亜人街編

第12話 商店エリアの攻防1

 亜人街あじんがいとは、読んで字の如く、そのまま亜人たちの町である。


 東京二十三区が二十四区になった、わけではない。

 亜人街は、人間界(亜人たちの言い方だったが、人間たちも自然とそう呼ぶようになった)とは違う世界にある。


 端的に言えば、異世界だ。


「厳密に言うと、少し違うね」


 セーラー少女に案内される形で(その少女も目の前を歩く黒猫に案内されている)、路地裏など、入り組んだ道を法則なく歩き回っていた。

 その道中、初めて亜人街に訪れるまさきの質問に、さらんが答えた。


「異世界と言えるほど、独自の文化や言語、歴史があるわけじゃない。あくまでも同じ世界の出来事を共有し、歴史を歩んで技術を身につけている。人間よりは少し、遅れてはいるけどね……地図の延長線上には存在しない、裏面の世界と言えばいいのかな」


 たまたま、亜人街が人間界と繋がった時、入口が開いたのが三カ所だった。


 世田谷区、港区、文京区……両場所を行き来するには日本から海外へ渡るのと同じようにパスポートが必要だったりで面倒なのだが、セーラー少女が無断でこっちの世界にきているように、知られていない抜け道が存在する。


 その複雑な道を覚えているのが、先行する黒猫だ。


「あの猫……気まぐれで歩いているわけじゃないわよね?」


 他人の家の庭を通って塀の上を歩いていったり、屋根の上を渡っていったりと、誰かに見られたら厄介なことになりそうな、犯罪ギリギリ、綱渡りの道中だった。


「最悪、りりなのコートを剥がせば魔法少女というだけで不審者とは思われないさ」


 そう考えると、りりなが間違えて着てしまった衣装も無駄ではなかったようだ。


「みんなは亜人街にきたことないの? 家族の人とか、亜人だったりしないの?」


 くるりと体を反転させて、セーラー少女が興味を向けた。


「わたしは一度もないわね。機会がなかったと言うか……そんな話も家族内で上がらなかったな……なんか、その話題を避けているように思えたのよ」


「まさきとは違って、私は小さい頃に一度。母親に連れられてね。ただ、ほとんど覚えていないのけどね……りりなはどうなんだい?」


「わたしも……小さい頃に、かな。お父さんが巨人族で、一緒にいれば安全だからって言われたけど……その時は結構ぴりぴりしてて、治安は良くなかったかなあ……。みにいはいったことあるの?」


「生まれも育ちも、小学校に上がるまではそっちだった。たしかに、柄の悪い奴らがたくさんいて、うちの親父も、毎日体に傷を作って帰ってきてたよ」


 治安が悪い、というのが見えてくる共通項だった。

 亜人たちはできるだけ、故郷であれど自分の子供を亜人街には近づけさせまいとしているのがよく分かる。


「そんなことないけどなあ……みんな優しいし。……だからこそ、これ以上みんなが苦しめられるのは、見たくないんだ……っ」


 そんな雑談をしている内に、さっきまで吐いていた白い息が消えていた。

 息をはぁぁ、と吐いても、白くならない。


 次第に、着ていたコートの下でじっとりと汗が出てくる。

 歩く度に気温が上がっているのだ。


「ねえサヘラ……亜人街は、今は冬じゃないの?」


 セーラー少女改め、呼ばれたサヘラが答える。


「色々な種族がいるからね、ある程度、気温も天候も操れちゃうんだ。人間界みたいにうんと寒い日とか暑い日はなくて……そうなっても過ごしやすい気候に変えちゃうから」


 ならこっちでもやってくれよと言いたいが、あまりころころ変えられても困る人たちが出てくる。


 それに、天候を変える、気候を操ると簡単に言うが、実際におこなうとなれば簡単ではない。


 多くの協力者がいて初めてできることだ。

 人間界にいる亜人では、根本的に数が足らない。


 気温が上がってからもしばらく歩いていると。

 にゃっ、と、黒猫が跳んで、サヘラの肩の上に乗った。


 彼女の背を追って草を掻き分け、茂みから出ると、開けた場所に出る。

 まず視界に飛び込んできたのが、青空だ。


 次に、立っている崖の上から、先を見下ろすと、まるでダムのような巨大な大穴に敷き詰められた無数の建物が見えた――高層ビルこそないものの、五階建ての建物は多い。

 そして伸びる電柱と、繋がる電線……穴とは言ったが、形は鍵穴で、まだ町は先に伸びており、見渡せる遠くまで、路面電車が走っていた。


 ……だいぶ、想像していたイメージとは違う。


「なんか……古い……?」


「人間界と繋がって知識はあっても、実現できるレベルはそう高くない。だから十年から二十年の遅れは仕方が無いんだよ。ある意味、スマホもいらずに、遠く離れている相手と意思疎通ができる種族もいるんだから、遅れているとも一概には言えないだろうさ」


 移動手段に関しても、電車よりも早く走れるなら必要ないのだから。


「こっちこっち」

 と、サヘラに手招かれて、穴の側面を沿うように作られた階段を下る。


 手すり、柵がないので、段を踏み外したらそのまま落下する可能性もある危険な場所だ。

 そんな場所を、サヘラはスキップするように下っていく。


「遅いよーっ」

 と、中間地点でこちらを向いて、サヘラが叫ぶ。


「そんなとんとん早く下りられないわよ……これだから子供は……」


 魔法少女を前にして、はしゃいでいるみたいだ。


「まあ、ちょっと前のまさきも、あんな感じだったのだけどね」


 まさきを抜いて、さらんが階段を下りる。


「文句を言うより先に足を動かせよ」

「まさきも、充分に若いよ?」


 チームメイトに置いていかれ、一人になったまさきの元に、戻ってくる足音があった。


「町のみんなに紹介したいから、いこっ、まさ姉」

「まさ姉……!?」


 手を引っ張られ、荒削りで次第に急になっていく階段を駆け下りる。

 一気に最下段まで辿り着き、見下ろしていた建物も、今は見上げる位置だ。


「ちょっと……早い、って……っ!」

「あっ、ごめんなさい。魔法少女だからこれくらい大丈夫かなって、思って……」


 この程度で音を上げるとは思わなかった、と言われているようで少しカチンときた。


「別に、このくらい、平気よ……それにしても、なんでわたしばっかりに構うのよ……あの三人だって魔法少女なのよ? 一人はもう衣装だって着てるのに」


「だって、まさ姉が助けてくれたから」


 ……それもそうだ。


 まさきだって、さらんに助けられて――じゃあ魔法少女というヒーロー自体を好きになったわけではなく、高原さらんという魔法少女の一人を、まずは好きになったはずだ。


 その好意は、まさきの場合は憧れだった。

 今のサヘラも、憧れとは言わなくとも、似たようなものだろう。


 慕ってくれているのは、親愛の証だろうか。

 彼女は、数いる魔法少女の中でも、まさきに頼りたいと思ってくれたのだ。



 路面電車の線路は、まさきたちが親しんだ町のようには隔離されておらず、だから踏切もなかった。


 線路内を普通に歩けるし、途中、出店の座席が線路に乗っかってしまっているところもあった。

 電車が通るのも数時間に一本なので、その時に数秒だけずらせばいいだけの話だと現地の人が語る(一本の電車が、そう長くない距離を往復し、繰り返している)。


「サヘラ、これ持っていきな、ばあちゃんの好物なんだろう?」

「わーっ、ありがとう!」


 商店が密集して足の踏み場もない道(?)を、近距離の会話さえまともにできないような喧騒に巻き込まれながら通ると、途中でよく通る声が届いた。

 群がる客を捌きながらサヘラに気付いて、店主である初老の女性が、採れ立ての野菜を投げたのだ。


「あんたら、見ない顔だね?」


 彼女が、サヘラの後ろをついていくまさきたちに気付いたようだ。


「助けにきてくれたんだっ、ほら、この前言ったじゃん! 人間界にいる魔法少女なら、いま街で起こってる事件をなんとかしてくれるかもしれないって!」


「ああ、そう言えばそんなこと……。それで、ここまで連れてきちまったのかい」


 あんたらも大変だったねえ、と労ってくれたのか、人間界にはない得体の知れない野菜を渡される。


「色が赤いだけで、キャベツみたいなもんだ」

 と、みにいは幼少の頃、よく食べていたようだ。


「ん、そこのちっこいの」

「誰がちっこいのだッ!」


 人混みの中でも、誰を指して言ったのかがすぐに分かる。


「あんた……もしかして、種族は鬼かい?」

「だったらなんだ」


「アタシも鬼なのさ。同族を見つけたら、声をかけるのが人情ってもんだろう?」

「へえ。けど、あたしの世界では同族だからどうこうって話は聞かないな。種族で区切っていがみ合ってるお前らとは違うんだよ」


 みにいの挑発に、りりなが真っ青になって止める寸前で、



「そんなことないよ?」

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