第8話 セーラー服とリザードマン
「普通って……元魔法少女が普通の生活が送れるとは思えないけど……舞台の仕込みとか知ってるわけだし……秘密保持の契約は交わすとは思うけどさ、絶対に守られるとも限られない……」
先輩二人が吹聴すると疑っているわけではなく、個人に任せた約束で絶対厳守は難しいという話だ。
口を滑らさなくとも、いざ怪人と出会った時の仕草や反応の仕方で、勘の良い一般人が、全てとは言わずとも入口を見抜く可能性もある。
綻び一つから芋づる式に隠していた事実が出てくるのは芸能人のスキャンダルと同じだ。
綻び一つが命取りになるケースはいくらでもある。
掘れそうにないところも執拗に掘るのがジャーナリストだ。
プロは、ナノ単位で目を凝らしている。
「なにかしらの口封じはしてるのかもしれないけど……」
してない方が、信じられないくらいだ。
もしかしたら、二人にもなにかしらの……?
「っ!」
その時、思考を遮るように怪人の雄叫びが聞こえてきた。
怪人警報が鳴って、既に数分。
駆けつけた魔法少女との戦闘が始まっている頃合いか。
「この声……、またあの人か……」
付き合いの長いリザードマンである。
彼らも怪人役として、忙しい日々を送っているようだ。
駆けつけた魔法少女は、まさきの後輩でありながら事務所一番の人気を誇る少女だ。
よく見るのは仕事が多いから……当然である。
人気があるのは出番が多いから。
じゃあ人気がない内からどう出番を増やすのかと言えば、マネージャーの力量に左右される。
そのマネージャーの売り出し方……プレゼンの仕方だ。
文句を言うつもりはないが、もしもマネージャーが違えば、まさきたちも今以上に仕事があったかもしれない……。
「ラッキーちゃんがんばれー!」
と子供たちの黄色い声援を横で聞きながら通り過ぎる。
ラッキーちゃんというのは彼女の愛称だ。
本名から取られており、愛称をつけられて呼ばれる魔法少女はごく少数だ。
子供たちの方からつけられる、というのが人気と大人気の違いの目処とも言えた。
魔法少女と怪人の戦場へは、当然一般人は立ち入り禁止であり、避難活動が優先される――新入りの魔法少女は主にそういう積み重ねから始まる。
しかし、戦闘をまったく見られないというのも困るので、できるだけ導線は通す。
遠いけど見える、建物と建物の間からちらりと見えるくらいであると、仕込みが隠しやすい事情があったりもする。
あとはテレビ中継や、編集した戦闘記録を遅れて流すなど、エンターテイメント性を強くした媒体も用意している。
魔法少女が良く見られるようなバックアップだ。
そういうコンセプトなのだから仕方ないが、怪人側が報われない気がするも……、それをどうにかして変えたいと動くまさきではなかった。
気付けば遠回りし過ぎて隣の地区にまで足を運んでしまっていた。
そのおかげで、頭は冷えてくれた。
それ以上に体も冷えているので、早く帰って湯船に浸かりたい。
それに、他人の舞台現場の近くにいると、手伝わされる可能性もあるのでろくなことにならない。
巻き込まれても困る。
ので、足早に退散することにした。
「…………」
――面倒なものを見た。
立ち入り禁止のカラーコーンとテープを、見張りの魔法少女の目を盗んで跨がって入っていく少女の姿が見えた。
珍しいセーラー服を着ていたので、目を引いたのもあるし、あまりにも堂々と入っていったので、関係者にも思えたが――魔法少女の目を盗んでいる時点で、彼女に悪事の自覚はあるようだ。
「ま、わたしには関係ないことよね」
舞台に上がっていいのは台本によって決められた人員だけだ。
臨機応変に対応することはあるが、決まった人員でトラブル解決にあたる。
台本に名前がなければまさきでも部外者である。
テープの向こうに入ることは、まさきでも許されていないことだった。
ただでさえ評判が悪いのだ(自業自得だが)、これ以上の悪評になっても困る。
現場から遠ざかるよう足を進めたまさきの意識は、数歩離れても、未だ後ろに向いたままだった。
「なにやってんだろ、わたし……」
人通りのない繁華街を進む。
当然だ、避難は既に終えている。
これ以上進んでも、魔法少女と怪人しかいないだろう。
いや……迷い込んだにしては自分から進んでいるようにしか見えなかった少女もいるはずだ。
野次馬だとしたら、大した根性だ。
そうは言っても人のことをとやかく言えない。
まさきも昔は何度もやったのだ。
やんちゃな時代だった。
道なりに沿って進んでいくと、セーラー服の少女の背中が見えた。
悟られない位置まで近づき、壁に身を隠して様子を窺う。
近づくと、正確な背丈が分かるようになった。
セーラー服に、黒髪のボブカット……よりは、おかっぱに近いか。
セーラー服のせいで大人っぽく見えるが、背丈は小さい。
さすがに、みにいよりは大きいが……顔立ちの幼さから、中学生……二、一年生くらいだ。
しかし、みにいの前例があるため、見た目で年齢を当てるにも不安がよぎる。
「こっちで、合ってるのかな……?」
少女が呟いた。
にゃおぉお、と猫の声に誘われて、少女の視線が揺れる。
周囲を見回して、壁沿いを歩く黒猫を見つけて駆け寄った。
「どうしよ……魔法少女、ぜんぜん見つけられないや……」
魔法少女と怪人も常にじっとしているわけではない。
少女が動いても、離れていく場合があれば、逆に動かずとも接近できる可能性もある。
今回は、少女に運がなかったようだ。
「あン? なんでこんなとこにガキが……? 見張りはなにしてんだよ、ったく」
黒猫を抱く少女を見下ろすリザードマンは、同時に少女の背後にいたもう一人の姿も見つけていた。
「野次馬のガキは分かるが、あいつはなにしてんだ……? 手を出すのは御法度だが、紛れ込んだガキを注意して連れ帰ることくらい問題にはならねえだろ。……この場にいることが既にまずいってか? なら、危険を冒してこの場にいる理由も分からねえし……、まあ、いいか――」
リザードマンにもやるべき役目がある。
指定されたポイントへの移動中だったので、ここで立ち止まっている時間も、実はなかったりするのだ。
「おっ、ドンパチがそろそろ始まっ」
魔法少女と怪人の戦いが激しくなった時、攻撃の流れ弾が、繁華街の建物に直撃した。
「あっ……」
子猫を抱き上げた少女が見上げると、崩れた建物の瓦礫が落下してきていた。
落下速度が、非常にゆっくりに見える。
大小様々な瓦礫が地面を叩く音を響かせ、少女の姿を粉塵と共に飲み込んでいった。
「…………ッ」
まさきは建物が崩れる寸前から、予想をしていた。
だが、体が動かなかった――のではない。
逆だ、体は咄嗟に動きそうだった。
それを彼女自身が力づくで押さえつけたのだ。
台本通りなら?
魔法少女が危機一髪のタイミングで助けるはずだ。
本来ならこの場にいるはずのないまさきが、勝手に助けようと動いて、魔法少女の進路を邪魔してしまったら――少女を助けられない。
それだけではなく、まさきに責任が問われてしまう。
今、舞台上にいる魔法少女がなんとかしてくれるだろう。
そう思って立ち止まったまさきの目には、瓦礫に押し潰された少女の結果がある。
「……なんで、誰も……っ!」
タイムテーブルが乱れている?
だから、駆けつけられなかった?
そもそもの話だ。
あの少女は、この崩落は、台本通りの展開なのか?
半分以上、出てしまっていた体を壁の中に隠して背中を預ける。
「……見ていなかったことにして、ここから去れば、わたしは関係ない……!」
この舞台での主役は、自分ではなく別の魔法少女だ。
まさきが出しゃばる必要はなかったし、してはならないことだ。
余計なお世話である以上に、興味本位で近づいたことで、厄介な目に遭ってしまっている。
だが、まだ引き返せる……魔法少女としては、いささか職務放棄にも思えるが、我が身が一番可愛いのだ、罪悪感には目を瞑る。
壁から背を浮かせた時だ、瓦礫の山が、ゆっくりと崩れ出した。
中から這い出てきたのは――リザードマンだ。
少女ではなく。
覗き見てガッカリしたまさきだったが、リアクションをするのが少し早かった。
リザードマンに腕の中には、怪我を一つも負っていないセーラー少女の姿があった。
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