願いをさえずる鳥のうた

増田朋美

願いをさえずる鳥のうた

願いをさえずる鳥のうた

やっと、長かった梅雨が明けて夏がやってきた。もうこれで、大雨にさいなまされることもないんだと、みんな、そういうことをかんがえて、思いっきり夏を楽しみたいけれど、今年は、発疹熱が流行っているせいか、みんなどこにもいかないで、家の中で、エアコンの下にいた。そういうわけで、テレビとか、ゲームなんかがうなぎ上りに売れていったが、飲食業界は著しく貧困という時代がやってきた。誰でもみんな、平等に、幸せになれるなんて、絶対あり得ない話になってしまったのである。

その中で、上野奈良枝は、今日も憂鬱な日々を過ごしていた。彼女は、現在音楽事務所には所属しているが、ほとんど事務所の言う通りにはしてこなかった。それを、彼女は、自分が音楽をしているからだと思っていた。現在人気のある、ショパンとか、モーツァルトを演奏するのではなくて、もっと、知られていない作曲家の作品を弾くことに、生きがいを持っていた。お客さんに媚びないで、自分のありのままの演奏をすること。それが、奈良枝の与えられた使命だと思っていた。でも、こんなことは、平穏な世の中でなければできないことであることを彼女は知らなかった。つまりどういいうことかというと、事務所は、人気のある人だけを残して、それ以外の演奏家を削除しようという方向に行き始めたからである。

そういうわけで、上野奈良枝は、どうしたらいいのかわからないでいた。

今日も、ピアノを練習した。奈良枝の本棚には、あまり普通の人が好まない作曲家の作品ばかりが並んでいる。ムソルグスキー等ロシアものとか、ルイス・ケーラーなどのあまり人に知られていない作曲家の作品。奈良枝にとっては美しいものであるかもしれないが、今は、ただのうるさくて、迷惑をかける音楽でしかない。

とりあえず、比較的知られている、ムソルグスキーの展覧会の絵を練習したが、荘厳な曲であっても、このご時世に弾くには、一寸、むなしい音楽になってしまうのだった。

奈良枝が、あーあ、とため息をついて、楽譜をしまおうとすると、インターフォンがピンポーンとなった。誰だろうと思ったら、奈良枝の音楽学校時代の友人である、杉原淳子さんだった。

「こんにちは。」

杉原さんは、マスクを外しながら、そういうことを言った。

「ああ、どうも。どうしたの、こんな時に。」

と、奈良枝が聞くと、杉原さんは、

「一寸お邪魔していいかしら。」

と、彼女に言った。一体なんで、こんなところに来たんだろうと思われた。だって、杉原さんは、音楽学校を出たらすぐ、サラリーマンの男性と結婚してしまって、毎年奈良枝に、年賀状を送りつけてくれていたのに。

「どうしたの?旦那さんと一緒じゃないの?」

と、奈良枝は、どんどん部屋に入ってくる杉原さんに言った。

「ええ、今は、仕事にでかけてて、家は私一人なのよ。子供も、学校に行っているし、そこで、同級生とうるさく何かやっているんじゃないの。」

杉原さんは、そういうことを言いながら、廊下を歩いてきて、一寸座っていいかしらと奈良枝に言った。奈良枝がああどうぞというと、よっコラショと言って杉原さんは椅子に座った。

「そか、杉原さんは幸せね、そうやって、旦那さんもいて、子供さんもいるんだから。あたしなんかより、よっぽどさみしくないんじゃないかしら。」

奈良枝は、杉原さんにお茶を出しながら言った。

「そうかしら。」

と、いやそうな顔をして言う杉原さん。

「はあ、どうしたの?」

「だって、旦那なんて、何をしてくれるというのかしら。毎日毎日仕事が忙しくって、残業も休日出勤も当然だと思っているから、もう私のことも子供のこともほっぽらかしよ。」

「でも、子供さんは、そうじゃないでしょ?」

「いいえ、そんなことない。学校が終われば、同級生の家に遊びに行っちゃうし、同級生のお母さんには、子供が一人っ子である事で、冷たい目で見られちゃうのよ。ひとりっ子って、そんなに悪いことかしら。学校の先生は、お母さんがちゃんとしつけてくれないと困りますって、そんな風に言うし。」

奈良枝が、相槌を打ちながら言うと、杉原さんは、そういうことを浪花節のように言うのだった。そして、杉原さんは、こんなことを言いだすのである。

「ここだけの話よ。誰にも言わないでね。私、人生間違えたわ。奈良枝さんが正解よ。音楽学校を出たら、一人でのんびり演奏しながら暮らすのが一番。もう、あたしはね、音楽学校出たからって、何もいいことなかったわ。もう、旦那は、いつまでたっても仕事ばっかりだし、子供は勉強もしないで遊びっぱなし。あたしは、一体、何の価値があるのかしらね。もう、ただ食事作って、ただ洗濯物干して、ただ、掃除して。あーあ、何をやっているのかなあ。」

「ぜいたくな悩みよ。淳子ちゃん。そういうことができるって、幸せな証拠じゃない。」

と、奈良枝は言うのであるが、本当は、淳子さんのことが、うらやましくてしょうがないのだった。本当は、いつまでも仕事ばっかりの旦那さんに、奈良枝のほうが頼りたいくらいだ。そうすれば、こんなつらい思いをしなくて済んだのに。

「ねえ、奈良枝さんは今でも演奏活動しているんでしょ。うちの中に楽譜がたくさんあるもんね。今でもしっかり勉強してて、本当にえらいと思うわ。あたしも、できれば、そういう生活、もう一回したいなあ。」

と、いう淳子さんに、

「そんなことはやめておいた方がいいわ!あたしみたいにむなしい生活、あなたにも味わってほしくないわね。」

と奈良枝は急いで言ったが、淳子さんは、そう思い続けていたようで、奈良枝に向かってこういう事を言った。

「そんな、むなしい生活じゃないわよ。だって、あたしは、もう音楽の世界には戻れないのよ。奈良枝さん見たいに、音楽学校出てからも、音楽を続けていられるなんて、そうめったにはいないわよ。奈良枝さんは、ほんと、恵まれてる。あたしみたいに、ご飯をくれなきゃいけない人が、いるわけじゃないんだから。」

「ご飯くれなきゃって、家畜に餌をあげているみたいな言い方ね。すごいことじゃないの。淳子さんは、自分がいてくれなければ困るという相手がちゃんといるのよ。」

淳子さんは自分のよくというか思いを、際限なく話すつもりのようだった。そういうことを聞かされても困ると奈良枝は思ったのであるが、淳子さんは、大きなため息をついて、

「まあねえ。奈良枝さんは、演奏会があってすごいことたくさんやっているんだと思うけど、奈良枝さんだって、悩んでいることはあるんでしょうね。まあ、あたしたちに比べたら、小さいものだとは思うんだけどさ。お互いさまにしましょ。」

といった。その言い方が、何ともバカにするような言い方だったので、奈良枝はちょっと癪に障った。

「まあ、私が、そんなまずいこと言ったかしら。」

奈良枝の顔を見て、淳子さんは言う。

「まずいことというか、あたしだって、困っていることはあるわよ。結婚して子供持っているからって、一番偉いんだというような言い方はしないでね。」

「子供を持っているって、あたし、好きで産んだわけじゃないのよ。ただ、旦那の家族が子供を欲しがっていたからよ。それで仕方なく。本当は、音楽の勉強だってやりたかったもの。」

奈良枝がそういうと、淳子さんは、そういうことを言った。

「奈良枝さんは、すごいわよ。あたしたちは大体さ、旦那に頼って、その言いなりにならなきゃ生きていかれないっていうのに、一人でピアノを弾いて暮らしてるんだから。奈良枝さんより、すごいものを持っている人だって、奈良枝さんのようにはなれないんじゃないの。」

「すごいものを持っている人?」

と、淳子さんは、そういうことを言った。

「どういうことよ。」

奈良枝は淳子さんに聞いた。

「奈良枝さん知らないの?あの右城君の事。あの輝かしい成績を修めた人がよ、ほんの数年、演奏をしただけで、音楽業界から、忽然と姿を消したのよ。今はどこで何をしているんだか。奈良枝さんは、そういうことしないで演奏活動し続けたんじゃないの。」

「だから、すごいじゃないの。奈良枝さん、演奏活動続けて。それで頑張っていけば、絶対、奈良枝さんは幸せになれる。だって、あんな難しい作曲家の譜本がいっぱいあるんだし!」

淳子さんの励ましは、どこか無責任であった。まるで、奈良枝のことを、ただ遠くから眺めているだけで、奈良枝のことを、ただ、そういうことを言っているだけのような。

「大丈夫。奈良枝さんみたいに、どんどん難しい曲を弾いてきた人なら、それなりに頑張ればやっていけるから!じゃあ、あたしはうちへ帰るわね。もうすぐ、子供が帰ってくるわ。まあ、ギャーギャーうるさいだけの子供だけど、あたしの子供であることは間違いないんだし。」

さっきの、子供が嫌だとかそういう話は、どこかに消えてしまったらしく、淳子さんは、にこやかな顔をして、奈良枝にそういって椅子から立ち上がった。あーあ、全く。そういう淳子さんは、本当に、勝手というか、気ままというか、なんというか、そういうところがあるんだなと奈良枝は、いやだというより、あきれてしまうのである。返って、奈良枝の抱えていた問題を、淳子さんは、大きくしてしまっただけのように思う。それでは、何も意味がない。

「ありがとうね。奈良枝さん。話を聞いてもらって、ほんとうれしいわ。じゃあ、また何かあったら、お話に来るから。今日はごめんなさいね、奈良枝さん以外、お話しできる人いなくて。だってほかの友達も結婚しちゃってるしさ、子供を持ってて、皆忙しいから。奈良枝さんがいてくれてほんと助かった。ありがとう。」

と、淳子さんは、鞄をもって、廊下を歩き、玄関を出ていった。まったく、幾ら同級生といえ、こうやって他人の家に平気で入ってくることが許されるのかしら。と奈良枝は思ったが、そんなこと、淳子さんは気にしないでいるようだった。全く、結婚して子供をもっている人のほうが、順位が上であるとでも言いたげだ。多分、奈良枝は人生の勝利者ではなくて、敗北者となっていて、勝者が勝ったことを、ただ押し付けられているだけなのだろう。

「あーあ、あたしも、淳子さんのようになれればよかった。」

と、奈良枝は、大きなため息をついた。

奈良枝はまた一人になった。

外には、田舎らしく、小さな鳥が鳴いている。いつもなら、うるさいくらいで、すぐにベランダに出て、追っ払ってしまうはずなのに、奈良枝は今日は、そんなことしたくないという思いがした。鳥は何を歌っているのだろう。幸せを願って歌っているのなら、自分のことを歌ってもらいたいくらいだった。

どうせ、自分のことを誰かに話しても、奈良枝さんは、恵まれているというひとばかりだろう。でも、それは、自分の本当のつらさをわかってくれないという、人ばかりだということである。

またインターフォンがなる。今度は何だと思ったら、宅急便の配達員であった。何を持ってきたのかと思ったら、音楽学校の卒業生と在校生に配られる、学校が発行している機関紙である。

広げてみると、音楽学校の先生のエッセイとか、卒業生のエッセイなどがつづられていたが、もう音楽学校を出て二十年以上たってしまっているので、もうおなじみの先生や生徒は誰一人載っていない。あの、杉原淳子だってもちろん載っていないけれど、自分自身も載っていないということだ。掲載してされていると言えば、世界的に有名になって、今はアマチュアオーケストラの指導に熱をあげている、広上鱗太郎さんとか、クラシックを捨てて、ロックのパフォーマーになった同級生とか、そういうひとくらいである。まあ、音楽学校というか、どの大学でも、大学の機関紙に掲載されて、有名になれる人はごくわずかなのである。大体の人は、無名な一般人になっていく。大学何てそんなもの。だから、人生に大きく影響はしない。

しかしながら、ほんの一割か二割くらいだけど、一般人ではないという人が、大学に現れるということもある。そう言えば、同じクラスだった、右城君はそういうひとだったと、奈良枝も淳子さんも認めていた。あの人は、教授からも絶対大物になると言われていたし、ほかの同級生も、自分たちには果たせないことをやり遂げられてすごいと思っていた。淳子さんの話では、右城君は演奏会から忽然と姿を消したという。それではいま、どこで何をしているんだろう。まあ、有名な人であれば、パソコンで検索すれば出てくるかと思ったが、スマートフォンで右城水穂さんと検索してみても、掲載しているサイトもどこにもなかった。公式ウェブサイトがあるわけでもなければ、音楽事務所に写真が掲載されていることもない。右城君の顔は、今でもはっきり覚えている。当時、どんな絵師でもまねできないほど、美しいと言われたひとだ。フランス映画の俳優だって、彼には敵わないというくらい綺麗だった。あんな容姿にも恵まれて、世界一難しい楽曲と言われるゴドフスキーの曲を平気で弾きこなして、そんな人が、大物にならないで、普通に暮らしているはずがない。絶対どこかで有名になっているはずなのに。

淳子さんは、右城君は演奏会から忽然と姿を消したといった。奈良枝は、急いで音楽学校の卒業アルバムを出してみる。なぜか、もう二十年以上前の事なのに、奈良枝は音楽学校の卒業アルバムを所持していた。もうとっくに捨てている人もいるかもしれないが、奈良枝はこういうものは大事にした方が言いと思っていたのだ。

それに確か、卒業生たちの住所も載っているはずだ。中にはスマートフォンの番号とか、そういうものを記載している人もいる。確かに載っていた。音楽学校の卒業アルバムに住所が。それはもしかしたら、女性であれば結婚したりして変わっている場合も多いが、男性の場合は、そうではないことも多いと思う。まあ、今の時代には、たまに男性が改姓することもあるけれど、二十年前の事だから、本当にそういう例は少ないと思う。

その卒業アルバムによると、右城水穂君は、静岡の富士というところに住んでいるらしかった。

「静岡県富士市伝法、坂本、、、。」

と、奈良枝は、その住所をメモ用紙に書き写した。なぜか右城君という人物を、探し当てなければと思った。いつもの事なら、人の事なんて気にしないはずなのに、奈良枝は右城君のことが気になった。あの、杉原淳子さんが、右城君の話をしたとき、思い出したのは、右城君の端麗な容姿と、天才的なピアノ技術だけではない。口では言えないけど、何か思いだしてしまったのである。何だろう。奈良枝はそれを分析して表現することはできなかった。彼女は、分別することはあまり得意ではなかった。音楽家にはそういうひとは割と多いかもしれないが、、、。

奈良枝は、まず富士市のどこに右城君という人がいるのか、確かめてみたくなった。ちょうど、自分の同級生に、静岡県に嫁いだ人がいたことを思い出す。その人の番号は、ちゃんとスマートフォンに明記している。というのは、奈良枝が静岡市でリサイタルをやったとき、誘致したのは、その同級生が勤めている会社だったからだ。すぐに奈良枝は、彼女の番号に、電話アプリで電話をかけた。

「もしもし。」

「あ、伊丹さん?私、上野奈良枝です。」

伊丹さんは、奈良枝の声を聞いてちょっと驚いている様子であったが、

「あああのね、一寸聞きたいことが在るんだけど。」

と、奈良枝は伊丹さんに聞く。

「あのね、一寸聞きたいんだけど、あなた静岡の富士って行ったことある?」

奈良枝が聞くと、伊丹さんは、ええもちろん、隣町だから何回もあるわと答えた。

「その富士の、伝法って知ってる?」

「伝法?」

急に伊丹さんの声が変わる。

「そこに誰か知り合いでもいるの?」

「そ、そういうわけじゃないけど、一寸知りたいことが在って。」

「い、いやだあ。ちょっと、あたしはあの地区は行きたくないわねえ。今でこそ、ゴルフ場が立って、人が行けるようになってるけどさあ、昔はあの地区は、富士でも屈指のスラム街だったって聞くわよ。」

と、伊丹さんは言った。

「ちょっと待って。伊丹さんのご主人は、民生委員だったんでしょ?」

「ま、まあ、そ、そうなんだけどね。あたしも主人も一寸あそこは行きたくないわねって、よく言ってたのよ。今はどうだかわからないけど、グロテスクで派手な着物着て、道路で物乞いしてたって聞いた。」

そんな事、、、。と、いうことは、右城君という人は、そういうところに住んでいるのだろうか。でも確かに、卒業アルバムに書いてある住所は、富士市伝法坂本である。

「奈良枝さんどうしたの?急に、そんなところを口にしたりして。奈良枝さんは、そういうところなんて、全然縁がない人だと思ってたけど?」

伊丹さんはそういうことを言っている。

「いや、一寸気になることが在って、、、。」

「奈良枝さん、そういうところはね、気にしないほうが身のためよ。どうせ、あたしたちには解決できないんだから。そんなところに、足を踏み入れたら、もういいことなんて何にもなくなるのよ。そこに住んでいる人と同じように言われるの。離婚すれば解決するかっていう事でもないの。離婚したとしても、あの地区に住んでいたというレッテルは、一生くっついて離れられなくなるのよ。」

「そんなこと、、、。」

「だからダメ。奈良枝さん、こういうことは、絶対にくっつかないことが最善の予防策なのよ。もうそういうひとは、あたしたちには解決できないんだから。奈良枝さんは、それなりに地位もあるし、演奏家として名前もあるんだから、自らその名前を傷つけないように生活して!」

「そうなのね、、、。」

奈良枝は、右城君のことを口にしようかと思ったが、伊丹さんのいうことが正しければ、そうしないほうが賢明だと思った。ありがとうと言ってとりあえず電話を切る。でも、何だか、呆然としてしまった。あれほど、天才的な演奏技術があった人が、関わってはいけないところからやってきたのだろうか。そんなこと、あり得ない。でも、右城君は、確実に、音楽学校にいたのだから、、、。最近問題になった、実在しない高齢者の名を借りて、お金をもらおうとした悪人とは違う気がする。そういうわけではなく、ちゃんと実在した人物のはず、、、。

もう一度奈良枝は、インターネットで、右城君のことを、調べてみたが、どうしても引っかからなかった。演奏家としてのホームページもないし、彼の所属している事務所も見当たらない。

ということは、あの、伊丹さんの言うことは確かなのではないかと、奈良枝は思い直した。そういう簡単に人が入れないところから来たのだから、インターネットに名を載せなかったのではないか。もし、演奏家にとって、自分の名前が傷つくくらいひどいことはない。

「そうかあ、、、。」

奈良枝は、思わず声には出さないけれど涙を流して泣いた。そうか、学生時代に思いを寄せていた人は、そんな人だったのか。そんな所からわざわざ音楽学校にやってきたのか。もっと、豊かな生活をしていたと思ったら、そういうことではないのだ。人間は、本当に見かけだけではわからないものだなと、奈良枝は思い直させられた気分だった。

「でも、あたしは、あの人を忘れないわ。」

と、奈良枝は思った。同時に、自分は何て恵まれているのだろうと考え直した。右城君のような、生まれたところが悪かったせいで、スタートから負けているという身分ではない。それなら私はまだ、やれるじゃないの。よし、もう一回、今度はちゃんと演奏家らしく生きていこう。

奈良枝の家のベランダで鳥が鳴いていた。その鳴き方は何かねがっているように見えた。鳥は何を願って鳴いているのだろうか。それとも自分をバカにしているのか。でも、いずれにしても、自分は誰かを幸せにするために、演奏をしていかなければならない。

鳥は、二、三回、ちゅんちゅんと鳴いた後、新しい人間を求めてか、それとも単に居心地が悪かっただけかもしれないが、広い青空へ飛び立っていった。

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願いをさえずる鳥のうた 増田朋美 @masubuchi4996

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