第7話 寒空と告白
貯水タンクや室外機が置かれたコンクリート地面の屋上に、似合わない美しい少女が、柵に手をかけ外の景色を眺めていた。
冬の寒空だ、冬服とは言え、もう一枚、上から着ていないと肌寒いだろう。
まさきはコートを置いてきたことを後悔した。
「さらん先ぱ――わっ」
寒風が吹いて二人の髪をなびかせた。
まさきは肩をすくめるように体を震わせて寒さに対応したが、さらんは微動だにしなかった。
ゆっくり歩いて彼女の横に追いついて横顔を見てみれば、彼女の頬は寒さでほんのり赤くなっていた。
「あの……時間過ぎてますけど。あと、寒いです」
「風邪を引いたら大変だ。まさきは先に戻っていた方がいい」
「いや、だから、先輩が一緒にくればわたしも戻りますって」
なぜ、事務所にいきたがらないのか、さらんの考えが読めなかった。
りりなは、さらんが企画したことだと言っていた。
彼女がチームを集めたのは、スマホのメッセージではなく、直接伝えたいことがあったから――ではないのか?
次第に寒風が強くなってくる。
ばさばさと、長い髪が暴れている。
「リーダーからなんとなくは聞いていますけど、進路のことですよね? ……そんなに言いづらいこと? どんな道に進もうが、先輩の人生ですし、文句なんて言いませんよ。チームを抜けて、裏方にでも回りますか? 大学生の別のチームへ移籍、ですか? 先輩が卒業することは分かっていましたし、チームから抜けることも……考えてはいましたよ」
さらんが抜けたら……りりなも抜けるのだろうか。
あれ?
そうなるとみにいと二人きり……?
と今になって思い至り、顔面を蒼白にさせる。
まあ、まだ予想の範囲であり、りりなが抜けない可能性もある。
卒業生がいれば新入生もいるわけで、欠けた穴を埋めるように人員が補充されるのは当然だ。
二人きりのチームになったとしても、短い間だけだろう。
まさきとしては、みにいとしても、たとえ短かろうが嫌なことに変わりはないが。
「なんだ、もうりりなから聞いていたのかい?」
まさきが頷く前に、一際強い突風が吹いて、数歩よろけてしまう。
「先輩っ、早く、中に入りますよ! これ以上は寒過ぎて限界です!」
さらんの手を掴むと、自分の手よりもさらに冷たい。
細くて白い手だった。
……昔は大きく感じていた彼女の手も、今ではまさきの手よりも小さい。
「冷たっ! 先輩、寒くないんですか!?」
「ああ……なんだか、途中から気にならなくなって――」
「早く戻りますよ! 先輩の方が風邪を引きます。受験間近になって体調を崩すなんて許さないですからっ!」
さらんの手を引いて、驚くほど軽い彼女を無理やりに歩かせる。
「まさき」
「なんですか!」
寒さのせいで少々乱暴な手つきになっていることは自覚していた。
だが、それもこれもさらんが遅刻して、屋上にいたのが悪いと、彼女の文句を聞き流すつもりだった。
屋上の扉に手をかける。
そのドアノブを捻る手が、止まった。
「――先輩、今、なんて言いました?」
風の音で聞こえなかった――わけではない。
聞こえていた。
だから、聞き返した。
「まさき、私はね…………魔法少女をやめるつもりだよ」
その時だけは、まさきも寒さを感じなかった。
足下にいた猫が驚いて、すたたたー、と離れていってしまった。
まさきでさえもびくっと驚いたので、無理もない。
――怪人警報が鳴り響き、魔法少女への出動要請がかかる。
しかし、実際は怪人の襲撃は事前に魔法少女側へ知らされており、一秒のずれもなく予定通りのタイムテーブルで進行している。
事件が起きてから呼ばれる警察官や消防隊、救急隊とは違って、襲撃が起きてから現場に辿り着くまで基本的に数分もかからない(あまり早過ぎても仕込みと思われるのではないか……と危惧してしまうが、公開されている魔法少女の数を考えると、各地に散らばっているのに現場近くにいないのもおかしな話だ、ということで現場に辿り着くのは一分から二分内で調整している)。
内情を知っていると、警報も仕事の電話のように、嫌になってくる。
日常生活と密接してしまっていると、プライベート中も触れる機会が多い。
それほど、魔法少女とは、社会や生活に絡んでいると言えた。
個人の人気を見れば一過性のものだが、魔法少女という大枠で見れば息が長い。
今の時代には欠かせない存在になっている。
「茶番ね」
内情を知ってしまえば、そう思うのも仕方が無い。
知らなければ、子供心をがっちりと掴む演出だ。
まさき自身もそうして心を掴まれて今の位置にいるのだから。
コートを羽織り、事務所から出て、はぁ……と冷えた手を吐いた息で温める。
今日に限って、歩き慣れた道とは別の道を使い、遠回りをして家を目指した。
……少し、考えごと。
いや、逆か。考え過ぎて混乱している頭を、冷やしたかったのだ。
「魔法少女以外の道……そんなの、思いつかないな……」
憧れた魔法少女になってみて、理想と現実のギャップに落胆して、魔法少女の活動を茶番と言ってしまうほど敬意がなくなっても、やめるなんて選択肢は浮かばなかった。
さらんの言葉に絶句するほど、まさきは一生、この仕事を続けるものだと無意識に決めていたのだ。
「普通に、会社員? ウェイトレスとか? ……ははっ、思い浮かばないし」
思い浮かぶのは魔法少女の衣装に身を通す、自分の姿だけだった。
「…………やめること、ないじゃん……っ」
マネージャー……が向いているとは思えないが、それに限らず現場に出なくとも関われる役割はいくらでもある。
なのに、さらんはどこにも残らないと言ったのだ。
魔法少女とは違う、別の業界へいきたいのだと――夢を持って。
りりなも同じだ。
卒業と共にチームを抜け、魔法少女をやめる。
じゃあ次になにをするのかと言えば、決めていないようだが……それでも、魔法少女とは別のことをしてみたいという気持ちは強く、さらんと変わらなかった。
思えば、二人とも幼くして魔法少女として現場に出ていた。
まさきやみにいよりも何年も歴が長い。
まさきが憧れた魔法少女がさらんなのだから、当時よりも前から活躍していたことになる。
さらんよりも古いりりなも、ランドセルを背負ったばかりの頃から現場に出ていた。
それは、まさきたちが当たり前のように過ごせた日常を、過ごしてこなかったことを意味する。
普通に勉強して、遊んで、憧れて、追いかけて――、
大人たちに囲まれて仕事をしている子供には、もう取り戻せない子供時代がある。
やり直したいわけではなく、子供らしいことをしたかったわけでもない。
ただ、
『普通の学生に、戻りたかったんだよ――』
先輩二人は、そう言った。
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