第24話 WITCH DAYS
たまにある。
あ、今、自分は夢を見ているんだなと理解しながらも夢の世界に浸っていられる時が。
(何度も見るなあ、この夢。昔のことを何度も思い出すなんて……里に未練でもあったのかなあ……)
山奥にある里に住む魔女たちは、都市(亜人街)に憧れている。
たとえいけたとしても周りから忌み嫌われているので満足な観光などできもしないが、それでもいってみたいと家族に懇願する魔女は後を絶たない。
他の亜人に捕まれば問答無用で死刑にされると知っている大人たちは、頑として子供を亜人街へいかせようとはしない。
古くから続く殺し稼業の技術を教え込み、免許皆伝でもしなければ、里の外に出る許可さえも貰えないのだ。
マイペースで明るく人間関係に選り好みしないアルアミカも、例外ではなかった。
大人たちには内緒で、仲間と一緒に里からの脱走を試みた時があった。
狭い世界の中、まだ未熟だったが、本人たちはなんでもできると思い込む年頃だったゆえの、大胆な行動だった――結局、見つかっては大人たちに捕まって、一週間に渡って酷いお仕置きを受けたが、それでもアルアミカはけろっとしていたし、亜人街への羨望は消えていなかった。
他の仲間はお仕置きが相当きつかったのか、もう一度、亜人街へいこうと誘っても乗ってくれることはなかった。
あの街は魔女にとって天敵だらけだと、大人たちの偏見を多分に含んだ講習でも受けたのかもしれない。
アルアミカも個別でもちろん受けてはいたが、全てを鵜呑みにはしていなかった。
元々、人の話をよく聞くタイプではないし、百聞は一見にしかず、とも言うし……と、あくまでも自分の目で見る、この身で体験することを重視する。
魔女は忌み嫌われている……のだとしても、全員が全員、そうとは限らない。
大衆扇動の影響……が大きいのなら、たとえば情報を遮断した上で育てられた亜人がいたならば、その子とアルアミカが出会い、自分が魔女だと明かしても、きっと他の亜人とは違う反応を示すだろう。
周囲のみんなが自分を好いていると考えるのがおこがましいように、全員が嫌っていると思うのもまた、強い偏見だ。
好きになってくれる人はいる。
少なくとも、魔女同士で付き合っている子もいるくらいなのだから、あり得ない話でもない。
(亜人街に、みんなでいくことが目的で、亜人街そのものに強い興味があるわけじゃなかったんだよねー……)
ないわけではない。
が、そんなのはおまけだ。
旅行先にいくのが目的ではなく、別の誰かと一緒にいくことが、目的だった。
だから、いくらアルアミカに亜人街は危険だと説いても意味はない。
だって別に、里の外に出られるなら、亜人街でなくともいいのだから。
憧れる都市と言えば亜人街しかないために、旅先をそこに決めただけに過ぎないのだから。
アルアミカの誘いに遠慮する者ばかりの中、唯一、乗りはしなかったものの遠ざかるでも近づくでもなく、距離感を保ったまま話を聞いてくれたのが、フルッフだった。
元々面識はあったけど(同い年であり、教室も一緒だった)、彼女は人見知りをして誰とも話さなかったために、アルアミカとの接点も自然となかった。
フルッフが輪の外にいたなら、アルアミカは輪の中心にいたのだ。
立っていた場所は正反対である。
近づきもしなかった。
それは互いに、ではなく、周りが二人を近づけさせなかった。
フルッフの友人への対応は、お世辞にも良いとは言えないものだ。
相手を拒絶、しているつもりはないのだろうが、そう見えても仕方がなかっただろう。
(この時はまだ、フルッフはちょっと浮いてただけだったんだね。やり方さえ分かれば人の輪に混ざれるくらいの距離感だった)
アルアミカが話しかければ、困り顔をするものの、それはどういう風に接していいのか分からないために出た表情であって、アルアミカ個人を嫌がる感情ではなかった。
だからあとは経験だ。
何度も顔を合わせれば、慣れてくれるはず。
フルッフの中で接し方が分かれば、今度は彼女の方から話しかけてくれるだろうと思っていた。
でも、フルッフの対応はある日を境に、例外なく全員を拒絶するようになった。
魔女同士において、他人という概念がなく、人の子供にも躾けができる。
魔女であれば全員が家族であるという認識だ。
とは言え、やはり家が別であれば信頼関係に差が出る。
フルッフは育った家の親しい家族にさえも、拒絶の態度を変えようとはしなかった。
アルアミカが何度も話しかけても、その対応が和らぐことはない。
段々と過激になるばかりだ。
魔女にさえ忌み嫌われる魔女として、フルッフは里の中で孤立した。
それでも、
アルアミカはフルッフを見捨てなかった。
なにがあったのか、としつこく聞く気もなかったし、知りたいとも思わなかった。
「反抗期かな」
としか思っていなかったのだ。
だけど、それでもないと気付いた時、最初に感じていた違和感の正体が分かった。
(フルッフの拒絶は怯えだったから、なーんか悔しかったんだよね。こっちはフルッフが好きで何度も話しかけてるのに、わたしを敵だって思ってさ。あの時は珍しくかちんときたなーって、今でも覚えてるよ)
誤解を解きたくて、何度も何度も話しかけた。
すると、次第にフルッフも、アルアミカにだけは打ち解けてくれた。
「……一度、亜人街にいったんだ……」
フルッフは総合的な技術は免許皆伝には及ばないものの、隠れ身に特化して技術を磨いていた。
……里から出て、亜人街へいくために。
憧れていた亜人街へ初めて訪れた彼女を待っていたのは、当然だが、魔女に対する恨みの洗礼だった。
里のお仕置きなんて生ぬるく感じるほどの拷問を一ヶ月以上も受けていたのだ。
なんとか逃げ帰ってきたフルッフは、たとえ家族でも信用できないくらいに、他人の目に怯えるようになった。
拒絶し、敵意を剥き出しにしなければ、体の震えが止まらなくなってしまっていたのだから。
それを聞いて、アルアミカは、
「いいなー」
(……少し前のわたしって、こんなに空気読めなかったっけ?)
当時のアルアミカは、拷問云々を棚に上げて、亜人街へいったという部分だけを抜き出して感想を呟いていた。
そのおかげか、フルッフの告白が重たくならなかったのは、彼女からすれば助かったのかもしれないが。
「じゃあフルッフは亜人街に詳しいんだね」
「……アルアミカよりは」
「じゃあ一緒にいこうよ」
「話を聞いてたか? 魔女だってばれたら、アルアミカだって酷い拷問を受けることになる! 逃げるのが少し遅れていたら……ぼくはきっと、殺されてたんだ!!」
「一人でいったからじゃん。なんでわたしを誘ってくれなかったの?」
アルアミカは頬を膨らませて、
「いきたかったのに」
「なにも、知らないくせに……ッ!」
「うん、分からないから、知るためにもいきたいよ。フルッフがいれば大丈夫だよ! 嫌だって言うならわたし一人でいってくるけど……あっ、その時は里から脱走するのだけちょっと手伝ってっ、お願い!!」
フルッフの両手を握り締めて、アルアミカが懇願した。
「……ぼくは、君を酷い言葉で拒絶したのに、どうして……嫌わないんだ。アルアミカはマイペース過ぎるっ! もっと緊張感や危機感を持ったらどうなんだッ!」
「そんなつまんないこと、したくないよ。一回きりの人生、したいように生きて楽しく過ごしたいじゃん。できたら満足、たとえ明日死んでも後悔はないねっ」
(……変わらないなあ、昔の自分)
その信念は、今も、先の未来もきっと変わらないだろう。
「フルッフっ、連れてって! ……ダメ?」
その緩急のついた言い方と、鼻先が触れ合いそうになるぐっと近づいた距離感に、フルッフの顔が真っ赤になる。
咄嗟に視線を逸らしてもうなんとでもなれと深く考えず、彼女は感情のままに叫んだ。
「分かったっ、分かったから――いくから離れろ!」
「えへへっ、デートだねー」
アルアミカは無自覚に、
フルッフは――この時には既に、自覚していた。
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