第2話 怪人警報とワンボックスカー

 大きな溜息が会議室に響き渡った。


 ここはテナントビルの一室。

 業務用の机が複数並べられ、最低限の日用品や家電製品が置かれた、数年前と変わらないとある事務所だ。


 事務所の名は『バベル』。

 弱小事務所というレッテルは未だ剥がれていなかった。


「――死んだ目をして遠くを見つめてるけど、誰のせいでどうして呼び出されたのか分かってるのかしら?」


 窓から見下ろせる、交通量の多い大通りに向けていた視線を目の前の女性に向ける。


「少なくとも、わたしはなにも悪くない」

「じゃあ、あたしのせいだって言うのかよ」


 隣に一緒に並んでいる小柄な少女がいた。

 ランドセルを背負っていた時のまさきよりも身長は低いだろう……しかしこう見えてもれっきとした高校一年生、十六歳である。


「あんた以外に、誰のせいだって言えばいいのよ。命令違反で生け捕りの怪人をぼこぼこにしちゃってさ。その野蛮な性格は一体いつ直るのかしら?」


「お前だって、子供に必要のない現実を教えて夢をぶち壊してどうすんだ。お前自身が夢を叶えられなかったからその腹いせに巻き込んでやろうって? 器の小さい女だな」


「……チビ」

「ケンカしたいなら買うぞ。役立たずが抜けても痛手はひとっっつもないからな」


 ぴりっと、部屋に緊張感が生まれる。


「……だから、呼び出されてるのによくケンカできるわね、あんたたち」

『だってこいつが!!』


 互いに指を差す二人のチームメイトの代わりに、端っこで身を小さくさせていた少女が何度も頭を下げていた。


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 二人とも悪い子じゃないんです!」

「知ってるわよ、二人とも、入る時に面接したのは私よ? あの時は純粋無垢で可愛かったのに……。はぁ、どこで間違ってこんな風に成長しちゃったのかしら」


 事務所内でも特に問題が多いチームが、まさきを含めた四人の魔法少女たちだ。

 森下まさきの夢のない言動。


 小柄な体の海浜崎かいひんざきみにいの繰り返される命令違反。


 チームリーダーを務めるが恐らく最もチーム内で立場が弱い新沼にいぬまりりな。


 そして、事務所内では看板を張れるほどの人気を持つ、高原さらんだ。


 彼女に至ってはチームメイトにまったく興味を示しておらず、窓際でパラソルを広げ、その下で優雅に紅茶を嗜んでいた。


 視線は外の景色か紅茶の水面を行ったり来たりしている。

 彼女の問題は、強いて言うならコミュニケーションの取り方が難しい……だろうか。


 高原さらんが持つ独自の世界に、チームメイトも事務所も、扱いに困っていた。

 すると、ぺこぺこ簡単に頭を下げるりりなを見て、苛立ちを隠さないみにいが、


「りりな、こんなのに頭を下げる必要なんてないぞ」

「……私、あんたたちのマネージャーなんだけど……こんなのって……」


「リーダーなんだから堂々としてろって、いつも言ってるだろ」

「あはは……っ、ごめんね、みにい」


 どっちがリーダーか、年上なのか、分からないような会話だった。


 年上はりりなの方だ。

 高校三年生の、十八歳。


 さらんも同じく、同級生であり、

 来年には、高校卒業と、その後の進路が待っている。


「ねえ、マネージャー……もういいかしら?」

「良くないわよ、呼・び・出・し! を喰らってるの分かってるの!?」


「結局、どういう理由なの?」

「問題行動の多さですけど!?」


 息を切らすマネージャーが両手を机について立ち上がった。

 が、のれんに腕押しだと自覚したらしく、すとんと腰を下ろしてから手を額に当て、さらに大きな溜息を吐く。


「…………お願いだから、ルールを守って」

「はい。だそうよ、チビ」


「お前のことだろ」

「二人ともだから……!」


 何度も頭を下げるりりなと、無関係を装うように部屋の隅で紅茶を飲むさらん。

 頭を抱えるマネージャーだが、解雇という選択肢は、最初からなかったようだ。



 怪人出現警報が鳴り響いてから既に数十分が経っていた。

 出動要請が出たまさきたちが現場へ向かうも、しかし、未だ辿り着いていない。


 移動に使っている車が渋滞に捕まったわけではなく、単純に出発が遅かったためだ。


「髪型なんて車の中でもセットできるでしょうに……っ!」


 ワンボックスカーに四人を詰め込んで運転しているマネージャーが、何度も信号に捕まり、苛立ちが愚痴へ変わって漏れ出していた。


「車の中には大きな鏡がないじゃないの。小さな手鏡だと上手くできないのよ」


 結局、時間がないからと無理やり連れてこられたまさきは髪型をセットできていない。

 やりづらい手鏡とにらめっこしながら母親譲りの金髪を手櫛で整えるが、全体のバランスに納得がいかずに眉が自然と寄っていく。


「私がやってあげよう」


 隣にいたさらんが自前の櫛を取り出して、まさきに体を反転させるように指示する。

 背中を向けたまさきの髪の毛がさらんによって整えられていく。


「綺麗な髪だね」

「先輩に言われても……その銀髪には敵いませんから」


 腰まで伸びた銀髪は、透き通るように繊細な綺麗さを持つ。

 彼女を初めて見た時は白髪に近い色だったが、年を重ねることで色合いも変化していった。


「編み込んでみたけど、どうだろうか」


 サイドアップにした毛束が肩の前に下ろされる。

 手鏡を色々な角度に傾けて自分の姿を確認し、


「……良いと思います」

「そうか、それなら良かった」


「あの、先輩、これどうやるんですか?」

「教えてあげるよ。毎朝、私がまさきの家にいくわけにもいかないだろうからね」


「きたっていいですけど……」

「嬉しい要請だけど、遠慮しておくよ」


 さらんから髪型の作り方を教わっている途中で、車が現場付近に近づいたようだ。


「あんたたち! 早く着替えなさい! 丁寧に止まって下ろす暇なんてないわよ!?」


「こんな狭い場所じゃこのチビはともかく、わたしたち三人は着替えにくいわよ?」

「着替えにくいのはあたしも同じだっつの」

「あら、言うわりにもう着替え終えてるみたいだけど?」


 膨らむスカート、肩を露出させた真っ赤な衣装を身に纏うみにいの姿があった。

 ボブカットにした茶髪に、大きなリボンの髪飾りが二つ、左右につけられている。

 口調さえ直せば、理想的な魔法少女なのだが……、


「相変わらず似合ってるわね。小学生なの?」

「…………ぶっ殺してやるッッ」


 車内で取っ組み合いが始まり、車が左右に揺れ対向車からクラクションを鳴らされた。

 ハンドルを握るマネージャーが、遠くの景色を見つめながら引きつった笑みを見せる。


「は……ははは……、実家帰りてぇ……」


「ごめんなさいっごめんなさいっ! 戻ってきてください! このチームを受け持ってくれるの、月子つきごマネージャーだけなんですっ!」


 助手席のりりながマネージャーの肩を揺すっている後ろで、扉が開く音がした。


「さらん!? えっ――どこいくの!?」

「ん? そろそろ現場だろう? 着替え終えたし、先に向かっているよ」


「ちょっと、待――」


 丁度、河川の大橋を渡るタイミングだった。

 扉から外へ飛び立ったさらんが、橋の下へ姿を消す。


 りりなの制止の声はギリギリで届かず、開きっぱなしだった扉が自動で閉まった。


「……仕事熱心なのはいいけど、さらん……どうして先にいくかなあ…………」


 リーダーとして、友人として、りりなが頭を抱えた。


「現場の場所は分かってるはずなのに、どうして真逆の方角へいくの……?」

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