第26話 嵐を呼ぶ悪魔【フォルカロル】

「……今更、魔女を許せるわけない。その悪魔? が、魔女の体を使って街を燃やしたり街の人を傷つけたりしていたのだとしても、魔女は悪くないんだって思う人は少ないよ」


 サヘラはアルアミカの人格と、悪魔アモンが魔女を利用している背景を知っている。

 だからこそ魔女と悪魔は別と考えられているが、実際に見たわけでもなく、人づてに聞いただけの少女たちでは、魔女と悪魔は同じくくりであるとしか思えない。


 アルアミカという一例のみで、判断はできないためだ。


 今回の一件に関しては、じゃあ悪魔が全面的に悪いとしよう。

 では、これまでに魔女によって壊されたものは? 


 建物、人間関係、それこそ命でもいい……悪魔が魔女を利用しているとサヘラは言うが、その逆がないとも限らない。


 アルアミカだけを見て魔女は実は良い人、とは判断できないように、アモンだけを見て悪魔の全員が悪者であるとも決めつけられない。


 サヘラはアルアミカに肩入れし過ぎているために、少々視点が偏っている。

 サヘラから事情を聞いただけの友人たちの方が、まだ客観的な視点を持てていた。


「そ、そうかもしれないけどっ」


「そうかもしれない、ってだけで充分だと思うよ? 私たちが魔女を今までみたいに嫌う理由にはなると思う」


 返す言葉が出なかった。

 なにを言い返しても、彼女たちを説得できるとは思えなかったのだ。


 ……自分でも都合の良い話だとは自覚していた。


 みんなと同じように、サヘラも魔女のことを嫌っていた。

 まさきに「助けて」と泣きつくほどには、魔女を悪者だと決めつけていたのだから。


 そんな魔女嫌いはここ数日間の話ではない。

 年単位だ。


 魔女が現れても直接もの申すことができなかった幼少期は……だからほとんどが陰口で発散されていた。

 あることないこと吹聴したのも、魔女への評判に、まったく影響がないとも言い切れなかった。


 何年もかけて落とした魔女の評判を、たった一度の会話で元に戻せると思っていたなら甘い。

 積み重ねた努力は、立場が変われば強固な障害となって立ちはだかる。


 それこそ、塵も積もれば山となった結果だ。


「どうしてそう意地を張るの。魔女の肩なんて持たなくていいじゃない」

「それは、そうなんだけど……」


 内情を知ってしまうと、たとえ相手が魔女だとしても、放っておけないあたりはサヘラの人間性によるものだ。


 優しい女の子――そう素直に受け取ってくれる人は……――しかし、


 今回に限れば、別の理由に引っ張られて、周りがそうとしか思えなくなってしまうのは仕方のないことだと言えた。



「あ、いた」


 避難所に堂々と現れた白い魔法少女……フルッフ。


 その自然さに、まさか魔女自身が敵の本拠地に現れるはずがないという先入観から、誰もが彼女のことを認知していても、対応ができていなかった。


 サヘラにゆっくりと近づく彼女を、目で追うだけだ。


「サヘラ、魔女として誰とも契約してないよね? 相手が『あいつ』じゃなければ、契約してたっていいんだけどさ……未契約だとお兄ちゃん的にもちょっと危ないから、念のために殺しておかなくちゃならないんだよ」


 ごめんね、と軽く謝るが、物静かなトーンで、言っていることは物騒だ。


「契約してるなら、絶対に殺す必要があるんだけど」

「ま、待ってっ、待ってよ!!」


 殺す、という発言にも驚いたが、アモンの時点で狙われていることは分かっていた。


 驚いたのは本当だが、多少の心構えがあった。

 だから驚きも薄い……のもそうだが、そんな殺人予告が霞むほど、サヘラにとっては衝撃的な一言があったのだ。


……?」


 サヘラはもちろん、悪魔と契約なんてしていない。

 だって、それは魔女の特権だろう?


 一般的なエルフに、悪魔との契約ができるわけもなく――いや、できたり、する……?


「できないよ? 悪魔との契約は、魔女の血が混ざってる必要があるから」

「だったら――」


 フルッフは首を傾げた。

 いや、これまでの口調や反応から、彼女がフルッフでないことは明らかだ。


 悪魔……フォルカロル。

 彼女がサヘラを、簡単に追い詰める。


 避難所という敵陣地のど真ん中を選んだのは、意図的か、偶然か。

 魔法という強大な力があるなら、場所を選ぶ必要もない。


 だとすれば偶然だろう。

 偶然さえも、この時ばかりはサヘラを見放した。


「……? 自覚なかったの? サヘラは、魔女だよ」


「――――」


 ……サヘラが魔女なら、同じ魔女のアルアミカを庇うのにも納得がいく。


 仲間が抱いていた違和感の塊がごっそりと取れたことで、サヘラの正体についても疑いようのない、強固な事実になっていく。


 物理的にも、精神的にも、友人の輪との距離ができたことが感じ取れた。

 ゾッ、とした感覚に、サヘラが慌てて振り向き、


「違うの、みんな……っ」


 サヘラの弁解に、みんなは聞く耳は持ってくれているものの、体は下がっている。

 警戒心を握り締めたまま、怯えと敵意が、サヘラを射抜く視線に混ざっていた。


「わたしは、魔女じゃな……ッ」


 しかし、心当たりがないわけではなかった。


 そもそもサヘラは亜人街の外で拾われ、親も分からず、血を分けたきょうだいがいるかも分からない。

 母親代わりのお婆ちゃんがいるものの、サヘラがエルフの血筋だと聞かされていたのは、あくまでもエルフであるお婆ちゃんの家の子だから、というだけの話だ。


 実際、サヘラは自分がエルフであることに違和感を抱いていた。


 エルフでいた期間が長いのでエルフだと思い込んでいたが、エルフらしさはサヘラからは感じられない。

 そもそも髪色だって、正反対とも言える黒髪だ。

 友人のエルフと並んで同じ種族ですと言っても、信じてもらえなかったことは記憶に新しい。


 エルフらしくないことをコンプレックスに感じた時期もあった。

 エルフでないのだから、らしくないのも当たり前なのだが。


 ……魔女という可能性も考えなかったわけではないだろう。

 しかし、魔女は山奥で暮らしており、基本的に領地から出ないとされている。


 大人ならまだしも、幼少期は尚更だ。

 そのため、サヘラの本当の種族だと考えなかったのかもしれない。


 いや、引き取ったお婆ちゃんもまた、魔女だと思いたくなかったのかもしれない――。



 放置し続けた問題点が、今になって牙を剥いてきた。


 その結果、放火騒動を越える、三つの世界を巻き込んだ大事件へ発展することになる。

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