第18話 月光下の牢獄(分裂)

「下りるって……サヘラを見捨てるって言うの!?」

「はっ、見捨てようとしてるお前がよく言うよ」


 つい出てしまった本音をすかさず指摘され、まさきが口をつぐんだ。


「つーか、下りるもなにもまず乗った覚えもないしな。高原に呼び出されてついていくのが当然みたいに、乗せられたに近い。……魔女だかなんだか知らないけど、ろくに確かめもしないで勘違いで襲ってくるやつらがいる街を、命をかけて助けたくもない」


「…………(魔女に負けたから、怖いんだ……)」

「あぁ!?」


 ぼそっと呟いたサヘラの言葉を選ばない感想に、みにいが耳ざとく気付く。


「ひぅっ」

 と、サヘラがぎゅっと、さらに強くまさきに抱きついた。


「……あたしだって、誰にでも噛みつくわけじゃない。バカは、実力差も分からずに挑んで大敗するからバカなんだ。あたしをそいつらと一緒にするな。……一度手合わせすれば嫌でも分かる。今のあたしじゃ、魔女には勝てない」


 ……みにいが敗北を認めたのは、初めてではないだろうか。

 喧嘩っ早くて攻撃的な彼女を止めるのに、りりなが毎回苦労しているのに。


 チームの中では、みにいが一番、亜人街の治安の悪さに慣れているし、適応している。

 だからこそ、人間界でもその癖が抜けずに好戦的なのだろうが……。


 そんな彼女が言うのだから魔女の恐ろしさは確定的だ。


 まさきが感じた恐ろしさは、本当の戦いを知らず、ぬるま湯に浸かっていたからではなかったようだ。


 見せられた魔女の力は、亜人とは一線を引いて一つ上の段階に感じる……、亜人の子供が受け継ぐ、種族特有の力とは別モノとしか思えなかった。


「悪魔とか、言ってたような……?」


 そんな種族いたっけ? 

 と脳内検索をしてみても、ヒットはしなかった。


 種族ではないが、伝承の中には登場している。

 それはもう神と肩を並べる存在だ。


 架空の存在であって、実在はしていない、はず……、

 そう考え込んだまさきの思考を断ち切るように、みにいが短く意思を示した。


「帰る」

「……帰るって、サヘラがいないと帰れないわよ」


「道案内をしたのはその子じゃないだろ。先頭を歩いていたのは亜人街にいたのか人間界にいたのか分からないけど、黒猫だった。だったら探せばいい。抜け道を自力で探して帰るよりは効率的だろ」


 黒猫全般がそうなのか、そもそも猫であればいいのか、それとも亜人街へ案内してくれたあの黒猫でなければならないのか、不確定要素が多いがそれでも帰るとみにいは言う。


「いくぞ、りりな」

「……っっんぐ……う、うん……」


「待ちなさいよ!」


 まさきの呼びかけに、みにいが立ち止まる。


「だったら、私も……」


「その子を、偶然でもいい……助けて、一度、街を救ってほしいっていうお願いを聞いて請け負ったのは、お前だろ。ここで投げ出すのか……連帯責任であたしら全員を巻き込んでおいて、その子は見捨てるのか。最悪だな、お前。自分のことしか考えてないだろ、無責任なやつだ」


「それは――」







「っ、そこまで言うなら、あんたも先に下りてんじゃないわよっ!」

「助けを求められたのはお前だろ。あたしは関係ない――だろ? サヘラ」


 みにいに睨まれたサヘラがごくりと息を飲んで……、

「うんうん!」と首を縦に振る。


「まさ姉に頼みたい……っ、です!」

「……怯えさせて、厄介事を頼まれないようにしてるじゃないの……ッ!」


「理由はなんであれ、サヘラはお前に助けを求めて、あたしは求められてない。じゃあ、一緒に助ける義理も筋合いもないな。こっちも、謹慎中でも暇じゃないんだよ。無報酬で人助けなんてするわけないだろ、無駄な時間だ」


「あんた…………最低ね」

「お互い様だろ」


 一瞬の静寂。

 やがて、険悪なまま激しい会話の応酬を終え、幕が下りた。


 みにいは牢屋から去って、闇に消えていく。

 まさきとみにいを交互に見ながらも、逡巡した後、りりなはやはり、みにいの後を追っていった。


 残されたまさきとさらんとサヘラも、ひとまず牢屋から出た。

 サヘラは未だまさきにしがみついたままだった。


 まさきが鉄格子を閉める。

 ガチャン、と、閉め方に多少の力が入ってしまったようだ。


 それは苛立ちか、もしくは――腹をくくったのか。


「サヘラ」


「やだっ! 助けてくれるまで離さないっっ!!」


「離してくれないと助けられないでしょう?」


 え? とサヘラが顔を上げた。


「……努力はするけど、絶対に助けられるって保障はないわよ。それでもいいな――」

「うんっ! ありがとう、まさ姉っっ!!」


 今度は腰ではなく、胸に飛びつかれた。

 サヘラの吐息が頬に当たるほど距離が近い。


「…………まったく、もう……っ」


 強張っていたまさきの表情が弛緩した。

 自然と漏れた笑みに、これまで無意識に表情に力が入っていたのだと自覚する。


「それで、どうするつもりなんだい?」

「あ、先輩……まだいたんですね」


「困った時はすぐさまこっちを向くのに……。けれど、そうやって私から離れていくのは願っているところでもあるさ。嬉しいような、少し寂しい気もするけどね」


 まさきからの雑な扱いに、さらんが苦笑する。


「今後の方針は?」

「そうですね、どうしよう……?」


 さすがにサヘラもずっと抱きついてはおらず、今はまさきの片腕に自分の腕を絡ませてぴったりとくっついている。


「先輩として言わせてもらうなら……やめた方がいい」

「……あいつと、同じ理由ですか」


 みにいのことをあいつと呼ぶ乱暴な口調は、今が特別不機嫌だからではない。

 元々、互いに名前を呼ぶ仲でもなかった。

 猫を被らなければ、口調にだって気を遣わない。


「そうだね、魔女の強さは本物だ。まさきがリザードマンを事故に見せかけて倒したように創意工夫でどうにかできる相手ではないだろう。みにいは実力差、と言ったが、あれは同じ舞台に立っていることが前提の表現だ。みにいでやっとまともに戦える……なら、私たちは同じ舞台にさえ立てていないよ」


 まさきが感じられたのは実力差ではなく、次元や世界が違うというそもそも勝負が成り立つ以前の問題を示唆する恐怖だった。

 そんな相手から街を守るだなんておこがましい。


 それよりも。


 魔女をどうこうよりも先に、まさきにはまずやるべきことがあった。


「わたしたちが魔女だっていう誤解を解かないと……」

「ねえねえ、わたしがまさ姉たちは魔女じゃなくて魔法少女だよって説明するよ」


 サヘラのその提案は嬉しいが、魔女と魔法少女の違いを街の人々が理解してくれるか怪しいものだ。

 二つの世界を跨いでいるだけで関係者であると思われても仕方ない。


 関係者でない、まったく別のものだと言い張っても、証拠がない。

 裏で繋がっていると疑われるだろう。


 なにをしていなくとも、疑われた結果がこうして監禁状態に繋がっている。


 それにだ、街の中でサヘラがどういう立ち位置なのか分からないが、彼女の一声で疑いが晴れるとは思えなかった。


「まさきがどうにかするしかないね」

「先輩も考えてくださいよ」


「ん? いや、私はりりなたちと一緒に帰るつもりさ」



 ――――。


 と、一瞬の間があった後、まさきが見張りに見つかってもおかしくない声量で、



「ええッッ!?!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る