第3話 理想と現実
急ブレーキと数メートルのドリフトを披露して、車が止まる。
三十分の遅れだった。
「現場はこの付近だから! さらんへの連絡とか、衣装とか準備に対して文句は後でいくらでも聞くから、お願いだからさっさと現場に向かって!!」
額をハンドルに押しつけ、半分泣きながらマネージャーが叫ぶ。
「ここ、幼稚園が密集してるところだな……」
窓ガラスに両手をつけて、みにいが周囲の景色を見回した。
「こんな場所に怪人が出たら、騒動が広がっちゃうんじゃ……!?」
りりながあわあわと慌て出す。
ただでさえ、まさきたち魔法少女の出動が遅れたのだ。
時間をかけただけ、騒動は膨らんでしまう。
「でも、この付近なのにとっても静かだけど?」
車から下りたまさきが、瞼を下ろして意識を集中させる。
彼女が持つ魔法(実際は違うのだが、魔法少女なので便宜上そう呼ぶことにする)は、自身を大木に見立て地面に根を張るように、周囲の地面にかかっている重さからそこにある物体の存在、数を把握できる。
まさきはチームの中では非戦闘員の、レーダー役を担当していた。
レーダーの範囲は周囲の物体の数によって反比例する。周りになにもなければ数キロ先まで感覚を広げることができるが、建物が乱立する都市部になると一キロも広げられなくなってしまう。
簡単な話、感知した負荷が大きいと魔法が長く持たないのだ。
「幼稚園児だと思う……たくさん固まってる場所に、怪人がいる――この体重だと……巨人族ではなさそう……。これは、リザードマンかな?」
「誰がいるとかどうでもいい。いいから場所を言えって。さっさと向かうから」
「ここから一番近い幼稚園」
「よっしゃ!」
みにいが先んじて跳躍し、他人の家の屋根を渡っていく。
その背中があっと言う間に小さくなった。
「ねえ、もしかしてなんだけど……」
まさきの背後から、遅れて車から下りてきたりりなが声をかける。
彼女の背中には、似合わない巨大なハンマーがあった。
衣装や髪色と同じく桃色でデコレーションされているが、魔法少女の武器にしてはデザインが武器らしさに偏り過ぎている。
子供受けを狙うならピコピコハンマーくらいにするべきだが、りりなのハンマーはきちんとハンマーらしい重量がある、巨木から切り抜かれた木槌であった。
チーム内では最も魔法少女らしいと言えるビジュアルであるりりなの細腕で、戦闘時になると重量感のあるハンマーが振り回されている。
動きと同時に揺れるツインテールと、繰り出される攻撃のビジュアルからは想像していなかった鈍い音は、改善の余地ありだが、本人は変える気がないようだ。
『だって、お父さんからのプレゼントだから』――らしい。
そんなりりなが、現場の位置を把握していなかったまさきを見て、声を震わせる。
「……読んで、ないの?」
「そう言えば……、学校の引き出しの中に置きっ放しかもしれないわね」
まさきとりりなが遅れて現場に辿り着くと、多様な色の衣装を身に纏う魔法少女たちが集まっていた。
怪人に襲われていた子供たちは既に解放され、助けてくれた魔法少女の元に集まっている。
怪人の姿はなかった。
どうやら、倒された後だったようだ。
「……リーダー? 他の魔法少女も合流する予定だった?」
「え、ええと、そんな予定じゃなかったはずだけど……」
子供たちの前にもかかわらず、懐から冊子を取り出したりりなに、まさきが溜息を吐いていると、
くいっくいっとスカートが引っ張られて振り向く。
視線を下げると、スモックを着た幼稚園児の女の子がいた。
「ありが、とう」
……なにもしてないけどね、と内心では思いながらも、まさきは頷いた。
「どういたしまして」
勘違いをして、魔法少女への支持が上がるならわざわざ否定することもない。
「なにがどういたしまして、よ。問題児だらけの新沼チームが現場にこないから、プライベート中のあたしらがヘルプに入ってあげたんでしょうが!」
と、まさきと同じ青い魔法少女の衣装、小柄な金髪ツインテールという、新沼チームと色々被っている少女がいた。
年齢的にも、魔法少女歴的にも後輩にあたるのだが、バベルという事務所において人気ナンバーワンの魔法少女である。
バベルと言えば、彼女だ。
その証拠に、ホームページや街中の看板には彼女の写真が多く使われている。
数年前までさらんだったが、今では彼女一色になってしまっていた。
「あのね、テキトーな仕事をして、事務所の悪評を広めないでほしいわね」
「最近は忙しそうで休みを中々取れないのに、今日はプライベート中だったんだ?」
「……なによ。言いたいことがあるならはっきりと」
「ちょっと人気、右肩下がりになってきた?」
気にしてることをずばっと言われて、人気者の顔が真っ赤になった。
しかし、さすがは人気者。
頂上に立つために言われた通りに役をこなしてきた彼女は自分の感情を殺すことには長けていた。
まるで台本通りに、怒りを消して子供たちを不安にさせないように明るく振る舞う。
「――さっ、みんな、悪い子にしてたら怪人がまた出てきちゃうから、良い子にしてなきゃダメだよー!」
さっきまでいた怪人を思い出して泣き出してしまう子もいて、よほど怖かったのだろうと想像できる。
そこに颯爽と現れた魔法少女は、子供たちの中で大きな存在になっているだろう。
かつてはまさきも、同じ感情になったものだ。
ただ、そんな幻想も、実際に衣装を着てみたら真実を知って、落胆したものだが。
「……ちょろいもんよね。大人たちが作った予定調和だとも知らずに喜んじゃってさ」
目を細めてまさきが見ているのは、夢を見続けているかつての自分だ。
憧れた世界なんて存在しない。
追い続けたって無駄なのだ。
知るのは、早い方がいいだろう。
「おねえちゃん」
「ん?」
スカートを引っ張ったままの女の子が、じっとまさきを見つめていた。
「わたしも、まほうしょーじょに、なれるかな?」
「…………なれるんじゃない? でもさ、なったその先に、なにを望むの?」
子供に言うべきでない事情だと分かっているのに、動き出した口は止まらない。
「魔法少女は毎年、いや毎日増え続けてるし、その中で自分の人気を維持し続けるのは難しいのよ。他よりも秀でたなにかがなければ生き残っていられない。気を抜くとすぐに忘れられてしまう。台本によっては自分が踏み台にされる場合もあるんだから。そうしょっちゅう怪人も出現させることもできないし、埋められる役の数も決まってる。魔法少女が多いわりに出番ってのは少ないのよね。学校はサボれるけど、結局、その分の勉強は疎かになるし……将来的にはマイナスかしら? じゃあなんで続けているのかって言えば、まあ、
「……? ……??」
「まあ、今はまだ分からないでしょうけど」
言い方はあれだが、まさきは少なくとも、親切心で言っている。
「魔法少女に憧れるのもいいけど、現実をさっさと見なさいよ」
「こ、こらっ、まさき!? 子供相手になにを言ってるのかな……ッ!?!?」
横で聞いていたりりなが、一気に血相を変えてまさきの口を慌てて塞いだ。
「守秘義務があるって忘れたのっ!?」
「はーい、ごめんなさーい」
首を傾げていた女の子へのフォローをりりなが務め、まさきはその隙に、その場から離れることにした。
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