第21話 激走!…の果てに手にした宝
……どれくらい意識を失っていただろう。
一瞬か、それとも数時間か。
視線を回してどこを見ても、街は真っ赤に染まり、炎上してしまっている。
エルフの力で荷重から導き出せる脳内地図を見ると、浮かび上がるはずの人通りが欠けてしまっていた。
建物が崩落し、道を塞いでしまっているのだ。
点々と小さな反応があるのは、倒れている人だろうか。
……だとしたら、相当の数の亜人が炎に包まれた街の中に取り残されてしまっている。
「離れろォ!」
喧騒の中で誰かが叫んだ。
次の瞬間、ボッッッッ!! と、ビルの一階から爆発が起き、根元が破壊されたことで大木を切り倒すようにビルが崩落した。
周囲の建物を巻き込んで倒れたビルによる風圧が多少の炎を揺らすものの、消すには至らない。
抜けた突風がまさきの体を吹き飛ばしたくらいだ。
「うっ、うう……」
ごろごろと転がったまさきが勢いよく後頭部をなにかに激突させる。
柔らかい。
建物の外壁や積まれた瓦礫ではなかったようだ。
柔らかいそれがクッションになってくれたおかげで、まさきには怪我の一つもない。
思えば、軽度の火傷はあるものの、大きな怪我を負っていなかった。
炎上した街中にいたのだから、炎には飲み込まれているはずだが……。
まさきが無事である答えが、今、彼女の後ろにある。
「……ケンタウロス…………?」
ばたばたと、まるで森の中を迷わずに、歩いた痕跡を残そうと木の実を落としたように等間隔で、ケンタウロスたちが倒れていた。
「無事、だったか……良かった」
意識を失っていたケンタウロスが、今のまさきとの衝突によって目を覚ましたようだ。
「無事だったかって――あなたたちの方がわたしなんかよりも危険な状態でしょうに!」
「俺たちは、体が大きい……体を寄せ合えば、堤防になれる。炎から大勢を守ることができたんだ……お前さんのこともな。ここでのたれ死んでも、後悔はない」
「ふざけないで! 目を瞑るんじゃないわよ、全員叩き起こして、すぐにここから逃げるんだから!」
「どこにだ……?」
炎の届かない亜人街の外……だが、まさきたちが人間界から渡った入口は岩山の上だ。
そう、つまり亜人街を囲うように岩山が周囲にあり、炎を止めてしまっている。
だが、鍵穴のような街をしているため人間界の入口から遠ざかれば、広がる森や山がある。
そっちまで炎は回っていないはずだから、逃げ道としては有力候補だ。
しかし……距離が遠い。
本来なら路面電車を利用する距離である。
ケンタウロスなら走って踏破することなど簡単だが、万全な状態なら、だ。
明滅する意識の中で彼らに自分たちで走って逃げろとは、たとえ言えても彼らは動けないだろう。
かと言って彼らを抱えて走れる亜人など、巨人族か鬼、龍人くらいだろうか。
そうは言っても彼らだってこの炎に巻き込まれているはずだ。
誰もが助け合いを求めている。
他者に手助けしたいのは山々だが、優越をつけるならまずは自分だ。
他人のことは後回し。
だから分からなかった。
魔女だ魔女だとこっちの言い分を一つも聞かずに追い回しては監禁し、人を餌扱いしていたくせに、どうして自分の身よりも先にまさきを守ったのか。
……魔女を誘き出す大事な人質……にしてもだ、自分たちの身よりも優先させるわけがない。
見捨てたって誰も責めない。
見殺しにしたってこの状況では仕方なかったのだとすぐに忘れる程度のはずなのに。
「なんで、わたしを助けたのよ……っ」
「……体が、勝手に動いた、んだろうな。炎が見えた瞬間、咄嗟に体が動いていた。俺だけじゃない。倒れている全員が、壁になって、あんたや、他のみんなを守った。理屈じゃないし、理由じゃない。敵も味方も関係なく、衝動的に動いてしまう時くらい、あんたにだってあるだろ」
「…………」
「いけ。どうせあんたじゃ俺たちを運べない。助けを呼んできてくれればそれでいい……それに、多分あんたには別の仕事が振られるはずだ」
ほとんど人間のまさきにできることなんてたかが知れている。
男性ならまだしも、女の子だ、力仕事さえまともにできるとは思えなかったし、エルフの血を引いているとは言っても純粋なエルフに比べれば見た目も劣ってしまう。
メンタルケアにおいても、力になれるとは思えなかった。
人手が足りないから、猫の手でも借りたいというなら実績は重視しないのだろうが。
「――違う、お前に頼みたいのは、そんな誰もができるようなことじゃないさ」
背後から声をかけられ、まさきが振り向く。
炎の中に手を突っ込んだのか、真っ黒に焦げている腕を片腕で押さえた狼男がいた。
「その、腕……っ!」
「同情はいらない。お前にしか頼めないことがある――頼む、この炎の元凶の魔女を、止めてくれっ!」
深々と頭を下げる狼男は見た目やイメージからリザードマンと同一視されることが多いが、気性はそう荒い方ではない。
誠意があり、話してみれば礼儀正しい。
集団でいることが多く、仲間を大切にする。
個よりも集団だ。
だから私怨に揺れたりしない。
そして、親でもある。
なにを大切とし、なにを優先するか。
守りたいもののためになにを切り捨て、犠牲にするのかは、当然分かっているようだ。
「わたしは、だから魔女じゃない……っ。止めてと言われても、止められないわよ!」
「それでも俺たちよりは可能性があるはずだ。俺たちは残された仲間を助け出すので精一杯だ、元凶の魔女を止めに人員を割くことができない。もし数人を向かわせたとしても返り討ちに遭うだけだろう……」
「わたしだって、返り討ちに遭う可能性はあるんだけど!?」
だって魔女じゃないからっ、とは、言わなかった。
彼は最初から、魔女だから仲間を説得してくれ、とは言わなかったからだ。
「サヘラから聞いた。魔女でなく、魔法少女であると。詳しいことは知らないが、人間界ではこういう騒動の時に助けてにきてくれる英雄らしいな」
台本通りなら魔法少女の役目だが、本当の事故であれば魔法少女ではなく消防や警察の仕事である。
隊員の中には亜人も混ざっているので、制服と職名が違うだけで魔法少女と大した差があるわけでもないが……。
だから今回のこれは、まさきにどうこうできる規模の事故ではない。
他人をあてにし、テキトーなことを吹聴するサヘラに若干の恨み言を言いたくなったが、彼女は悪意を持って嘘を吐いたわけじゃない。
魔法少女とはそういう存在であり、まさきならなんでもできると本気で思っている。
昔のまさきがさらんに抱いていた憧れと同じだから、その気持ちも分からないでもなかった。
「すまなかった」
と、狼男が頭を下げたまま、謝罪をした。
「魔女じゃあ、なかったんだな」
「だから、最初からそう言ってたんだけど……」
「都合のいい手の平返しだと思ってる。でも、俺たちは今、お前に頼るしかない。この炎の鎮火は俺たちでなんとかする。だからただ一つ、魔女の目的を探り、できる範囲で相手を満足させて帰らせてほしい。命以外なら俺たちはなんでも差し出す。この街は破壊されても何度も何度も立ち直ってきた。壊れたらまた作り直せばいいんだ。取り戻せるものを失うことに、もう恐れたりはしない!」
頭を上げた狼男がまさきの両肩を強く掴んだ。
「どんな手を使ってもいいから、魔女を説得してくれ! 頼むっ、俺たちとこの街を、助けてくれっっ!!」
……聞き終えてから、じっくり数秒、彼の言葉を頭の中で反芻させる。
やがて、
――はぁぁぁぁぁぁぁっ、と、まさきは大きな溜息を吐いた。
「……こっちだって、慈善事業じゃない。仕事として、ちゃんと報酬は貰うわよ?」
その言葉に、人間界の魔法少女のルールを知らない狼男は、声を弾ませて言った。
「もちろんだ! ビジネスパートナーとして、望む報酬を必ず用意しよう!」
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