第4話 時代とデミチャイルド
「なんだァ? えらく冷たい目をするようになっちまったじゃねえか、クソガキ」
子供たちの喧騒から離れた場所に、休憩中なのか、缶コーヒーを片手に持ちながら、ベンチに座るリザードマンの姿があった。
彼は怪人役で、さっきまで子供たちを襲い、そして、魔法少女に倒される役目を請け負っていた。
まさきは彼を知っている。
……忘れるわけもない。
「缶コーヒーでも奢ってやろうか? 昔、泣かしちまったお詫びにだ」
「それで毎回いじってくるの、いい加減ムカつくからやめてくれる? ただ、貰えるものは貰っておくけど」
今になってみれば恥ずかしい過去だが、森下まさきが魔法少女に初めて憧れた時の怪人役が、目の前にいる彼――リザードマンだった。
亜人族の出現によって、少子化問題に悩まされていたのも遠い過去の話。
ただ、新たに浮上したのが、異種族が社会に混ざることによる、人間たちからの差別だ。
それは、亜人と人間が交わり、異種族の特性を持って生まれた子供たちも例外でない。
リザードマン、巨人族、小人族、狼男、ミノタウロス、人魚、龍人。
ハーピー、セイレーン、エルフ、妖精、鬼……見た目から考え方まで違う自分たちとは違う異物を、すんなりと受け入れるのは難しい。
認める少数派もいるかもしれない。
だが、世界は大多数で動いている。
忌避する者が多い中で、亜人たちが不便なく過ごす社会になるまで、長い時間がかかっていた。
孫の代になって、やっと、亜人たちが働ける社会体制が整ったのだから。
過去を生きていないまさきには想像もつかないが、コンビニで働いている天狗、工事現場で活躍する巨人族、美しい見た目を惜しげもなく使って雑誌の表紙や夜のお店などで見ない日はないエルフなど……これが当たり前の日常だ。
見上げれば、ハーピー、水辺を見ればセイレーン、人魚族などがいる。
やはり人間社会に溶け込んでも完全に染まることはないようで、各々の風習を大事にしている。
日本人が海外へいっても、日本食を食べたくなるようなものだろうか。
「……なんだか、昔流行った位置情報でモンスターをゲットするゲームみたい」
学校からの帰路の途中で、まさきが呟いた。
モンスター、というのは差別用語なのだが、当人であるまさきが言うなら問題はない。
彼女もまた、亜人と人間の間に生まれた子供――『デミチャイルド』なのだから。
正確に言うなら、少し遠い。
まさきの両親は人間同士だが、祖母が亜人なのだ。
老いても尚、三十代にしか見えない祖母は、エルフである。
彼女の金髪は、他でもない祖母からの遺伝だった。
デミチャイルドの多くが、魔法少女の正体だ。
彼女たちが魔法と呼ぶ不思議な力が、亜人たちから遺伝している特性と言える。
ごく少数だが、デミチャイルドでなくとも魔法少女になることはできるが、難しいだろう。
魔法少女には派手な演出が不可欠だ。
特性という魔法がない以上、やはり地味になってしまうことは否めず、その欠陥は必然的に人気に繋がり、余程のカリスマ性がなければ自然と業界から消えていく運命にある。
だから事務所はまず、面接の時点で将来的に、厳しいことを伝えている。
それでも残る者は残るし、地道に功績を積み上げていく魔法少女の縁の下の力持ちもいれば、裏方に回り、担当する魔法少女に振り回され、他方に頭を下げるマネージャーという役を買って出る者もいる。
「ちょっとさらん!? 今、どこにいるの!? とっくのとうに今回の舞台は終わってるんだけどッ!?」
電話の先の担当魔法少女の信じられない言葉に、月子マネージャーが肩を落とす。
「……は? 四国? ちょっ……なんで!?」
高原さらんは極度の方向音痴で、しかも自覚がない。
なのに異様な自信を持ち、勘違いした目的地に向かって前進し続けるという厄介な欠点がある。
一旦止まって確認しようとは思わないのか……、と呆れてしまうが、迷った、と思いもしないのだから確認しようと石橋を叩く発想がないのか、と、どうしようもなさにがくりと首が落ちそうになった。
「……誰かを迎えにいかせるから、もうそこから動かないで待ってて」
そうは言ったが、迷っている内に四国に辿り着いた、とは、限らない。
『りりなも今一緒にいるんだ、日帰りの旅行でもしてからそっちに帰るよ』
は? と月子マネージャーの思考が止まる。
……新沼りりなまでが、四国にいる?
恐らくは、チームメイトの所在を追って迎えにいったのだろうが、いや、だったら一言連絡してほしいというのが本音だった。
彼女はリーダーである自覚が強過ぎて、ゆえになんでもかんでも責任を背負って解決しようと動いてしまう。
問題児が集まったチームの中では比較的常識人だが、やはり彼女も彼女でおかしい。
仲間に親身になり過ぎて、他を疎かにし過ぎだ。
主に自分自身を。
月子マネージャーと同じくらい、他方に頭を下げている気がする。
しかも来年は卒業で、受験も控えているのに、自分の時間を使ってさらんの元へ向かうとは……今、十二月なんだけど大丈夫?
純粋な心配で胸が痛い。
高原さらんは優秀な学力で万が一にも浪人する心配もないのだが……自他共に認める凡人であるりりなにとっては、一分一秒でも時間が惜しいと感じるくらい、厳しい学力だ。
本当なら魔法少女の活動だってしている暇はないのだが――彼女にはまだ、やり残したことがあると言っていた。
もしかすると(多分、狙ったわけではないにせよ)、わざわざ東京から四国まではずれたのも、二人で話をするためだったのかもしれない……、決して聞かれたくない話を。
「……分かったわ。気を付けて帰ってきてね、二人とも」
通話を切ってから、意識を失ったように机に突っ伏す。
「ああああああああああああああああああああもうっっ!!」
事務所には現在、月子マネージャーが一人だけなので、叫んでもなにも言われない。
社長は昼間からキャバクラだろうか(遊んでいるわけではなく、怪人側の事務所との繋がりを持つための、付き合いだ)……他の社員は担当している魔法少女が優秀なので、他方に売り込みにいっている。
電話ではなく実際に伺っているのは、仕事が確約するのが分かっているようなもので、その後の飲み会がメインになっている。
もしも、断られる可能性があるなら、移動時間の無駄を省くために事務所からの連絡で済ませてしまう。
これまでの月子マネージャーのように。
「……本当に仕事が欲しいなら、実際にいって媚びを売る方が可能性が高いんだけど……あの子たち、台本通りにやらないのよね……」
それが悪だと言うつもりはなかった。
月子マネージャーの持論だが、良い意味でも悪い意味でも、今の魔法少女はみんな素直過ぎる。
言われたことをはいはいと頷いて徹底してこなす。
台本の出来によって舞台の完成度が左右されるほど、アクシデントや偶然や奇跡が少ない気がする。
その分、リスクも限りなく少ないのだが……。
贅沢を言えば面白味がなくなっているとも言える。
もっとハラハラドキドキできるような、本当に、魔法少女と怪人が戦国時代の斬り合いをしているような、そんな画が見られたら――と。
「あの子たちなら、そういう画が見せられると思うんだけど……」
理想は言えるが、現実を見ると難しい。
成功すれば爆発力は大きいが、失敗するリスクも大きい。
一つの舞台に、たくさんの人たちが関わっているのだ、新人マネージャーの意見が通るはずもなく、納得させるための材料もない。
安全、安定、今の時代は、冒険心がなく守りに入ってしまっている。
だから、魔法少女も同じような展開の繰り返し。
受けたら繰り返す、飽きられたら変える、それは当然の流れなのだけど、一定のサイクルでループしていて、新規には目新しいが長年親しんでいた者にとってはまたこれか、となる。
誰かが革命を起こさないといけないのかもしれないが、少なくとも、
「今の私の力と地位じゃ無理……なのよね……」
純粋な人間で、天才でもなければ飛び抜けた人望もない凡人の月子には、魔法少女でなくとも、挫折の果てに辿り着いた裏方でも、一つの風も起こせない。
デミチャイルドは二種類に分けられる。
まさきのように人間の見た目に寄った人型と、
亜人側に見た目が寄っている、獣型だ。
中には、両方の型を持つ者もいる(ちなみにケンタウロスは獣型になる)。
ハーピーのように羽部分だけが獣で、残りは人間の見た目、となると後は各々の解釈だろう。
羽が大きければ獣型だが、比較的小規模であれば、人型になる。
なぜ、こうして分けているのかと言えば、獣型は魔法少女にはなれないからだ。
もちろん、少年でもなれない(中には例外もいたりするが)。
元々、怪人役という仕事は、純粋な亜人たちの社会貢献から生まれた職業である。
純粋な亜人(昔の筆頭は、リザードマンだった。不良や悪さの象徴がリーゼントや刺青であるように、今でも怪人の象徴はリザードマンであると言える)が悪役を引き受けることで、それを退治するヒーロー役が生まれた。
中でも可愛らしい見た目と、アイドル的存在を兼任できるということで、魔法少女が先鋭化されていったのだ。
テレビの中よりも、身近で、強い憧れを子供たちに抱かせることに成功した。
そして、子供だけに留まらず、その人気は大人たちにも届いている。
高い影響力から、大衆扇動の役割をも担っているのが、魔法少女と怪人だ。
亜人たちは、その獣に寄った見た目から嫌悪されていたが、それゆえに、亜人たちを利用している大人たちから認められ、社会への窓口が設けられた。
遠い昔の話……先人たちの苦労があって、今がある。
それは人間だろうが亜人だろうが同じことだ――もっと言えば、見た目が違うだけで、人間も亜人も同じ。
いがみ合うこともないのだが――、
同じ種族同士でもそういう事例は後を絶たないのだから、難しい話だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます