第16話 月光下の牢獄1
「悪魔……」
「そうだ、まさか悪魔と契約をしていないなんてことは――」
「おかえり、フルッフーっ」
シリアスな雰囲気をぶち壊すように、アルアミカが、比べたら彼女よりも小柄なフルッフに後ろから抱きついた。
「っ、ああもう! 暑い鬱陶しいうざいバカっ、こんな人目のつくところで!」
「あっ、じゃあ人目のつかないところならいいの?」
一瞬、言い淀んだ隙を、アルアミカは逃がさなかった。
「いいわけ」
「あっ、じゃあ人目のつかないところでたくさん抱きつくから今はやめとこ」
ぱっ、と、手を上げてアルアミカが離れた。
「…………」
彼女たちの上下関係は、フルッフが上のように見えて、彼女を手玉に取っているアルアミカの方が上なのかもしれなかった。
図星だったのか(だから反論できなかったのだろう)、なにも言えなくなったフルッフがキッとまさきを睨んだ。
彼女の口調がさっきよりも荒いのは、完全に八つ当たりだ。
「なんなんだよお前らは。こっちはばれないようにひっそりと生活してるっていうのに、そっちの事情に巻き込むなよっっ!」
彼女には、追われている理由まで筒抜けだったようだ。
「お前らが何者かは知らないけど、魔女じゃないのは確かみたいだ。魔女じゃないのに魔女の境遇と重なった、ってところ? で、本物であるぼくたちを捕まえて、あいつらに引き渡して自分たちの誤解を解こうっていう魂胆なら、こっちも抵抗はさせてもらう!」
「ちょ――待って!!」
「待ってやるものかっ、ぼくらの平穏を、乱しておきながら――」
「違う、あんたに言ってない!」
まさきが見ているのは、フルッフの背後――。
気付いたりりなも続いて叫ぶ。
「みにぃっっ、ダメぇぇえええええええええええええっっ!!」
フルッフの背後には、どこから拾ったのか、鉄パイプを握ったみにいがいた。
振り上げた鉄パイプをフルッフの後頭部めがけて振り下ろす。
死角と不意を突いた卑怯な戦法――だが彼女がそう選択したのは、戦力の大きな広がりを自覚しているがゆえだ。
真っ正面から戦えば確実に負ける。だから、奇策に頼った。
しかし、
相手は二人いる。
一人にとっての死角は、二人いれば片方が補える。
「なにしてんの?」
優しい一面しか見せていなかった彼女の表情から笑顔が消える。
光を灯さない黒い瞳に、その場にいた全員がゾッとした。
炎を前にして、背筋が凍る。
――瞬間、握っていた鉄パイプが、どろぉぉ、と溶けた。
「あっ、つぅ!?」
「アルアミカ、いいこと思いついた。殺したらダメだ」
フルッフの咄嗟の制止の声に、アルアミカも加減をした。
そのおかげで、みにいを襲った直線の炎は、彼女に軽度の火傷を負わせるに留まった。
押し飛ばされたみにいの体が、ごろごろと地面を転がる。
「殺さなかったけど……いいことって?」
「囮だ。監視の目が強くて過ごしにくい生活にイライラしてたんだ。でも、魔女だと疑われているなら丁度いい……この連中を捕らえて、街に引き渡す。アルアミカのせいで魔女が街に潜んでるって出た噂も、この連中が被ってくれれば、ぼくらも今までよりは楽に過ごせるはずだ」
「あ、そっか。じゃあ場所も選ばずイチャイチャもできるね」
「しないよ」
今度は淀みなく言った。
さっきとは違って油断していなかった、からだろうか。
「じゃあ、そういうことだから」
「……なによ、それ。目の前で作戦会議をされて、はいはいって、頷いて従うとでも思っているのかしら」
「従わせようとは思ってない。素直に言うことを聞くわけもないしさ。だから力づくで。聞くけど、魔女でないお前らがぼくらに力で勝てるとでも?」
大した自信だ。
足下をすくってやりたいが、まさきたちの力では魔女二人に勝ち目はないだろう。
一瞬でも怯えた時点で劣勢は確定してしまっている。
根性論の話ではないが、気持ちで負けている以上、ここから先、戦ったところで勝てるわけがない。
一人を除いては。
「……数はこっちが多いんだぞ……勝てないわけ、ないだろっ!」
「みにい…………」
寄り添ったりりなが、首を左右に振った。
「もう、無理しないで」
「ッ、森下ぁ!!」
普段なら決して声をかけない相手へ声をかけたのは、りりなを説得できる自信がなく、かと言ってさらんに目標を変えても同じどころかさらに難易度が増すだろうと判断したからだ。
つまり、消去法。
表情を見るに、みにいからしても苦渋の決断だった。
仕方ないから一人で敵に飛び込まないのは、戦力差を加味した最大限の譲歩か。
負けず嫌いの性格が、負けるよりもまさきと手を組むことがマシだと思わせた。
……いつぶりだろう、彼女から、名前を呼ばれたのは。
「やるぞ」
「っ!!」
言葉に乗せられるように、まさきが一歩踏み出した――が。
まさきの肩に手が乗せられ、ぐっとその場に押し止められる。
「いかせないよ」
「先輩……」
「分かるだろう? まさき」
引けない戦いではない――引くべき戦いだと自覚していた。
「ここから先は、もう引き返せない。安全なんか微塵もない。なによりも、私とりりなでも引っ張り上げられる保障もない。生きるか死ぬかは宙ぶらりんだ。ただ、彼女たちが宙ぶらりんになっている君の命を、手に取らないはずもない」
魔女側にも目的があり、捕らえることが条件になっているが、必ずしも捕らえなければならないわけでもないのだ。
まさきたちとは違って、魔女側には選択の幅がある。
難しければ諦めることもできるわけだ。
つまり、捕らえることにこだわる二人ではない。
「刃向かえば――間違いなく殺される」
両肩を掴まれ、正面から言われた先輩の言葉に、まさきの視線が乱れる。
自分の選択一つで、今後の展開が決まるかのように、彼女に注目が集まっていた。
「まさき!」
「森下!!」
「ぼくは、どちらでも構わないけどね」
「わたし、は……」
そして。
……亜人街にきて、初めての夜だ。
背伸びをして、さらにジャンプをしても届かない位置にある小窓から見える月の光が唯一の明かりだった。
照らされた場所から少し離れると、もう暗い。
なまじ明かりに頼っているせいで夜目が中々効いてくれず、部屋の隅まで歩こうものなら一寸先さえまったく見えなくなってしまう。
あと数歩、実際に歩けると思って進んだら額を壁に打ち付ける間抜けを何度晒したことか……幸い、真っ暗なのでチームメイトに見られる心配はない。
「あ痛っ」
と声を出してしまえば、なんとなく分かってしまうのがそれこそ痛いが。
どこかは分からないが、目隠しをされて連れてこられたのは、鉄格子の中だった。
両手は後ろで、鎖によって縛られている。
「まるで罪人ね……」
「彼らにとって、魔女は罪人なんだろうさ」
まさきとさらんのその会話以来、りりなとみにいを含め、彼女たちが交わした言葉はほとんどなかった。
ここに連れてこられてから、果たして何時間が経っただろう?
不満は募っていくばかり。
原因は誰だった?
と誰もが攻撃する相手を無意識に探してしまうくらい、ストレスは限界に近い。
それでも全員が意図的に黙っていたのは、そういう、今言っても仕方が無くただ仲だけが険悪になる生産性のない会話をしないためにだ。
必要ないかもしれないが、一定の距離を取って座り込む。
今更、土が被っている石床に座ることに抵抗もなかった。
自然音さえもない、完全なる無音。
他人の鼓動の音が聞こえてきそうな極限状態の中で――ガシャン、と鉄格子になにかがぶつかった音があった。
全員が反射的に音の方へ顔を向けると、
「…………サヘラ……?」
牢屋の鍵を持った、セーラー服の少女がいた。
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