、しばらくして頷いた。


「サヘラだ」



「――あの子が、魔女だった」






「わたしは、魔女じゃないっっ!!」


 思い至った心当たりも見なかったことにして、サヘラが叫ぶ。

 自分は魔女ではないと、そう信じたかったのだ。


 しかし、否定すればするほど、周囲の疑いが強まっていく。

 どこからか、ひうんっ、と矢が飛んできた。

 サヘラの足下の地面に突き刺さる。


「……お前が、魔女に告げ口をしていたのか……ッ」


 亜人街を襲う人為的な災害、立場の強い人物が闇討ちに遭う……言い出せばきりがない小さな事件の数々。


 ――有権者からすれば、亜人街の内部情報が漏れ過ぎていると違和感を抱いている部分もあった。


 魔女だからそれくらい盗み見ることも可能であると決めつけていたが、本当にそうか?


 今こうしてサヘラが裏切り者として炙り出たことで人々は驚きに染まるが、有権者からすれば想定していたケースでもある。


 亜人街において、たとえば魔女でなくとも内通者の一人や二人、いるかもしれない――と。

 まさか本当に魔女だとは、しかも容疑者から自然とはずしていた子供だとは盲点だった。


 してやられたと苦虫を噛み潰す表情が、悔しさと怒りに変貌していく。


「恩を仇で返しやがって……ッ!」


 サヘラは街では有名だ。

 赤ん坊の頃から可愛がられていた。


 そう、街全体で育てたようなものでもある。

 彼女のお婆ちゃんの信頼が、そのままサヘラへの愛情になっていた。


 本当に信じていたからこそ、裏切りられたと知った後の感情の振れ幅が大きい。

 他の子供だったら、こうも強く怒りは覚えないだろう。


 サヘラだからこそ。


 怒りが瞬間的に膨らんでいく。


「ちがっ、わたしっ――」


『捕まえろ』


 大人たちの低い声にサヘラが咄嗟に隣の親友を見るも、彼女はさっと視線を逸らした。

 まるで、裏切り者のサヘラの仲間だと思われたくないかのように――。


 親友である、エルフの少女が言った。


「サヘラが悪いんだからね」

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