第336話

「え〜っ⁉︎ 不破くんって女の子だったの⁉︎」


 森閑しんかんとした夜の校舎にアンナの声が響き渡った。


「どうして⁉︎ どうして⁉︎ どうして⁉︎」


 信じられない、かといって冗談とも思えないアンナは、ほとんど半狂乱になっている。


「どうして? 僕がそういう性別に生まれたから」

「だったらさ、昔からずっと女の子ってこと?」

「そうだよ。それで体育とか欠席していた」

「う〜ん……あの不破くんが……」


 恐る恐るといった感じで胸元に手を伸ばす。


「触っていい?」

「いいよ。今夜はサポーターを巻いていない」


 まずは指先でツンツン、それから手のひらでペタペタする。

 うわっ⁉︎ 胸が生えてる⁉︎ といって大きくのけぞった。


「つまり、つまりだよ! 宗像くんとキョウカは不破くんの正体を知っていたの⁉︎」


 リョウとキョウカは異口同音に認める。


「え〜っ! ずっる〜い! 私にも教えてほしかったのに〜!」


 親友に裏切られた悔しさで足をバタバタ。


「アンナは素直ちゃんだからね〜。秘密を守るの、苦手そうだからね〜」

「うぅ〜。それはそうだけれども……」


 それまで黙っていたミタケに肩を叩かれた。


「宗像と不破って……いや、不破さんって、付き合っているのかよ」


 まあな、と返しておく。

 BLカップルじゃなくて悪かったな、とも。


 だいたいの事情を察したミタケは、幽霊でも見つけたようにギョッとした。


 ヒントはあった。

 修学旅行とかのイベントをアキラは全欠席していた。

 表向きは病弱ということになっていたし、アキラが貧弱なのも事実なのだが、中身が女子と知らされたら納得だろう。


 でも、良かった。

 これでアキラの肩の荷が一つ下りたのだから。


「他のみんなに打ち明けるのは2年後とか4年後になると思う。誰から打ち明けるべきか考えたとき、雪染さんと須王くんの名前を真っ先に思いついた。君たちは特別なクラスメイトだから」

「不破くん、私たちのことをそこまで大切に思ってくれていたんだ」

「もちろん。だますような形になって、本当にごめん」

「そんなっ⁉︎ いいよ、別に!」

「雪染さんは優しいね」


 アキラから信頼が伝わってきたことで、嬉しさのピークに達したであろうアンナは、女友達の体をギュッと抱きしめた。


「あぅ……」

「かわいい! あと細い! なんか良い匂い!」


 気になることは無数にある。


「不破さん? アキラさん? はノンケなの? それともバイセクシャルなの?」

「たぶん、バイセクシャル。女の子に恋したこともあるから」

「おお……なんか奥が深いね」


 アキラの秘密をカミングアウトした以上、今夜は話題に困るなんてことはなさそうだ。


 5人で屋上へやってきた。

 さっそく天体望遠鏡をセットする。


「リョウくん、なにか見える?」

「ちょっと待ってろ……」


 ピントを合わせた望遠鏡をアキラにのぞかせた。


「おおっ! お月様の表面がはっきり見える! デコボコしている! 格好いい!」


 この時期に見やすい星は、シリウス、レグルス、カペラ辺り。

 みんなで順番に探した。


 キョウカが震えてくしゃみしたとき、リョウはカバンからカップ麺を取り出した。

 うどんとラーメンの2種類あり、どちらもカレー味。


「ポットでお湯を沸かせるよ! 案内するから誰かついてきて!」


 カップ麺はキョウカ、アンナ、ミタケの3人に託した。


「ねえねえ、リョウくん。卒業式があったの、1週間くらい前の気分だよね」

「そうだな。今日はやけに充実しているな」

「受験シーズンって、どうしても変わり映えしない毎日の繰り返しになるから。これからが楽しみだ」

「俺は学校の屋上で食うカップラーメンが楽しみ」

「なにそれ」


 クスクスと笑うアキラの横顔を、3月の白い月が照らしていた。

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