第17話 月光下の牢獄2

「その鍵……」

「えへへ、分かりやすいところに引っかけてあったから、もしかしてと思って取ってきたんだ。真夜中だし、見張りの人も眠ってて、だから今の内に逃げられるよ」


 輪に鍵が何枚も束ねられており、サヘラが一枚一枚を試しながら、鉄格子が開いた。


「やったっ、やっぱりこれで合ってたんだ」


 後ろで両手を縛っている鎖も、同様に鍵ではずされていく。

 長時間拘束され、痛む手首をぐりぐりと回しながらまさきには疑念があった。


「……どうして助けてくれるの? わたしたちのことを魔女だって言ったのに」


 サヘラは混ざっていなかったにしても、亜人街の人々に追い回され、こうして牢屋に入れられている。

 大人から子供まで、みんなが魔女を忌避していたのだ。


 いきなり、素直に好意を受け取れるほど楽観的にはなれない。

 わざわざ鍵を盗んでまで助けてくれるそんな美味しい話があるわけないと思ったのだ。


 だって、これがばれて痛い目に遭うのはサヘラだろう。

 彼女がそこまで危険を冒してまで、まさきたちを助ける理由はないはずだ。


「魔女じゃなくて、魔法少女でしょ? わたし、知ってるもん。実際に人間界までいってこの目で見たんだから。確かに街を襲う魔女とそっくりだけど、まさ姉と、まさ姉の仲間の人は、絶対に悪い人じゃないって思ったから」


 魔女を忌避する大多数とサヘラの違いは、魔法少女の活動を見ているかどうかだ。


 ただ知っているだけなら見て見ぬ振りをしたかもしれない。

 しかし、サヘラがこうして動いた理由は、まさきに助けられたという恩があるからだった。


 それに。


「だって、まだまさ姉にはお願いを聞いてもらってないし」

「お願い……?」


 すっかり忘れているまさきに代わって、さらんが横から答えた。


「街を魔女から救ってほしいというお願いだよ」

「ああ……、そう言えばそんなことを……」


 自分たちのことばかりですっかり当初の目的を忘れていた。

 偶然にも、まさきたちが置かれた切迫した状況と、解決するための行動がサヘラのお願いと被っていたが……。


 自覚はないものの、目的どうあれ、まさきたちは魔女と交戦している。


 しかし、こうして敗北してしまっている以上、サヘラの改まったお願いに、今度は頷きづらかった。


 魔女に勝てる保障がない。

 街を守れる自信がなかった。


 それになによりも……、


「嫌よ」

「えっ……、なっ、なんでっ!?」


 当然のようにうんと言われると思っていたのか、サヘラが大げさに驚いた。


「あんな化け物と戦いたくないに決まってるでしょ」


 ……今、魔法少女という仮面を被っているのは自覚している。

 目の前にいる小さなファンを失望させてしまうセリフだということも。


 だが、隣にいるさらんが止めないあたり、魔法少女の体裁を保つ義務は発生していないと言える。

 そもそも謹慎中だ、衣装を着ていること自体が実はアウトかもしれない(亜人街にいるのも、衣装を身につけているのも、さらんの独断であり、正式な事務所判断ではないのだ)。


 まさきのセリフは、魔法少女全体、というより、まさき個人の評価を下げるものだ。


 地道な積み重ねで事務所を通さず自分の人気を上げることが認可されているなら、たった一言で積み上げたものを一気に崩すのもまた、個人の自由である。


 誰にも文句は言わせない。

 そう、サヘラから寄せられた信頼を捨ててでも、まさきは戦いたくなかった。


 刃向かえば殺されると分かって身を引いたのに、また魔女と交戦するわけがないのだ。


「……そういうことだから、諦めてくれるかしら」


 隣のさらんはゆっくりと瞼を下ろした。

 まさきが間違っている、とも言えない状況だ。


 なにが正しいのか。

 多分、どんな選択をしたって、全部が正しいのだろう。


 いくら先輩と言えど、さらんも自分の一言で先の道を決めたくはなかったようだ。


「…………約束、したんだよ……っ?」

「嘘つかないで。あなたと約束した覚えなんて――」


「まさ姉とじゃなくて! みんなと! 魔女に苦しめられて、毎日の怯える生活をなんとかしたくてっ、やっと見つけた解決方法が、人間界の魔法少女だったんだよっ!」


 正規の入口を通らず人間界へ渡ってきたサヘラは、今回だけではないようだ。

 それこそ毎日のように人間界へ渡って、見てきたのだ。


 魔法少女の活躍を。


 実情を知らなければ、魔法少女が助けてくれると思うのも無理もない。

 そういう風に印象操作をしているのだから、政府と事務所の計算通りの結果である。


「最初は、魔女だって思った……だって間違えるほど見た目が一緒だったから! でも、ちゃんと見てたらあんなやつらとは違うんだって分かったんだ……突然出てきて好き勝手暴れてみんなの幸せを奪っていくあいつらとは違う!! だってまさ姉たちは、奪われた子供たちの笑顔を、毎日毎日、取り返してくれていたんだものっ!!」


「…………やめてよ」


 サヘラの言葉に、息苦しくなる。

 心臓をぎゅっと鷲掴みにされたようだ。


 子供たちに夢を与え、拠り所とさせるのが、魔法少女――。


 今では子供だけでなく大人にも人気があるアイドル的存在――人間社会においてなくてはならない存在だ。


 ただし、良いところばかりを積極的に見て、言葉にするならばの話。


 悪く言えば全員を騙している。

 嘘をついている。


 サヘラはそれを知る由もない。


「わたしは、そんな偉いもんじゃなくて……ッ! だってあんなのはただの茶ば、」

「まさき」


 さらんが口を挟む。

 まさきの心情を察しながらも、言ってはならないと止めたのだ。


 さっきとは違い、まさきだけの問題ではない。

 魔法少女全体に関わる発言は、彼女とてさすがに止めなくてはならなかった。


「……ともかく、サヘラも、亜人街も、助けられないから。……おとなしく諦めて」

「待ってっ、いかないでっ、まさ姉!!」


 まさきの手を、サヘラが両手でぎゅっと掴んで引き止めた。


 ……そんな彼女を、簡単に引き剥がすこともできた。

 しかしそれをしなかったのは、まさきも、人の心がないわけではない。


 サヘラが困っていて、切羽詰まっているのは明らかだ。


 泣きそうな顔で助けを求められたら手を差し伸べたくなる部分もある……だけど助けられる保障もなく、期待させておいて助けられなかった、の方が、見捨てるよりも酷いのではないかと思ったのだ。


 無理なものは無理と言う。

 やる気だけあっても結果が伴わなければ逆に迷惑をかけるだけだ。


 失敗が許されない舞台において、上がってしまえばやり切るしかない。

 だから不安要素がある場合は素直に役を下りることが推奨されている。


 猿も木から落ちる、は許されない。


 かと言って仕事を受けず、下りることが悪いことだとは誰も思わない。


 適材適所、だ。

 索敵がまさきの専売特許であるように、戦闘面においてはみにいの方が向いている。


「……わたしは、間違ってないし……っ!」


 強くはないが、サヘラの手を振り払うように、腕に力を入れる。

 それをいち早く察したサヘラが、まさきにぎゅっと抱きついた。


「ちょっ、っとっ!」

「お願い、まさ姉っ、まさ姉っっ! 見捨てないで、助けてっ、助けてよぉっっ!!」


 っ、と息を飲む。

 何度も言うが拒むのは簡単だ、しかしできないのはまさきの弱さとも言えた。


 魔法少女としてちやほやされることに慣れてしまっているのか、嫌われることに耐性がなかった。


 亜人街にきて、切迫した状況に余裕がないから現れていないだけで、魔女と間違われ忌避されるのは、肉体的なダメージよりも、心が、重くて痛い……。


 そういう点で、やはりまさきは魔法少女だ。

 どう転がっても、怪人役には向いていないだろう。


「……っ、先輩……っ!」


「ここで私に頼るのはずるいよ、まさき」




 その時だった。

 ガシャンッッ、と鉄格子が強く叩かれる。


 サヘラが鍵を盗んでからしばらく経っているため、見張りに見つかったのかと、急な音と相まって肩がびくっと跳ねたが――鉄格子を叩いたのは、味方であるみにいだった。


 騒いでいたまさきとサヘラも悪いが、あえて大きな音を立てる必要もないはずだ。


「び、びっくりさせないでよ……ッ」

「もう限界だ、付き合ってられるか」


 開いた鉄格子を抜けて、みにいが牢屋の外へ出た。


「わああっ、みにい待って!」


 りりなが後を追うと、急に立ち止まったみにいの後頭部がりりなのみぞおちに入ったようで……、

「っっん!?」とリーダーが情けなく蹲っていた。


 足下の先輩には一切触れず、振り向いたみにいが、まさきをじっと見つめる。


「あたしは下りるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る