第14話 商店エリアの攻防(上階の拷問)

 あの時はリザードマンも、台本ではなく人を襲うことが初めてで、少なからず躊躇があったのかもしれない……だから事故へ誘導できたのだろう。

 本気で戦ったら、非戦闘員であるまさきが勝利できるはずもないのだ。


 今は、あの時とは違い、亜人の世界で、慣れて戦闘に秀でたリザードマンと交戦している。

 そこに台本はなく、もちろん相手は加減をしてくれない。


 ぶっつけ本番、準備が整うのを待ってくれるわけもなく――、


「先輩!!」


 喧嘩慣れしているみにいはともかく、さらんの体が小刻みに震えていた。


 緊張ではなかった。

 ……生きるか死ぬかの、殺し合いに生じる、恐怖だ。


「ふう……なに、大丈夫さ」

「そんなに震えて、大丈夫なわけが――」


「まさきが後ろにいるのに、置いて逃げられるわけがないだろう?」


 サヘラがいたから、目を背けて逃げるなんてできなかったまさきと同じように――。


「先輩は……」


 さらんを追いかけていた、無邪気な自分とその懸けていた時間を思い出す。


「いつから、抱え込んで……――」




 途端、思考を破る悲鳴が上がり、視線が声の方に引っ張られる。


「いきなりなにするの! って、あれ……? あっ、コート、取られてる!!」


 りりなが、羽織っていたコートを奪われ、魔法少女の派手な衣装で立っていた。

 着慣れているはずなのに、注目を浴びてなぜか彼女は恥ずかしがっていた。


「ぶ、舞台じゃないプライベートな時間でこんな格好は、だって恥ずかしい……!」


 受験間近の高校三年生である。

 現役魔法少女とは言え、仕事と割り切っているから出来ている部分もあった。

 仕事でなければ、中々着ないジャンルの服装だ。


「さらんが勘違いさせるから、衣装を着る羽目に……」

「勘違いしたのは君だけどね……それにしても」


 さらんの震えが止まったのは時間が解決してくれたのか。

 りりなが状況を変えてくれたからなのか――きっかけはなんであれ、場はまさきたちに傾いていると見える。


 なぜなら、襲撃してきたリザードマンが


 原因は分からない。


 もっと言えば、周囲にいた亜人たちが、リザードマンには特に強く抱いていなかった恐怖を、なぜかりりなに抱いていたのだから。



「魔…………女だ…………」


 誰かが呟いた。


「魔女だ」「魔女が」「なんで魔女が」「追放したはずだろう!?」

「また始まるのか……」「悪夢が――」「クソ、あいつらのせいで――」

「殺される!?」「誰が殺されるんだ!?」「誰か、捕まえ」「お前がやれよ!」

「でもあいつらは」「殺し屋……」「そうだ、一族全員――」「殺し屋だろうッ!?」


 呟きが伝播していく。

 魔法少女ではなく、魔女。


 それは決してイコールでは結ばれない違いがあるが、しかし見ている者からすれば同じなのだろう。

 まさき、さらん、みにいに反応せず、りりなだけに反応した理由。


 さっきまで普通に接していたりりなが、急にそう呼ばれるようになったのは――、


 奪い取ったコートを、リザードマンが地面に落とした。


 ――コートに隠れていて見えなかった、衣装の存在。


 イコールで結ばれていたのは、魔法少女の衣装と、魔女の格好なのだろう。



『暴れられる前に、そいつらを捕まえろォ!!』


 亜人街において、亜人を敵に回した状況は、果たして絶望的だった。



『魔女はどこだ!?』『あっちにいたぞ!』


 外が騒がしいと思えば、そんな声が聞こえてきて体をびくっと震わせる少女がいた。


『屋根の上だ! 先回りしろ!』

『気を付けろ、妙な術はまだ使っていないが、使えないフリをしているだけかもしれない!』

『いや、これだけ手こずってもまだ使わないってことはだ、使えないってことだろ!』

『よしよし、全員でかかれば捕まえられるッッ』


 ドドドドドッ、と建物が揺れるほどの足音が目の前の道を通り過ぎていく。

 一つの塊になった亜人たちが、逃げる目標を追いかけているらしい。


「……アルアミカ、じゃなければいいけど……?」


 現地人を見下ろす少女がいる場所は、とある建物の一室だ。

 部屋の中には明かりがなく、外から差し込む日の光が、唯一の明かりである。


 窓際に立っていた少女がその場から離れたことで、差し込んでいた光が部屋の奥を照らした。


 真っ暗だったその先が照らされる。

 丁度、舞台の上に当たる、スポットライトのようだった。


 注目してくれと言わんばかりの演出に、彼は辛酸を舐める表情である。

 椅子に座り、両手両足を縄で縛り付けられ、身動きが取れていない肥えた初老の男性だった。


 少女が近づくと、男性が怯えるが、身動きが取れず椅子の足がガタガタと、その場から数センチも動かなかった。


「やめろ……っ、殺さないでくれッッ!」


「するわけないだろ。たとえ頼まれたってやってやらない。それじゃあ、今ぼくたちを苦しめてる先代たちとなにも変わらないじゃないか」


「じゃ、じゃあ……!」


「終わりにはしないよ。もう調べはついてる、だからお前を襲ったんだから。今の地位と金を手に入れたのはどうしてだ? 何度、依頼をしたんだ? お前が、ぼくたち魔女に殺しを依頼し、成功したから今の地位まで登り詰めたんだろう!?」


 少女が男の顎を蹴り上げる。

 傾いた椅子は元に戻らず、そのまま倒れてしまった。


「そ、それは、お前たちが殺し屋の名を、背負っていたからだ……。誰だろうと、殺す、そう看板を掲げていたのは、他でもないお前たちのはずだ! 客である儂が、殺しを依頼してなにが悪いんだッ!」


 当時は、それを生業としていた集団だったのだ。

 しかし、時代は進み、状況も変わった。


 昔の生き方と仕事が、今の時代に通用するわけがなく、殺し屋集団として、魔女という種族は有名になり過ぎてしまった。


 魔女というだけで、全員から忌避される。

 前時代の魔女たちのおこないが、今を生きる魔女たちを普通に生活させてくれない。


 過去の恨みだけを押しつけられたのだ。


「依頼を募る方も、依頼をする方も悪いに決まってる。そう、だから私怨でお前を痛めつけるぼくも、当然悪い」


 削り出した木製のナイフを強く握り締める。


「ぼくたちが普通の女の子として過ごせないのは、お前たちが魔女に仕事を依頼し、それを受けた先代たちが、多くの人を殺してきたからだ。そのせいで、ぼくたちは亜人街に居場所がない。山奥で隠れるように、生活をしなくちゃならないんだ! お前たちが依頼をしなければ――もっと早く、魔女のイカれたしきたりをぶっ壊してくれていればッ、こんな苦しい境遇になんかならなかったんだッッ!」


「……それだけのために、儂を……儂以外にも、魔女に依頼をした亜人を次々に襲っているのか!?」


「それだけ、だと?」


 少女がナイフで、男の腹を横一文字にかっさばいた。


「いぎっ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」


「傷は浅いよ。言ったはずだ、殺しはしないって。だから、人を間接的に殺しておいてこれまでのうのうと生きてこられた分の、罪の苦しみと同じ傷を与えてやる」


「……ガキの、我儘に、付き合ってられるか……ッ! 貴様も儂らと同じだ! 私利私欲のための人を傷つける。直接手を下さない儂らの方が、まだ良心はあるだろうさ!」


 少女は言葉を失い、怒りを通り越した。


「自分の手を汚さないお前らになにがあるって……?」


 ナイフが男の眼前に迫る。


「殺しはしないと言った言葉は守るよ。だから死ななければいいんだ。死なずに苦しみだけを味わわせる方法を熟知してると、理解した方がいい」


 ぎゅっと目を瞑った男の瞼を、少女の指が持ち上げる。


「これまでどれだけの幸せを見てきた? ……眼球の二つくらい、もういらないだろ」


 そして。


 野太い悲鳴と共に、男が気絶した。


 握られた少女の手には、なにもなく。


 男の眼球はまだ、泡を噴いている男にくっついたままだった。


「…………」


 窓の外を眺め、未だ騒がしい外の様子が気になった。


 彼女のパートナーであるもう一人の少女が追いかけられているのなら、どうせヘマでもしたのだろう……ただ、彼女はそうそう捕まったりはしないはずだ。

 相手がただの亜人なら尚更、たとえいくら束になったところで数の利は彼女を苦戦させない。


 しかし、あれは気分屋なので、乗らなければわざと捕まる可能性も少なくない。


 捕まっても抜け出すこともできる彼女だが、だとしてもこっちとしてはのんびり彼女の帰りを待つには、強靱なメンタルを持ち合わせていなかった。


「隣人に気付かれる前に、早く出ようか――」


 頭の後ろで結った黒髪を揺らしながら、少女が窓から外へ飛び出した。


 彼女は魔女――その白い姿は、魔法少女と瓜二つである。




 弁解だけではどうにもならない騒動に発展してしまっている。


 まさきたちは当然、魔女ではなく魔法少女であると誤解を解こうとしたのだが、現地人はまったく、聞く耳を持ってくれなかった。

 逃げているからなのかもしれないが、じゃあ一度捕まってから説明するという手に出るには、勇気が足らなかった。


 捕まったら、なにをされるか分からない。

 喋る機会を与えてくれるかさえも怪しい。


 この世界に果たして法廷はあるのだろうか?


「固まっていては非効率だ、一旦、全員が別れた方がいいだろうね」

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