第15話 商店エリアの攻防(魔女探し)

 数分前に、さらんがそう提案した。

 りりなを除いた三人が魔法少女の衣装を身に纏い、現地人からすればさらに魔女っぽい(らしい)姿になったのは誤解に拍車をかけるだろうが、逆に、本物の魔女側からの接触を期待している。


 目立つ服装だ、こっちから発見することも同じくしやすいだろう。


 誤解を解くために、まさきたちの口だけで挑むのは勝率が低い。

 では、比較してもらうのが早い。


 魔女側と接触し、違いを分からせる。

 さらに言うなら魔女を捕まえ、引き渡すことができれば、誤解を解きやすくなる。


 なにも知らない魔女をいきなり襲う形になるが、この嫌われようを見るに、恐らくはろくでもない連中だというのが分かる。

 いきなり自分たちの人身御供にする抵抗は、持たなくてもいいだろう。


「いや待って……、わたしたちがこの姿をしてただけでこんなに追われてるのに、魔女側が素直に似た衣装を着てるわけないじゃん……」


 派手な衣装を探して目を凝らしていたが、見つかるわけもない。

 そうなると、見つけてもらう方向へシフトさせる必要があるが、追われている身で姿を隠せないというのは思ったよりもしんどい……。


 休むことも、気を抜くこともできないのだから。

 そもそも本当にいるのかどうかも怪しい。


 いたとして、そうそう接触してきてくれるのか? 

 誤解を解くよりもまず人間界に戻った方が――、


「しまった……、サヘラの案内できたから戻り方もあの子がいないと……」


 誤解をしたのは彼女も例外ではなかった。

 いつの間にかはぐれてしまっていたが、ぎゅっと握られていた感触がすっと離れていく感覚が鮮明に思い出せる。


 状況が状況だけに話しかけることもできなかった。

 本当のところ、彼女の気持ちは分からない。

 しかし、距離を取られたことがもう答えだろう。


 パスポートもなく人間界から亜人街へ渡ったのだ。

 正規の方法で人間界に渡ると厄介なことになる。


 法的な違反を破ってはいるものの、二つの世界を繋ぐ出入り口にいる関係者に匿ってもらえれば、ひとまず危機は脱したと言える。

 また別の問題が必ず浮上してしまうが、それに目を瞑れば、悪い方法でもないはずだ。


 ……優先してしたいとは思わないが。



「――あれ? 魔女?」



 たった短時間でその言葉自体に強いトラウマを持ったまさきが、振り向きながら素早く距離を取る。


 声の主は、首の下を覆うローブを羽織り、長い赤毛を隠す、大きな帽子を被っていた。

 まるでハロウィンで仮装する、魔女のように――。


「…………」


 隠しているつもりらしいが、主張が強い。

 いや、こっちではそういう帽子は、魔女の象徴としては広まっていないのかもしれない。


 彼女は紙袋に、たんまりと和菓子を詰め込んでいた。

 口の端にあんこをつけて、リスのように頬を膨らませている。


「んっ。もしかしてこの騒ぎってあなたが原因? たっはは、そりゃそうだよ、そんな格好してたら一発で魔女だってばれちゃうに決まってるのにぃ!」


 ひとしきり笑った後、彼女が手を伸ばしてくる。


「山では見なかった顔だけど……でも同族のよしみだし、助けてあげる」


「い……」

「い?」



「いたぁああああああああああああああああああああああっっ!!」



「え? あっ、わたしを探してたの? 待ち合わせしてたっけ……」


 首を傾げて、本気で考え込んでいる律儀な魔女の手を取る。

 まさきに引っ張られて、落としそうになった紙袋を片腕でぎゅっと抱きしめた。


「おお? 強引ー」

「いいからこっちきて! 逃げるよ!」


 まさき一人では彼女を拘束することができない。

 手分けをして探すのはいいが、いざ出くわしたのが非戦闘員のまさきというのが運がない。


 他の三人だったら(欲を言えばさらんだったら)出会ってすぐに彼女を拘束することも難しくはなかったはずだ。


 見つけたら連絡をするつもりだったのだが、接触してしまったらもう遅い。

 追ってくる現地人からしたら魔女が増えたようにしか感じられないだろう。


 誤解を解くために、魔女を引き渡すのはまさきたちの手でなくてはならず、今、ここで現地人に魔女を捕らえられるわけにはいかないのだ。

 だから彼女と一緒に逃げながら、さらんたちと合流する――。


「……立ち止まれば、みんなを探せるけど……」


 しかし、落ち着けるタイミングがなかった。

 集中力を必要とするまさきの魔法(エルフの力)は、動きながらでは扱いにくい。


 そもそも体を地面に設置させていなければならないのだ、走っていればおのずと足が地面から離れてしまう。

 元より難しい話だった。


「手を貸す?」


 ぐんっ、と引っ張られ、まさきの足が止まった。


「ようするに、追いかけてくる人を近づけさせなければいいんでしょ? 危害を加えるわけじゃないならわたしでもできるよ」


 じゃっ、これ持ってて、と紙袋を投げられ、流れるままに受け取ると。


 魔女のローブの裾が、ふわりと真上に浮かび上がった。


 真下から弱い風が吹いているように、静かになびくローブの、前で繋ぎ合わせていた紐が解けて、マントのように前面が大胆に開く。


 見えた黄色の衣装は、魔法少女の衣装にそっくりだった。


 魔女が手の平を前に突き出し、


「アモンっ、出番だよ!」と叫ぶと、


 ぶぅおわっっっっ! という熱風がまさきを襲い、咄嗟に瞼を閉じる。


 熱気で肌が焼ける感覚に顔をしかめながら、恐る恐る目を開ける。




 と。




 ――目の前に、巨大な炎の壁が立っていた。


「…………うそ」

「はいっ、これで安心して立ち止まれるね!」



 魔女が笑顔で振り向いた。

 確かに、道を塞ぐ大きな炎の壁は、迂回すれば簡単にこっち側へ到達できるが、目的であった時間稼ぎの効果が充分にあった。

 足を止めていられるこの時間に、他のメンバーの居場所を特定する……つもりだったが、こうも大きな炎があれば、まさきから見つける必要もない。


 狼煙よりも分かりやすい。

 亜人街のどこへいようと、まさかこの炎が見えないということもないだろう。


「そういえば、名前聞いてなかったね。それともわたしが忘れてるだけで昔会ってたりするのかな?」


「……違うわよ。さっき初めて会ったもの」


「ふーん。派閥が違ったりしたのかな。まあいいや。だったら自己紹介しよっか。わたしはアルアミカっ、一緒にフルッフもきてるんだけど、あ、フルッフも分かんない?」


 まさきは頷く。


「じゃあほんとにわたしたちとは生活圏が違うんだね」


 と、魔女――アルアミカは疑問を持ちながらもまさきのことを疑いもしなかった。


 互いに面識がなかったのは、そもそも種族が違うから、とは思わないらしい。

 彼女が優しいのは、まさきのことを同族だと思っているから――だとすれば。


 ……魔女でないと分かった時点で、目の前の炎の壁がまさきを襲う可能性もある。


「…………」


 頬から滴る汗は炎を前にした暑さによるものなのか、それとも、相対した魔女の、思いもしなかった大きな力に畏怖した冷や汗か。


 肌寒さを感じるに、後者に近い。


 当初の目的では、魔女を捕らえて現地人に引き渡すことで自分たちの誤解を解く算段だったが、今になって重要な中身の精査をしていなかったと後悔する。

 さも当然のように、魔女を捕らえられると思っていた……誰も疑問に思わないあたり、恥ずべき傲慢だ。


 ……魔女を相手にし、倒すならまだしも捕らえる、だなんて……。


(痩せ細ったリザードマン相手にさえ震えていたわたしたちに、できるわけが……っ)



『まさき!』


 背後で、炎を目印にして駆けつけたさらんとりりなの声が重なり、


「……やっぱり。アルアミカだったか――」


 黒髪を後ろで結んだもう一人の魔女が、炎の壁をまるでカーテンをどかすように軽く腕で払って、こっち側へ入ってきた。


「!? 炎の、中を……!?」


 絶句するまさきに種明かしをしてくれるほど、彼女は親切ではない。


「さて」


 彼女は一瞥しただけで、問答なく一瞬で状況を把握したようだ。


 まさきを見てまず仲間と勘違いしたアルアミカとは真逆。

 たとえ姿が似ていようとも、警戒心を剥き出しにしている。


 実際、仲間だろうが、敵だろうが、彼女は同じように振る舞うだろう。


 優しさ、すなわち楽観的なアルアミカの相方であるなら、バランスを取るためにも過剰にも思える強い疑心を持たなければコンビは続かない。

 アルアミカが持ってきた厄介事に巻き込まれて、みすみす命を奪われてはたまったものではないのだから。


「同族だろうが関係ないね。どんな目的にせよ、アルアミカを利用なんてさせない――そもそも魔女だと言うのなら、そっちの悪魔を見せたらどうなんだ?」

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