第13話 商店エリアの攻防2

 と、サヘラが二人の間に顔を出して言った。


「種族とか関係なく、みんな仲良しだもん。わたしの友達には、鬼もいるし、エルフ、人魚、リザードマンでしょ……あとケンタウロスとかハーピーとか! 種族違うけどみんなでよく遊んだりしてるよ!」


「そうかよ。じゃあ変わったってことか。昔は他の種族の奴と話すだけで、家で酷い拷問を受けたけどな」


「拷問?」


 思わず口を挟んでしまったまさきを、みにいが睨み付ける。

 まさきは肩をすくめ、空気を読んで口を閉じた。


 海浜崎みにいの、乱暴な口調と喧嘩っ早い行動の原点を、垣間見た気がした。


「あんた……今いくつだい?」


 みにいは答えず、横からりりなが、「十六歳です」と答えた。


「そうか。十年くらい前なら……丁度あんたの年齢までが、旧態依然に固執した老害共の言いなりに付き合わされてた被害者ってわけかい」


 盛大な溜息を吐いた初老から伸ばされた手が、みにいの頭に乗った。


「苦労をかけたね」


「別に。あたしにとっては、あれが普通だった。今思えば酷い環境だったってだけで、当時はなんとも思っていなかったんだ……哀れに思われる筋合いはないな」


 みにいが、撫でてくる手をはたいた。


「そうかい。あんたが許しているのなら結構だ。サヘラの言う通り、昔と違って今は様々な種族が互いに、自由に繋がりを持ってる。あんたら、人間界からきたんだろ? だったら当然かもしれないけどねえ、そっちの普通に、やっとこっちが追いついたんだ」


 人間たちを理想像としているかのような言い方だった。

 しかし、問題点が解決すると、新たな問題点が出てくるのが、人間界の普通である。


「……自由に繋がるからこそ、トラブルも増えるんだけどね……」


 呟いたまさきの言葉に、サヘラが不思議そうな顔で覗き込んでいた。


「人間関係で失敗でもしたの?」

「え、いや、そういうんじゃないけど……」


 知らなければ良かった、と思う相手の一面はあったりするが……。

 知りたがったのは自分なのに、と、自業自得であるので、文句も言いにくい。


「ん、なんだい?」


 自然と、まさきの視線がさらんに向いていた。

 憧れていたさらんも、蓋を開けてみれば……、

 当たり前だが、まさきが期待していた完璧超人なんかではなかった。


「なんでもないです」


 自分勝手な期待と落胆を思い出して無愛想になってしまうまさきの心境など知らず、サヘラがじっと見つめて、目に映る期待値をさらに上げていた。


「な、なんなのよ一体……」

「人間関係で失敗がないってことは……八方美人ってこと!?」


 本来の意味とは違い、サヘラは誤訳している。

 まさきのことを、誰が相手でも上手く付き合っていける、完璧超人とでも思っているのかもしれない。


 していないのに、嘘に嘘を重ねているようで、着々と首にかけられた輪が、背負った重荷によって絞まっていく絵が浮かび上がった。


「やっぱり、まさ姉って凄いんだね!」

「いや、あのさ、サヘラ……」


「わたしが知らないこともたくさん知ってるし、大して強くもない魔法を持ってるのにリザードマンを倒しちゃうしで、可愛いし、格好良いし……」


 可愛いや格好良いで誤魔化されそうになったが、寸前で言われた「大して強くもない魔法」に少し引っかかったが、言い方の問題だろう。

 本質は、その強くもない魔法しか持っていないのにリザードマンを倒してしまった機転と工夫が評価されている、と見たら、貶されているとは思わない。


 ……だとしても、彼女に自覚はないだろうが、サヘラの自然な上から目線には気になってしまうが……それに、こんなことで怒ると、器が小さいと思われてしまう。


「まさ姉の背伸びには、わたしも見習わなくちゃ!」

「背伸びってなによっ、他に言い方ないの!?」



 とんとん、と肩を叩かれて、まさきがごほんと咳払いをし、荒げてしまった口調を元に戻す。


「……サヘラ、他に言い方はないのかしら」

「? 苦手なことでも頑張って克服しようとするまさ姉を見習わなくちゃ?」

「そっちでいいでしょうよ、背伸びなんて言い方しなくても!」


 せっかく落ち着けた口調も再び乱れてしまう。

 さっきから、この子には惑わされてばかりだった。


「調子狂うなあ……」


「まさき」


 とんとん、としつこく肩を叩かれて、苛立ちを覚えながら振り向く。


「……なんです」

「君の気持ちが分からないでもないけどね、一旦こっちだ」


 さらんに促されて視線を周囲に向けると、

 ……人だかりの中からでも分かる、まさきたちを見る視線が感じられた。


「刺さるような視線ですね……」


「人間界からきたのが分かっているらしい。亜人街から人間界へ渡る亜人は多いけど、逆は珍しいからね。人間界から亜人街へ移動する人間は数少ない。観光地としてもこっちは懸念材料が多いしで、渡ってくる人数も少ないのだろうさ」


 だからこそ、見た目や匂い、立ち振る舞いで人間だと気付く地元の亜人が多い。

 完全な獣型が少なくなっている今、人型であるだけで人間と決めつけるのは早計だと言われてはいるものの、やはり亜人と比べてその特徴のなさが人間の特徴とも言える。


「なんでわたしたちを……?」


「コート、かもしれないね。その他にも身につけているもの全てが彼らにとっては分解したら珍しい素材になる。人間の技術を真似てそっくりなものを作れるようにはなっても、生産できる数もまだ少ないみたいだし……珍しい品には変わりはないね。観光客から高価なものを剥ぎ取ってしまおうという考えは亜人街に限った話でもない。国が違えば、当然に起こるだろう? 置き引きだったり引ったくりはかなり多いらしいよ。注意喚起はされているからね、警戒と対策をしない自分たちが悪いわけだ」


 意識すれば、次第に視線も増えていく。

 カモになりそうな観光客がいたと連絡を取って仲間を集めたのだろうか。


 気付けば囲まれていた。

 だが気付いているのはまさきとさらんだけで、周囲の買い物客は変わらず買い物をしている。


 まさきたちは密集した人だかりに混ざっているので身動きが取りづらい。

 まさか全員がグルなんてことは……なさそうだが、相手が状況を見て仕掛けてきたとは思える。


 平地で仕掛けるよりは、断然、ここの方が成功率は高い。

 人に紛れて奪う算段なら、相手は交戦を避けるつもりのようだ。


 ……だとしたら、戦闘が苦手な亜人かもしれな……



「――ッ、おい、誰かこっちを狙ってるぞ!」



 襲撃の合図が相手側で交わされたの同時、敵意にいち早く気付いたのはみにいだった。

 彼女の叫びに不意を突かれたが、しかし身構えられたまさきとさらんは人混みの真上から襲撃してきた相手の攻撃をなんとか避けることができた。


 襲撃に周りも気づき、離れるように避けて、ぽっかりと空間ができる。


「リザードマン!?」


 ガリガリに痩せ細った、だ。

 人間界で怪人役をしているあのリザードマンと比べたらかなり細く、いつ息絶えてもおかしくないほど、病的なまでの細さ。

 目も血走っており、ナイフを持たずとも鋭利になった爪……よりも指が、既に凶器に変わっている。


「……こせ」


 しがれた声だ。


「よこせ、全部」

「……随分と欲張りだね」


 さらんが前に出るが、しかしいつも違って緊張した様子だった。


「先輩……?」



 変化に気付いたまさきが声をかけるも、


「きゃーっ、まさ姉ーっ」


 と腕にサヘラがしがみついて、さらんを気に懸けている場合ではなくなってしまった。


「離しなさいって! なにはしゃいでるのよ!?」


「だって、また間近でまさ姉の戦いを見られると思うとわくわくするもん! この前はまさ姉がわたしを安全な場所に避難させちゃったから遠くからしか見られなかったし」


「当たり前でしょ! だってあの時はそもそも例外だったし、台本がないから――」


 と、言葉を止めたのは、サヘラに真実をついつい喋ってしまいそうになったから、ではなく――例外だったのは、台本ではないからだ。


 思えば、まさきもサヘラを助ける時、葛藤がなかったと言えば嘘になる。

 やらなければやられる状況だったので動くしかなかったからこそ、たまたま吹っ切れただけだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る