第19話 月光下の牢獄 NEXT
「しっ。……こそこそと作戦会議をしないと、見張りに気付かれてしまうよ」
「だ、だって、先輩……帰るって……!」
「帰れたら、の話さ。みにいが言うように、黒猫を探さないと抜け道から帰れない」
「手伝ってくれないんですか……?」
みにいが去り、りりなもそれについていったのは、予想できた。
その時点で、さらんはこの場に残ったのだから、当然、手伝ってもらえるだろうと思っていたのだが……、
「甘えるなよ」
とみにいなら言うだろうが、さらんはそこまで直接的には言わない。
が、ようするに、そういうことだろうというのは読み取れる。
「みにいが言ったように、サヘラが助けてほしいと頼んだのはまさきであって、私じゃないのさ。もちろん、頼まれていないから、まさきに全てを丸投げするわけでもない。困っていれば手助けくらいはするつもりさ」
「なら、今っ、困ってますよ!?」
「最初から私に縋るのは許さない」
温厚なさらんが初めてまさきに見せた、厳しい言葉だった。
「助けたい相手がいるのだろう? なら、まずは一人で頑張ってみるべきだ」
「先輩……っ」
「考えて、頑張って、それでも限界だと思ったなら、声をかけてくれれば、私はどこだろうとまさきを助けにいくよ」
それは、まるで、まさきがまだ魔法少女になる前のように。
「だから、安心していいよ、サヘラ」
さらんの微笑みに彼女が不意を突かれて「え」と間抜けな声を出す。
さらんはサヘラの目線に合わせるように屈み、彼女の耳元へ顔を近づけた。
美しい銀髪にサヘラが思わず見とれていると、ぼそっと呟かれる。
「(まさきをもう取ろうとしたりしないよ。邪魔もしない、存分に甘えたらいいさ)」
「ち、ちがっ、そんなんじゃ……!」
「先輩、サヘラになにを言ったんですか……?」
耳まで真っ赤になったサヘラの異変に気付いてまさきが責めるように問い詰める。
「サヘラに聞いたらいいさ」
まさきが視線を落とす。
「な、なんにも言われてないよ!? ほんとだよ!?」
本人からそう言われてしまえば、まさきもこれ以上は追及できなかった。
二人に隠し事をされている気持ち悪さが残るものの、先行きの不安さがあっという間にそれを払拭してくれた。
結局、今後のことについてなにも思いついていない。
「少しヒント、というよりは私だったらこうする、という考えだけどね」
切羽詰まったことで視野が狭まり、困っているまさきを見かねて、さらんが一つ。
「誤解を解く、と言ってもやり方は様々だろう。一人一人に真摯に向き合って話してみるもよし、演説で大多数の人々にまとめて無実を証明するのもよし……しかし言葉ではやはり限界が出てくるだろうさ。可能性が高いのは前者だけど、時間がかかる。後者はその逆で、効果は出にくい。まず疑われている時点でどちらも難しくはなっているけどね」
さらんが言う。
「だから――考え方を元に戻す。言葉なんていらないよ」
弁解は必要ない……?
しかし、まだぴんときていないまさきは黙ることで続きを促した。
「まったく必要ないってわけではないけど、誤解を解くために向き合う必要はないんだ。だって、私たち魔法少女が子供たちを助ける時、みんなに話しかけたりしたかい?」
「…………あ」
「つまり、そういうことだよ」
台本によっては、それに魔法少女によってはファンサービスをすることもあるが、基本的に魔法少女が向き合うのは怪人であり、言葉ではなく背中を魅せる活動だ。
その行動からなにかを感じ取ってくれることを期待している。
魔法少女とは、演者だ、役者だ。
ストーリーを作る脚本家や小説家、楽曲を演奏するミュージシャン、歌詞を歌い上げるシンガーソングライター。
画家、芸人など……見ている人の心を動かす努力を重ねてきたプロは、自分ではなく磨いてきた作品を見せる。
取り繕おうとする言い訳なんて届かない。
口で説明しては、作品に込められた想いが相手には響かない。
だから言葉はいらない。
ただ魅せる。
それだけで充分だからだ。
まさきという人間を口で説明するよりも手っ取り早く、効果的に理解させる方法。
それは――、
「……亜人街の、魔法少女になる……?」
「思った通りだ、あの魔女は、奇妙な術を使えないみたいだ」
走り疲れ、集団から抜け出た亜人が同じく体力の限界から抜け出た男に話しかける。
狼男と、膝ほどの身長の小人である。
「……力を隠してる、ってことはないのか……? おれたちが集まったところで、一網打尽にするとかさ……」
「できるならまず最初にやってるだろ。追いかけ回されたり、捕まって監禁されても使わない理由なんてないだろ。この街で暴れた赤髪と黒髪の魔女は、人も建物も区別しないで全部を薙ぎ払ったんだ……今回の魔女は、あいつらほどの強さじゃないってことだ。やらないってことは、できないってことだろ」
「……じゃあ、力を持たない魔女が、なんで出てきたんだ……?」
「さあな。魔女の考えなんか知るか。大方、弟子の良い修行場所、とでも思ってんだろ。ふざけんな。人の生活圏を、修行の名目で荒らされたらたまったもんじゃない!!」
すると、男達の会話に、上空から合流した者がいた。
ハーピーだ。小人が彼に問いかけた。
「――魔女はどこに逃げた?」
「先頭集団が追いかけてる。……なんでいつまで経っても挟み撃ちにできないんだ!?」
苛立つ狼男に答えたのは、背後から近づいたケンタウロスだった。
「それが……あの魔女、まるでこっちの足取りを事前に分かってるみたいに逃げていてな……追い詰めても追い詰めてもひらりと躱されてしまう」
「まさかとは思うが、手を貸している奴がいる、とかじゃねえよな……?」
狼男の疑いの視線に、全員が首を左右に振った。
『魔女のことは、殺したいほど憎んでる』
全員の声が重なった。
魔女に荷担する裏切り者など、いるわけがなかった。
「はっ、はっはっ、っん、く、はっ、はっ、はっ……ッッ」
金髪の青い魔法少女が亜人街の狭い細道を駆け抜ける。
道中、壁際に置いてあったゴミ箱を蹴飛ばして、相手の進路を塞いだ。
効果はあったようで、追ってきていた亜人たちはゴミ箱を飛び越えたり蹴飛ばしたりしてたった少しだったが距離を離すことに成功した。
真っ直ぐな道なら効果は薄かったかもしれないが、曲がり角の多い入り組んだ道ならば数秒の差があれば二回、三回と曲がることで行方を眩ますことも可能だ。
「はぁ、っ、くぅ、はっ、はっ……息が、やばい……ッ」
十分以上、走りっぱなしだった。
つまり、相手も同じ時間、同じ距離を走っていることになるが……それは一対一ならばの話。
多対一なら、多い方が仲間内で交代し、休み休み追いかければ、無限に追うことができる。
追い詰められるのは時間の問題だった。
しかし、青い魔法少女、森下まさきにはエルフの力が宿っている。
大木のように足下から根を伸ばして、地面に触れている近隣情報を会得することができる。
精度は地面への荷重と反比例し、立ち止まることで鮮明さが増す。
歩きながら見る地図は把握しづらいのと同じだ。
背後の圧力から一時的に逃れられたまさきは、立ち止まって現状を把握する。
地面にかかった重さから建物の位置も把握し、浮き出てくる道が分かる。
まさきの脳内には亜人街の地図が出来上がっており、現在地、追っ手の居場所がすぐに分かる。
逃げるべき道も把握した。
単純に、追っ手とは真逆の方角だ。
だが、亜人街の全域の地図が分かったわけではない。
まさきを中心とした索敵範囲のサークルが広げられているが、二百メートルほどだろう。
そこから先は未知の領域だ。
誰もいないと思って逃げていたら、サークルから出た途端に敵だらけということもあり得る。
相手の情報伝達が早ければ、どこで誰が待ち伏せしていてもおかしくはなかった。
それに、まさきの格好もまずかった。
魔法少女の衣装だ。
……別に気に入ってこの服を着ているわけではない。
魔法少女と魔女が同じ種族だと勘違いされており、その誤解を解きたいのだから、魔法少女の格好をしていなければ意味がない。
だから必然的に衣装を着なければならない。
とは、理解しているのだけど……色的にりりなやみにいよりかは落ち着いているとは言え、それでも目立つ。
逃げながら、見つけてくださいと言わんばかりだった。
目立つのがまず前提だが、今に限れば最悪の枷になってしまっている。
「…………困ってたから助けてあげようとしただけなのに……」
ずるずると、壁に背を預けていたまさきの体が重力に従って落ちていく。
まさきの、魔女に対する考えはまだ甘かったようだ。
たとえ勘違いされていようとも、困っている人に手を差し伸べれば話くらいは聞いてもらえると思っていたし、そのまま誤解も解けると思っていた。
しかし実際は、まさきが割り込んだことでトラブルになっていた両者が結託した。
共通の敵を見つけて手を取り合ったのだ。
自らを犠牲にしてケンカを仲裁できたのは良かったが、目的はそうじゃない。
まさき自身は目的から遠ざかってしまっている。
サヘラのアドバイスが間違っていたわけではないだろう……。
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