魔法少女=(デミ)ウィッチ

渡貫とゐち

現代編

第1話 ランドセルとリザードマン

 子供は無邪気で、時に残酷な生き物と言える。


 蟻の巣を見つければ、特に意味もなく拾った木の枝でほじくり返してみたり、水を流し込んでみたり、驚いて出てくる無数の蟻を見てケタケタと笑っている。

 ……心当たりがある者は、少なくはないだろう。


 彼らの平和な日常を壊したのだから、責任を持ってその後、避難してきた蟻たちを集めて生活を保障する子供が、果たしていただろうか。


 きっと、新たな興味の対象に惹かれてその場を後にしたはずだ。

 勝手に壊して、何事もなかったように去っていく。


 謝罪も反省もなく、忘れて放置して、だ。

 しかも弱肉強食の、生きるための襲撃ではなく、気まぐれの娯楽で。

 蟻からしたら、たまったものじゃない。


 しかし、彼らもどこかで納得はしているだろう。

 野生の世界とはそういうものだと。


 力ある者が、猛威を振るうのだ。


 なら、人間だって同じだ。

 力ある者に、気まぐれで襲撃されても、そういう経験を踏まえて考えれば、文句も言えない。


 突然、上から手を伸ばして命を摘み取っていく。

 される側に立つことを考えていなかった、人間の思慮の浅さゆえの結果だった。



 町全体に響く警報音が流れるが、すぐに警報器自体が破壊されてしまった。

 音が止む。

 重たい機材が地面に落下し、反射的に目を瞑る破砕音が響く。


「うるせえなあ……」


 電柱の上に立っているのは、トカゲを成人男性ほどまで大きくした生物だ。


 リザードマン。

 彼らはそう呼ばれている。


「警報よりもわーきゃーやかましい足下のクソガキ共の方がうるせえよ……」


 公園の隅に固まって置かれていたランドセル。

 公園で遊んでいた子供たちは、荷物を忘れて公園の外へ逃げようと走り出していた。


「おうっと、逃がさねえよ、ガキ共」


 跳躍したリザードマンが、公園の入口に着地した。

 軽々と数十メートル先まで跳躍した運動神経は、元から備わっていたものだろう。


 目の前の一回りも大きい存在に、走っていた子供たちが急ブレーキをかけて止まる。


「さて、どいつから喰ってやろうかね。――って、おいおい、泣きそうな顔しやがって、文句言えねえだろ? だってさっきまでお前らは、同じように草むらにいた虫をいじめてたじゃねえか」


「あ……」


「痛いってよお。オレは亜人だから分かんだよ。痛いよ、助けてよ、あいつらを、懲らしめてやってよ……それがいじめられていた虫たちの言い分だ。さて、これからオレがお前らをいじめて、責められなくちゃいけねえかね?」


 子供たちはなにも言えなくなり、リザードマンの進行と同時、ゆっくりと後じさる。


 しかし、その中で、一人。


 一歩、逆に立ち向かおうとした子供がいた。


「まさきちゃん!」


 後ろからの声にも反応せず、少女がさらに一歩、踏み込んだ。


「あン? なんだよ、オレを責める言い分があるなら、聞いてやるよ」


「……責めるとか、そんなんじゃないよ。わたしたちのしたことは酷いことだし、やり返されるのも、仕方ないと思う。けど……あんたにじゃない」


「ほお」


「会話ができるなら伝えてよ。その虫たちにさ。他人に頼らないで自分たちで仕返しにくればいいって。わたしたちは逃げも隠れもしないってっ!!」


 彼女は、ぐっと相手を睨み付ける。


 恐怖心がないわけではない。

 握り締める小さな手は、小刻みに震えていた。


「あいつらにはお前たちに立ち向かう力がない。だから、オレに頼ったんだ」

「頼られたからって、無関係のあんたがわたしたちを襲うのは違うと思うけど?」

「……ちっ。口がよく回るガキだ」


「あんたの言い分には納得した。でも、だったらわたしたちとその虫たちの問題で、そこにあんたが入ってくる権利はないはずよ。頼まれたからって、わたしたちを傷つけたなら……わたしたちがあんたを傷つけてもいいってことなる」


 やられたらやり返す。

 それで言うなら虫たちの反撃で、子供たちが踏み止まって終わりだが、リザードマン自身は、子供たちになにかをされたわけじゃない。


 虫たちの言い分を利用し、リザードマンが体よく暴れたい理由に使われている。

 そもそもの話だ。


「……本当に虫たちと話せるの? 町には亜人がたくさんいるけど、虫の気持ちが分かるって亜人にはまだ会ったことがない。妖精とか、エルフなら分かるけどさ……なんでリザードマンが、虫の言葉が分かるの?」


 少女の指摘に後ろの子供たちもひそひそと雑談を交わし始める。

 誰かがぽつりと言った。


「虫たちの言っていることも、うそ……?」


「いや、それはどうだろ。言葉は分からなくても、本当に虫たちはそう思ってるかも。というか、急に大きな手で掴まれたら怖いと思う……」


 そんな子供たちの会話に、

「フハッ」とリザードマンが笑った。


「…………やってらんねえ」


 瞬間、彼の尾が、地面を強く叩いた。


「まどろっこしいのはなしだ。白状してやるよ、単純にオレの快楽のために、てめえら、逃げ回る餌になれ」

「あれ、建前は諦めたんだ?」

「ガキに看破されたんだ、嘘に嘘を重ねたら、こっちが情けねえだろ」


 リザードマンが、大きく息を吸い、体を反らした。

 膨らんだ上半身に溜まった空気が、一気に吐き出される。



「ガァアラァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」



 雲に穴を開ける咆哮が、大地を揺らす。

 木々の葉が散り、小さな竜巻に乗って螺旋を描いて吹き荒れた。


 ひらひらと落ちてきた葉が、少女の目の前を横切ったのを合図にし、

 少女が、ぺたんと尻餅をついた。


「ひ、う……っ!?」


 その目尻には、大きな雫が溜まっている。


「お前みたいな口が回るませたガキでも、年相応の反応が見れて嬉しいぜ」


 尻餅をついた少女の目線に合わせるように、リザードマンが屈んだ。


「逃げろよ、じゃねえと、本当に喰っちまうぞ?」


 脅されても、しかし少女は動かない。


 リザードマンは、大した根性だ、とでも言いたげな表情を見せたが、彼女は動かないのではなく、動けない。


 それに気付いて、リザードマンがニヤリと口角を上げる。


「みんな……っ!」


 初めて後ろを振り向いた少女だったが、既に一人、取り残されていたことに気付いた。


「え……」

「あーあ、見捨てられちまったなあ、おい」

「そ、そんなことないッ!!」


「でもこうして実際、お前の周りには誰もいない。危険な目に遭っているお前を助けてくれる奴なんざ、いねえって証明だろうがよ。これが、現実だ」


 彼女の口から反論がなくなった。

 それは彼女自身も、認めたことに他ならない。


「言い残すことはあるか?」

「……助けて…………助けてよぉ……っ」

「無理だな。切羽詰まってるのは分かってるが、オレに頼んだって意味なんか」



「都合がいいって、分かってる。陰で嫌いだって、くるのが遅いって、好き放題言ってたけど、ごめんなさい――きてくれるだけで、困っている人は救われてたんだ!」



 少女がどこにいるかも分からない誰かに向けて、大声で叫ぶ。


「――おねがい………………助けてっっ!!」



 突如、リザードマンを襲った突風が、彼の視界を暗転させた。


 反射的に閉じた瞼を上げると、目の前にいた少女の姿が周囲に見当たらなかった。


 帽子のひさしのように上げた手をゆっくりと下ろし、視界を広げるために首を回す。


「遅れた登場だなァ……魔法少女」


 電柱の上に立つ、服装から髪、まつげまでが真っ白な少女の姿がそこにあった。


「こんな小さな子をいじめて楽しいかい? 怪人のすることは理解できないね」

「する気もねえくせに、歩み寄った気になってんじゃねえよ」


 視線がぶつかり合った後、先に逸らしたのは魔法少女の方だった。

 リザードマンの威圧に臆したのではなく、助けた少女へ安心を与えるためだ。


 肩と膝の裏に手を回され、お姫様抱っこされている少女へ、優しい笑みを向ける。


「君の声、私にきちんと届いたよ。怖い思いをさせてごめんね。でも、もう大丈夫さ。安心してほしい。もうこれ以上、君を傷つける奴を、野放しにするものか」


「魔法、少女……?」

「ああそうさ。私が魔法少女さ」


 答えて、電柱から飛び降り、空中に見えない階段でもあるかのように歩いて、魔法少女が地面に着地する。

 抱えていた少女を、ゆっくり地面に下ろした。


「立てる? 歩けるかい?」

「うん、なんとか……」

「なら、ランドセルを持って早く逃げるんだ」


 固まっていたランドセルの数は減っていない。

 山積みになっている中から自分のランドセルを見つけるのはそう難しくなかった。


「お姉さんは、あの怪人と……?」

「戦うよ。なに、安心していいよ。これでも場数は踏んでいるからね」


 魔法少女の周囲に、光の反射か、キラキラとなにか光っていたが、正体は分からない。


「待って!」


 怪人の元へ向かおうとした魔法少女の背中へ、少女が声をかけた。

 言いたいことは色々あったが、緊張の末にパニックになった頭の中で、最も伝えたいことがまず始めに思い浮かんで、自然と口から出ていた。


「が、がんばって……勝ってね!」

「…………ああ。……うん、必ず、勝ってくるから」


 口元を緩ませた魔法少女が飛び去っていく。


 彼女と怪人の戦いを見ることは、この時はなかったが、その後、白の魔法少女の姿を目にすることが多くなった。


 きっと、少女自身が無意識に探していたのだろう。

 目に止まったのではなく、探していたから見つかった――のだから、確率が高いのも頷ける。


 テレビの中の話のように実感がなかったが、いざ目の前で危機を助けられれば、好意的に見ていなかった少女もころっと手の平を返す。

 あの運命的な出会いをしてから数年経っても、少女は彼女の追っかけファンを続けていたし、その世界に興味を持っていた。


 魔法少女になりたいと夢を持ち、

 彼女みたいになりたいと憧れを抱いた。


 珍しい話ではなく、子供にとっては当然のように通る道である。

 後は一般的な職業と同じで、目指す者が多くても、全員がなれるとは限らない。


 ふるいにかけられていく中で、全てを失う覚悟を持つ者だけが手に入れられる栄光。

 魔法少女。


 それは二十世紀に入って全盛期と言えるくらいの盛り上がりを見せ、その数は六千人にも及ぶとも言われている。


 当然、人気者はごく僅か、一握りの実力者のみである。



 ランドセルを手放した少女――森下もりしたまさきは、夢を叶える(魔法少女になる)ため、人生において大きな一歩を踏み出していた。


「えー、高原たかはらさらんに憧れて? うちの事務所を選んだの?」


「はい! 昔、一度助けてもらったことがあって……それいらい、魔法少女さらんの大ファンで! わたしも彼女みたいな魔法少女になりたいって思って、志望しましたっ!」


 場所はテナントビルの一室、会議室のような内装に、業務用の机を挟んで二対一。

 固く考えなくてもいいと言われたが、質問内容から、面接であることは確かだ。


 着始めて間もない制服に腕を通して、緊張した面持ちで挑んだまさきだったが、憧れの魔法少女の話をし出したら緊張など一気にどこかへ吹き飛んでしまった。


「うち、小さな事務所だけど……大丈夫? 業界で人気者になることを考えたら、老舗大手の『白亜紀はくあき』とか、今勢いに乗ってる『スタートダッシュ』に所属する方が可能性はぐっと高いと思うけど……」


 まさきもその意見には一理ある。

 ネットを見れば、大概がこの二つの事務所が競合しており、人気上位にくる魔法少女も、事務所を調べればどちらかの名が出てくる。


 近道……ではないが、小さな事務所より、目的に近づくのは早いだろう。


 が、まさきにはなによりも重視する項目があった。


「あの人と一緒に活動がしたいです。それが憧れで――夢、ですので」



 そして……、

 新たな制服に腕を通してから二度目の冬服。


 森下まさき、十六歳――冬。

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