第6話 進路と待ち合わせ

 森下まさきと海浜崎みにいの不仲は、初対面時こそ良好ではなかったが、かと言って険悪というわけでもなかった。

 彼女たちはバベルにおいては同期であり、デビュー戦をコンビで務めた仲でもある。


 そう――彼女たちが決定的に修復不可能なほどに違えた原因は、初舞台にあった。


 簡単に言えば、足の引っ張り合いだ。


 自分が自分が――と互いに前のめりに出過ぎたために、何度も衝突してしまう。


 意思の方向性も定まらない、だから立ち位置もぐちゃぐちゃで、被ってしまう。


 相手を踏み台にして自分がより遠くへ進もうとお互いが画策して、出し抜こうとしていた。


 協力し合うことを前提にして組まれたコンビで、両者が身勝手な行動をすれば当然破綻する。


 片方だけなら、もう一人に合わせる救済の手が残るが、彼女たちにそんな手は残っていなかった。


 結果、彼女たちのデビュー戦は、自分たちの評価に多くの泥を塗った。



 自業自得であるが、新人にはそれが分からない。

 焦っていて、切羽詰まっている彼女たちに自分のミスを認める寛容さもなく、相手を責め立て否定し続けて――関係性は激しく決裂した。


 そしてこのデビュー戦が原因で、問題児という烙印を押されて色々なチームをたらい回しにされることになる。


 二人とも、光るものは確かに持っている。

 だが、その光を覆い隠してしまうほど、欠点が大きかったのだ。


 多くのチームが受け入れられなかった。

 その果てに辿り着いたのが、今のチームである。


 新沼りりな、高原さらん、月子マネージャー。


 まさきもみにいも、互いに互いを共演不可としていたが、そうも言っていられない。


 背に腹は代えられないのだから――。




 まさきたちチームの四人は同じ女子校に通っている。

 これが別々だったりすると、業務連絡も相手に届いていても見ていなかったために集まれなかった、という場合もあるのだが……既読がつかなければ直接教室に訪問すればいいので急ぎの用事の時は都合が良い。


「まさきとみにいが同じクラスだったら、教室をはしごする必要もないのにね」


 さらんの言葉に、りりなはすぐさま否定した。


「別々で良かったと思うよ……」

 という会話も、学年始めだったので大分前のことだ。


 まさきはすぐさまメッセージを見るタイプであるため、返信が早い。


 同じく行動も。

 忠実、とは言えないが、それでも流れには沿っていくタイプだ。


 次の日の放課後、言われた通りにまっすぐに事務所へ向かうまさきは二番手だった。

 予想通りというかいつも通りに、既にりりなが席についていた。


 月子マネージャーが電話先の相手に何度も頭を下げている横で、参考書を広げて受験のための練習問題を解いていた。

 扉を閉めると、その音でりりなが顔を上げる。


 珍しくメガネをかけていた。


「あ、これ? いつもはコンタクトなんだよ。……ちょっとね、勉強疲れで補充するの忘れてて……見た目が地味に見えちゃうからあんまりかけたくないんだけどさ」


「アイドルみたいな容姿をしておいてなにを言ってるの?」


 華々しさで言えばセンターに立てるだろう。

 メガネというアイテムのおかげでさらに容姿が際立っていることに、彼女は自覚がなかった。


 容姿に限らず、りりなは自分を下に見る癖がある。

 謙虚と言えば聞こえはいいかもしれないが、偏り過ぎなのだ。


 過剰な自信で言えばみにいは鼻につく。

 だからバランスなのだけど……性格のせいもあるのだから難しい話だ。


「……受験、か」


 まだ先だと思っていたけど、もうすぐなのだ。


 りりなとさらんの卒業。

 学校からはいなくなるけど、別にこの世界から消えるわけではないから、悲観する話ではないけど、やっぱり寂しくないわけではない。


 大学生の魔法少女もいるし、月子マネージャーのように裏方に回る道もある。


「あ……、今日は進路の話?」

「まだなにも言ってないのに……察しが良いね。でも、それはみんなが集まってから」


 しっ、と人差し指を立てられて、まさきも頷く。

 問題を解くペンの音を聞きながら、淹れた甘いコーヒーを飲んで残りのメンバーを待つが……案の定、予定の時刻になっても二人は現れなかった。


「うーん、みにいは分かるけど……さらんまで遅れるなんて……なにかあったのかな?」

「先輩はあいつに甘いよ、もっとガツンと言えばいいのに」

「あはは……、耳が痛いよ」


 苦笑いするりりなへ助け船を出すように、事務所の扉が開いた。


「あたしとりりなの関係に口を出すな」


 遅刻して現れたみにいと、まさきの視線がぶつかり合う。


「そういうことは、みんなのルールを守ってから言ってもらいたいわね」

「こいつ……ッ!!」


「みにい! みにい! 落ち着いて! チームメイトだよっ、ね!?」


 りりなが必死になだめて、なんとかみにいの噴火寸前が収まったようだ。


 空いている椅子に座ると、みにいの足がぶらぶらと宙に浮いてしまう。

 高さを下げればいいのだが、彼女は頑なに下げようとはしなかった。


「あと一人は?」


「まだきてなくて……でも、うーん。今日はちょっと気になるかな。いつものマイペースかもしれないって思うのも無理ないけど、今日の集まりは、さらんが企画したことだから……放り出す子じゃないと思うんだけど」


 りりながスマホを取り出して連絡を取ろうとしたが、繋がらなかった。


「……心配だな……ちょっと探してくる」

「待って、リーダー」


 まさきが立ち上がって呼び止める。


「わたしが探してくる。……任せてもらっていい?」

「それは、うん。いいよ。……まさきの方が、さらんにとっても嬉しいかもね」


 そういうことは考えていなかったが、彼女の居場所に思い当たる場所がない、わけではなかった。


 それに、りりなが出ていってしまえばみにいと二人きり(月子マネージャーがいるが、仕事中なのでいないようなものだ)になってしまう。


 それには耐えられない。

 だったら自分が出ていく方がいい――動機はきっと、褒められたものじゃない。


「……まさき」


 今度はまさきの方が呼び止められた。


「お願いね」

「……? わたしも、見つけられる自信はないわよ?」


 心配性のりりながまた飛躍した考えでもしたのかもしれない。

 ただ、不安とはまた違った表情だったので、内心を計りかねた。


 気にはなったものの、思い至った場所にさらんがいても、時間をかければ移動してしまう可能性もなくはないため、まさきは足早に事務所を出る。


 足取りに迷いはなかった。

 そのまま、非常階段を上がって、同じテナントビルの屋上へ向かう。



「…………ここまできたなら、素直に事務所に入ればいいのに」

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