第22話 悪魔【アモン】の舌炎(前編)
……とは言え、説得なんてできるはずもない。
そう懸念しながらもまさきが引き受けたのは、魔女の正体が一度出会ったことのあるアルアミカであると半ば確信していたからだ。
炎を扱う魔女は、彼女しか知らない。
もっと言えば、魔女は彼女と彼女の仲間のフルッフと呼ばれる少女しか知らない。
もしも別の魔女であれば、即刻引き返すつもりでいた。
アルアミカだからこそ話が通じると踏んだのだ、彼女でなければ勝算がまったくない。
「そもそも、街一つを燃やす理由ってなによ…………ん?」
足音に気付いてまさきが視線を横に向ける。
亜人たちの情報網を使い、魔女の元へ急ぐまさきの横っ腹に激突した子供がいた。
サヘラの友達……だったっけ?
セーラー服を着ていれば全員がそう見えてしまう。
「わっ、とと! ――急になによ!?」
腰に抱きつき、力づくでまさきの足を止めた少女が叫ぶ。
「サヘラを助けてッッ」
彼女はエルフだろう、長い耳と金髪が特徴的だった。
可愛らしい顔とこれこそがエルフと言える見た目を目の前にすると、血縁が遠いとは言え、自分をエルフだと言うのが気恥ずかしくなってくる。
まあ、ハーフのデミチャイルドでもこれじゃない感が出てしまうのでそれよりも一つ遠いまさきならもっと感じてしまうだろう。
子供相手になら、この状況ではまさきでもさすがに去勢を張る。
「うん、助けるよ、みんな助けるから、今はひとまず魔女のところに――」
「ちがうのっ、魔女はね、サヘラだけを狙ってるの!!」
「え?」
サヘラだけを、狙ってる?
「このままじゃ――サヘラが殺されちゃうッ!!」
亜人街から人間界へ渡る時、正規の道ではなく誰も知らない抜け道を教えてくれたのが見知らぬ黒猫だった。
その時だけじゃない。
これまで生きてきて、サヘラが困っていると偶然にも手助けをしてくれたのが、思い返せば黒猫ばかりだった気がする。
同じ黒猫なのかは分からない。
ふらっと現れたと思ったらいつの間にか消えているような自由奔放な黒猫だった。
お礼に魚でもあげようかと思ってもいつもいなくなっているので毎回お礼を言い忘れてしまう。
次に会った時に、
「この前はありがとう」
とお礼を言っても、黒猫は首を傾げるので思い当たる節がないみたいだ。
なら、別の黒猫……?
だから今、サヘラを案内してくれている黒猫も、昨日とは違う子なのかもしれない。
けほっこほっ、と炎の中で咳き込みながら、サヘラは先行する黒猫の背を追う。
周囲は真っ赤で、熱気で視界は狭まり、黒猫を見逃さないようにするので精一杯だ。
「……この前、やっと直ったばっかりだったのに……っ!」
みんなで修復した建物も、一瞬で崩落してしまった。
壊れては直して、でもすぐに壊されて……、その繰り返しだ。
魔女は一体、どんな理由で街を壊しているのか。
たとえどんな理由があろうとも、納得なんてできるわけもなかった。
「赤髪の魔女……だったよね」
サヘラを含む子供たちの輪の中に突然入ってきた、見知らぬお姉さん……最初は魔女だとは思いもしなかった。
それに、突然声をかけられてもまったく怖くなかった。
遊びに混ぜてっ、と言われたら、いいよっ、と言ってしまいそうな親近感があったのだ。
だけど、雑談を交わしている最中に、彼女の雰囲気が急に変わった。
まるで、中身が別の誰かと入れ替わったかのように――。
「あっ、猫さん!?」
炎の中にあった不自然な穴。
その先に炎はなく、亜人街の外、森に続いている。
「やったっ、逃げ道だ! 猫さんっ、他のみんなもここに案内してくれる!?」
黒猫は、しかしサヘラだけを促すように尻尾を振った。
「ダメだよ……っ、わたしだけ助かっても、そんなの意味がない! 命だけあっても、そんなの生きていても死んでるようなものだもんっ。わたしの居場所がないなら、ここから先も炎の中となにも変わらないよっ」
みんなが、家族が、仲間が支えてくれたから、サヘラは生きているし、これから先も生き続けようと思えた。
本当の家族を知らないサヘラは、亜人街が家族だった。
種族とか、血統とか、関係ない。
顔を見せれば世話を焼いてくれて、なんでもかんでも教えてくれるみんなが大好きだった。
中には、小さい子供に教えるにはまだ早いものもあったけど……今のサヘラを形作っているのは、積み重ねてきた会話だ。
不必要なものなど一つもない。
見捨てていい人なんて、誰一人としていないっ!!
「わたしは、戻るよ」
黒猫が、引き返すサヘラのスカートに噛みついた。
「助けようとしてくれて、ありがとう……。でも、一人で生きるくらいなら、みんなと一緒に死ぬ方がマシだよ」
ぶらぶらと揺れる、スカートからぶら下がった黒猫の尻尾が、ぎゅっと掴まれた。
黒猫がまるで鎖のように、サヘラと、背後に現れた魔女……アルアミカを繋いでいた。
「あら。自殺志願者なら放っておいてもいいかしら。わざわざこの手で殺す手間が省けるわけだしぃ……いや、でもねえ、詰めが甘いってよくソロモンくんに言われるのよねえ。あの人の言うことは当たるし……確かに、これで大丈夫って思ってもそこから二転三転してよからぬ方向へ逸れるのが私らしくもあるのよねえ」
ハロウィンの仮装のような、大きな帽子と黒色のローブ。
隙間から見える黄色の衣装と、炎よりも濃い赤髪が特徴的だった。
彼女がぺろり、と舌を出して唇を舐める。
その舌先には炎が灯されていた。
「これで見逃して、契約されたら私の責任よねえ……ソロモンくんに怒られるのも……それはそれでご褒美だけど、ちっ――他の奴らに責められるのは胸くそ悪いわぁ……!」
そんなわけだから、と炎の魔女が宣告する。
「ソロモンくんのために、死んでくれる?」
殺意と共にアルアミカの手の平に、螺旋する炎が生まれた瞬間だった。
サヘラのスカートに噛みついていた黒猫が、にゃっ、と鳴いた。
自然、口を開いたことでサヘラを繋ぎ止めていた拘束はなくなる。
引っ張り合いで釣り合っていた片方がふっと消えて、サヘラの体重が後ろに偏って倒れてしまった。
すると、視線の先にある炎の壁を突き破り、ひうんっ、と飛んできた矢が二人から遠く離れた地面に突き刺さり、視線がそっちへ誘導される。
向けた視線の逆方向から、声がした。
「良かった、やっぱりアルアミカだった……けど、なんだか嫌な感じ。どうしたのよ、随分、昨日とは雰囲気が違うみたいね」
「ま、まさ姉……っ」
「サヘラ、矢を拾って持ってきて。落ちてた弓を拾ってきたから矢の数も心許なくて、十本もないのよね。だから一本も無駄にはできないわ」
まさきの腰には、巻き付けられた矢筒があった。
「それ、言わない方が良かったんじゃ……」
「……あ」
まさきも相手がアルアミカで気を抜いたのか、手札を遠慮なく晒してしまっていた。
「まあ、武器が弓矢だけとは限らないし」
「なにが出てきたところで全部燃やせるわよ。……それにしても、よくここが分かったわね。黒猫に誘導してもらわなければこれないような道のはずだけど」
サヘラが通った道はアルアミカが意図的に炎で塞ぎ、自由に道を組み替えられる迷路のようにしている。
意地悪にゴールへの道を遮断してまで。
ゲームではないのだから、意地悪と言われる筋合いも彼女にはない。
それなのにまさきはこの場に駆けつけた。
彼女には、一定範囲の地図が脳内に描けているが、建物や人は把握できても重さのない炎は感知できない。
地図上に怪しげな動きをする二名と一匹の反応を感知しても、描いた道通りに進むには炎が邪魔してしまう。
それに人が通れないようにしたのだから、この場にこれた不可解さはより強まる。
「ああ、なるほど……そうよね、黒猫に誘導してもらえば、この場に辿り着くこともできるわよねえ」
まさきの足下には、あくびをするように鳴く、黒猫がいた。
「あっ、黒猫さんっ」
矢を回収して戻ってきたサヘラがまさきの足下で屈んだ。
比べて見ればさっきまで別人ならぬ別猫だったのがどうして分からなかったのかってくらい、違いがはっきりとしていた。
これまで、サヘラを助けてくれた黒猫が、まさきの足下にいる黒猫だ。
なら、アルアミカの足下にいる黒猫は……?
「私の黒猫よお。私のというか、この子のだけど」
アルアミカは自分を指差し、この子、と言った。
違和感を抱いた時からなんとなく察してはいたが……今のアルアミカと昨日出会ったアルアミカは別人だろう。
喋り方だけではない、喋り方に通じる思考回路や、まさきを下に見る所作がいちいち苛立つ。
腕を組んで持ち上げるほどの胸もないくせに、その仕草がやけに多い。
「癖なのよ、仕方ないでしょう? やけに軽くても、日常的な所作は中々抜けないものなのねえ」
「…………あなたは、誰なのよ」
「アモン」
と、彼女が名乗った。
そして、唐突にまさきは、昨日のフルッフの言葉を思い出した。
『――魔女なら、当然悪魔と契約をしているはずだろう?』
こんなようなことを言っていたはずだ。
「…………悪魔」
「あら、知ってるのねえ」
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