第11話 公園とセーラー少女
舞台の結果どうあれ、まさきが大問題を引き起こした金曜日から一夜明けて、土曜日。
指示があるまでは自宅待機、と言われて、だらだらと過ごしていた午前中。
寝癖も直さないまま、やることもなく眠気覚めぬまどろんだ目で、ソファで寝転んでいたまさきのスマホが鳴動し、月子マネージャーから連絡がきた。
彼女の口から、事務所が下した二週間の謹慎、との処罰が言い渡された。
想定通り、彼女個人ではなく、それはチーム全体に及んでいる。
まさき、みにい、さらん、りりな。
例外なく全員が、謹慎処分である。
とは言っても、外に出てはいけないわけではない。
魔法少女としての活動ができないだけだ。
つまり、演者から観客に戻っただけである。
だが、舞台に上がっているので世間に顔が割れている。
謹慎中、という文言は発表されていないが、舞台に上がらなければ中には気にするファンもいるのだ。
外で見つけられて、執拗に絡まれても困る。
ジャーナリストに関しては、警戒する必要もない。
こんな末端も末端の魔法少女をいちいち追い回すのは時間の無駄である。
「……って、自分で考えてムカついてきたわよ……」
月子マネージャーは、謹慎中の行動はまさきたちに任せると言ってくれた。
気を遣ってくれているのか、と思ったが、彼女が受け持つ魔法少女はまさきたちだけではない。
仕事は常に積み重なっていく。
単純に、謹慎中のまさきたちに割く時間がないのだろう。
二週間……、
観客の目に映らなければ忘れられるとの同じように、マネージャーだってそうだ。
仕事のタスクに入らなければ自然と後ろへと追いやられていく。
重要度の低い仕事と判断され、多く担当している魔法少女たちの優先順位も、あっという間に塗り替えられてしまう。
二週間の長さは、マネージャーに見放されるには充分過ぎる時間だ。
電話を切ると、入れ違いで再びスマホが鳴動する。
「やあ、気分はどうだい?」
「……良さそうに思えますかね……」
「随分と精神的にやつれているようだね。けど、自業自得だろう?」
「……先輩は、怒って……」
「――特には。行動と結果だけを見れば、まさきのしたことは悪いと断じられるだろうね……しかし、最悪の結果に至るまでの動機をまだ聞いていない。君の真意を見ていない。よく分かっていない内に身勝手に怒るわけにはいかないさ。それとも、怒ってほしかったのかい? 責められた方が楽だろうね。そういうつもりでみにいは言ったのかな?」
「いや、あいつにそこまで回る頭があるとは思えないですね」
「それもまた、分からない。だから怒るみにいにこっちが怒りを向けることもまだ早いと言えるのさ。さて、雑談はこれくらいにしようか。本題に入ろう」
「すっと言ってくれればいいのに……」
「すぐにきてほしいのさ。場所は……事務所は出入り禁止だからね……ああ、緊急の用事なら月子マネージャーに連絡するのは大丈夫みたいだよ。さっき確認した。そうでないと事務所とのコンタクトの手段が絶たれてしまうからね」
知っている。だからさっさと用件を言ってほしい。
「まさきの家の近くの公園にいくから、そこで合流しよう」
コートを羽織って白い息を吐きながら、指先で温まった缶コーヒーを転がし、まさきが公園に辿り着く。
と。
そう言えば色々とあって忘れていた、セーラー少女がブランコに乗って漕いでいた。
「あ。お姉ちゃんっ」
公園の入口に立つまさきに気づき、振り子のように揺れるブランコから飛び降りて、少女が駆け寄ってくる。
長袖の冬服仕様だが、だとしても寒いだろうに……下半身に至ってはスカートなので生足だった。
彼女は頬を紅潮させているものの、寒がったりはしていなかった。
「良かったっ、きてくれた」
「え……? なに、わたしを呼んだのって……」
「そう、その子だよ」
近くのベンチに、さらんが座っていた。
同じようにコートを羽織っており、さらにまさきでもしていなかったマフラーを首に巻いて全身を震わせていた。
公園にきたからと言って一緒に子供と遊ぶタイプではないが、今に限れば動いていた方が寒さを感じなかっただろう……。
すると、
「おい、邪魔だ」
乱暴な声に背後を振り返ると、まるで雪原でも歩くかのような防寒着を纏ったみにいと(フードまで被っているので、雪山にでも登るのか?)、なぜか魔法少女の姿をしているりりながいた。
「は? なんであんたが……――で、なんでリーダーはその格好?」
謹慎中に魔法少女の姿は、まさきでも分かる、一番ダメだろう。
「だって! さらんが衣装を着てって!」
「持ってきて、と言ったのだけどね。まさか着てくるとは思わなかったよ」
露出が多い衣装では、当然、防寒の役目を果たしてくれない。
全身を震わせながら、りりなが、
「そんなぁ……っ」と肩を落とした。
「風邪を引くよ。とりあえず着替えた方がいい。私服もあるだろう?」
りりなが手に持つ紙袋の中から溢れ出ている、厚手のコートが見えた。
「……コートなら」
それだけらしい。
「とりあえず、早く羽織りなよ。一枚重ねるだけで、まったく違うだろうから」
本当に衣装の上から一枚羽織っただけの姿で、りりなが暖炉の前に辿り着いたような、ほっとした表情を見せた。
「あたたかい……」
「その温かさに慣れる前に、移動をしようか」
「ちょっと待て。……公園に集合としか聞かされてないんだけどさ、これから一体どこへいこうって言うんだよ。魔法少女の衣装を持たせて、誰かさんのおかげで巻き込まれたこの謹慎中にさ!」
噛みつくみにいの反応は分かっていたようで、
「謹慎中だからと言って、魔法少女の活動ができないわけじゃないだろう?」
さらんの言い分に、しかし後輩二人は首を傾げる。
……いや、できない、はずだろう……?
「魔法少女とは、なんだい?」
「仕事」
「演者……?」
前者はみにい、後者はまさきの、自信の有無がはっきりした答えだった。
しかし、正答ではない。
かつての二人なら再確認などしなくとも分かっていただろうに、なまじ業界に染まってしまったために初心を忘れてしまっている。
厳密に言えば、間違いではない。
仕事であり演者という言い方も確かにされるだろう……ただ、それ以前の話をしている。
大前提として、魔法少女が請け負う役目とは?
「子供たちを怪人から守ることだよ。救う、助ける――人助けならいつどこでも、たとえ謹慎中であろうとも、問題なく行動できる。咎められる言われはないだろうさ」
「つまり、ボランティアで点数稼ぎってことか」
「そうとも言えるね。解釈は自由だ。ただ、人気というのは地道な積み重ねだ。大々的にデビューして、当人が持つカリスマ性によってブレイクする子もいれば、デビュー以前の少ないファンが応援し続けてくれたおかげで、さらにファンが増えていく引っ張られたブレイクの仕方もある。画面に映らなくとも、人気を上げることは可能なのさ」
「……人の記憶から忘れさせないようにすることも――」
「可能だよ。人の目に映らなくなるから、忘れられていく。なら、簡単さ。映り続ければいい。困っている子を、助けていけばいいのさ。そうして重ねた人気が、謹慎が解けた後に、きっとまさきたちを助けてくれる」
「じゃあ、その子が……」
「ああ。――まさき、君が助けた女の子だ。この子は、君にお願いをしたいそうだよ」
期待と不安を持って目の前にいるセーラー少女が、まさきを見つめる。
その瞳に吸い込まれ、まるで万華鏡の中を覗いているような――、
純粋な無垢な、眩しい輝きに、つい顔をしかめたくなった。
昔の自分を見ているようで。
目を背けるが、セーラー少女はまさきを逃がしてはくれなかった。
両手をぎゅっと、覆われるように握り締められる。
「お願いっ、わたしたちの街を、助けてっ!!」
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