第25話 …with ソロモン
(一緒に里の外に出られるなら、誰でも良かったんだよね)
実を言えば、の本音だ。
(でも、今になって、フルッフで良かったって思える)
一度の経験があるフルッフが、アルアミカを優しくリードしてくれた。
パートナーが彼女でなかったら、こうも長く亜人街に留まれなかっただろう。
今まで、楽しい二人暮らしが続いている。
(フルッフの復讐は、仕方ないよね……元を言えばわたしを助けるためだって言うし……頑張ってるフルッフに、やめて、とは言えないよ)
アルアミカのために、という部分に、彼女は大きく惹かれている。
(いつか――)
それは二人の願いだった。
(魔女への偏見がなくなって、種族関係なく、みんなと仲良く暮らせたらいいねっ)
夢が終わるのは唐突だ。
アルアミカが目を覚ます。
……全身がくまなく痛くて視界も半分だった。
仰向けで眠っていたらしく、空が見える。
すっかりと暗く、夜になっていた。
すると、狭い視界の中で、ぴょこんと飛び出してきた顔があった。
不安そうにこちらを見下ろす、セーラー服の少女だ。
黒猫が二匹、アルアミカの頬を舐めた。
くすぐったくて、思わず笑みがこぼれたアルアミカが呟く。
「まだ、こんな若い子がいたんだね……」
サヘラを見て。
「少し前に魔女は大量虐殺されて、世界に百人もいないのに……。どこに隠れてたの? 見つかってないなら出てきたらダメだよ……」
彼女を狙うのは、自分と契約した悪魔、アモンだけではない。
「――守ってあげて」
サヘラの後ろ、全身に火傷痕を残すまさきに微笑みかける。
「ソロモン七十二柱が、その子を狙ってるから」
街を覆っていた炎は完全に消えている。
たとえ雨が降っても消えなかっただろう炎がこうも短時間で消えたのは、まるで嵐が通り過ぎたかのような風量が消し飛ばしてくれたおかげだろう。
自然発生したとは思えない突風は、圧倒的な力で炎を薙ぎ払っていった。
まさきには思い当たる節があった。
アルアミカも、同じ人物を思い浮かべたようだ。
「フルッフが消してくれたみたいだね」
片目を押さえてアルアミカが体を起こした。
……相手が相手だったために、手加減など一切できなかった。
そのせいで、アルアミカが押さえる片目は大きく腫れ上がってしまっている。
怪人相手にはなんとも思わないまさきも、さすがにこれには罪悪感がある。
「ごめんなさい……女の子の顔に、酷いことを……」
慣れないせいであたふたと慌てるまさきを見て、彼女は気にしていないと手を振る。
「いいよぉ。わたしだって迷惑かけちゃったみたいだし」
「……違うわよ、これは悪魔がやったことなんだから」
「うん。でもアモンもわたしだから。アモンに体を貸してるわたしも共犯っ、でしょ?」
悪魔がやったことは、契約している魔法少女にも責任の一端がある。
アルアミカとアモンが別人格であると知っているまさきだからこそ理解があるが、一つの体に二つの人格が入っているとは、普通は気付けない。
なにも知らない亜人は、今回の放火騒動もアルアミカが主犯だと考えるだろう。
「……魔女が恨まれるのも、分かる気がしたわよ……っ!」
――とにかく、アルアミカを連れて隠れなければ。
鎮火を終えた後、亜人街の住人総出で犯人捜しが始まってしまう。
彼らからすれば犯人捜しよりも、魔女捜しだろうが。
もう一人の魔女が標的になりそうで気になるが、あっちはあっちでなんとかするだろう。
伊達に、これまで捕まらなかった魔女ではない。
「サヘラ、アルアミカの肩を片方持って――って、サヘラ?」
隣にいたはずのサヘラがいない。
黒猫も一匹、いなくなっていた。
「えっ!? ――もうっ、どうしてすぐにいなくなるの! あんたも猫なのか!?」
守ってあげてとアルアミカに忠告されたばかりにもかかわらず、失態だった。
『こっちには誰かいたか!?』
『いいやっ、まだ見ていない!』
「っ!」
救助隊だろうか。
こっちに近づいてきている。
炎が消えたことでアモンの障壁も機能を無くした。
黒猫がいなくともこの場に辿り着くことは難しくない。
被害者を探して道を網羅しているなら、必然的に辿り着くだろう。
「サヘラを探さないと……っ、でもこの子だって放っておけないし――ッ」
支えていたアルアミカの体重がぐんっと重くなった。
彼女が自分で支えていた分の体重がまさきに乗ったためだ。
……気を失った。
顔の傷も含め、悪魔に使われた体に蓄積されたダメージは、悪魔ではなくアルアミカにフィードバックされる。
炎の悪魔でありながら全身火傷をしているのがその証拠だ。
自身の力で自分の体を傷つける……もちろん、アモンがアルアミカではなく自分の体であればそんな間抜けなことにはならないだろうが……他人の体を使っているから、魔法との相性が合っていないのだ。
悪魔と魔女の契約は釣り合っていない。
魔女の負担の方が明らかに大きい気がする。
悪魔の口車に乗せられたか、それとも、分かった上で、それでも魔法を欲したか。
魔女にとって魔法とは、中々抜け出せない依存に近い。
「…………サヘラは、後ね。まずはアルアミカを安全な場所に――」
にゃあ、と鳴いた黒猫が、狭い路地の先にいた。
「……案内、お願いね」
まさきの地図が役に立たない今、頼れるのは黒猫だけだ。
「ま、待ってっ、少し、休ませて……っっ」
手を引かれたサヘラが連れてこられたのは、炎に巻き込まれた怪我人の治療がおこなわれている避難所だった。
元々は屋内だったらしいが、屋根がはずれて、見上げれば夜空が見えている。
そこには、サヘラもいつも混ざっている子供たちの輪があった。
セーラー服を着ている女の子が数人おり、サヘラと年が近い。
輪の中でも、特別親しい友人だ。
サヘラをここまで連れてきたのも、その内の一人である。
そして、列になって並ぶ多くの怪我人の中――。
仰向けに倒れている見慣れた顔が見えて、サヘラが慌てて駆け寄った。
その子に集まっている子供たちを押しのけて、意識が明滅している少女に声をかける。
虚ろだった彼女の瞳が、サヘラを見つけて少し光を取り戻したようだ。
「あっ、サヘラ…………無事で、良かったぁ……――」
自分のことよりも、彼女はサヘラの心配をしていたらしい。
服は焼け焦げ、綺麗だった少女の肌は火傷によって酷くただれていたにもかかわらず。
「わ、わたしのことなんかより――」
「どこにもいないんだもん。……炎の中に閉じ込められちゃったんじゃないかって、怖かったんだから……っ」
ぐすっと彼女が鼻を鳴らした。
親友の隠そうともしなかった泣き顔に、サヘラは心配をかけてしまったと、やっと自覚した。
「ごめん、なさい……」
サヘラの力のない謝罪に、少女がいいよ、と笑った。
「反省してるなら、しつこく怒るつもりもないよ」
「いいや、私は怒るよ!」
サヘラを案内したもう一人の少女の怒りは、どうやら言葉では鎮まらなかったらしい。
「魔女の近くにいたなんて、危機管理能力が低過ぎるのよッ!」
ぴくっ、と、円満には終わらせまいと、仰向けの少女が反応した。
「…………それ、本当?」
笑顔だった少女の声色が変わった。
サヘラも、ひっ、と声が出るほど背筋が凍る。
「もしかして、一人で魔女を向かい討とうとしてたの?」
「えっとね、放火の犯人は魔女なんだけど、実は魔女じゃなくてね……」
人差し指同士をくっつけて、もじもじしながらサヘラはどう説明したものかと悩む。
魔女と悪魔の関係を口で説明して伝わるだろうか。
ひとまず、みんなも会ったことがあるアルアミカと、魔女の体を使って放火をした悪魔のアモンは別人だというのを分からせなければならない。
説明に四苦八苦していると、
「どうだっていいよ、そんなの」
「え」
セーラー服を着た、エルフの少女が言った。
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