木こりは女神に一目惚れしました。

弥々未実美

オープニング 落し物

女神は微笑みながら、木こりに尋ねた。


「貴方が落としたのは、この金の斧ですか?」


「いえいえ。そんな立派なものではございません」


「そうですか…」


そう答えると女神は1度湖の中に戻り、今度は美しい銀の斧を持って現れた。


「 では貴方が落としたのは、この銀の斧ですか?」


「いえいえ、そんな見事なものではありません」



木こりは正直ものだった。



「そうですか…!貴方はなんと正直な人間なんでしょう…!」


女神は両手を顔の前で合わせて、はちきれんばかりの笑顔を浮かべている。



「そんな正直者なあなたには鉄の斧を返すばかりでなく、この金の斧と銀の斧も差し上げましょ…」


「待ってください」



予想外の木こりの返事。

女神は思わず驚きの声を漏らしてしまった。


「えっ」



しばらくの間、時間が止まったかのように硬直した二人の間を小風が駆けてゆく。



「…ごめんなさい。もう一度なんと言ったのかお聞きしても?」



「待ってくださいと言いました」


木こりはキッパリと答えた。

無駄に凛々しい表情である。


「えぇ…?」


おかしい。

人間が神の無償の厚意を無駄にすることがあるだろうか、いやない。

というより何を待って欲しいのだろうか。

分からない。

一体…何を言っているんだこの人間は…?


女神の頭の中を駆け巡る 混乱 。


その混乱を解決するかのように、遂に木こりは口を開いた。




「私が落としたのは鉄の斧です。

ですが落としたのは私だけではない。


そう!あなたも落としたのです…!」



…何言ってんだこいつ


女神の中で女神らしからぬ言葉が浮かんだ。


私が何を落としたっていうの…?命?尊厳?信用? え〜もう全然わかんないわ…


数秒経ってようやく、女神は自分が女神らしさなど微塵もない様子を見せていたことに気がついた。


一つコホンと咳払いをして女神の尊厳を取り戻したあと、


「それで…何を私が落としたんですか?」


と、少し怖いが何を言っているのか分からないのでとりあえず聞いてみた。





「…貴方が…落としたもの…それは…」


木こりは呼吸を整えると、言った。






「僕の心です!!!!!!」








そう、これは木こりが湖の女神に身分知らずな恋をしてしまった物語である。

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木こりは女神に一目惚れしました。 弥々未実美 @siva-inu

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