第335話

 夜の学校へやってきた。


 ゲートのところに守衛さんがおり、いつもは立ち入り禁止なのだが、キョウカが理事長の許可をもらっているから、すんなり通してくれた。


「神楽坂さん、なんて理由にしたの?」

「素直に天体観測って告げたよ。科学の授業の延長だからセーフ」

「ご両親にも?」

「もちろん」


 正面の玄関は閉まっているので、職員用の裏口から侵入する。

 キョウカは懐中電灯を持ってきており、真っ暗な廊下を照らしてくれた。


「うぅ……怖い……廊下の電気、つけられないの?」


 アキラはスタート地点から怯えまくり。


「つけられるよ、電気」

「だったらなんで懐中電灯⁉︎」

「にゃはは〜。だって肝試しみたいで楽しいでしょう」

「まったく……」


 まずは職員室へ向かった。

 ここで屋上の鍵と科学準備室の鍵をゲットする。


 黒々とした中庭が見下ろせて、なにか潜んでいるようで、たしかに怖い。


「うぅ……夜の学校って、かなり寒い」


 アキラが震えているのは寒さのせいか恐怖のせいか。


「さて、科学準備室に着きましたが……」


 鍵を外したキョウカが振り返る。


「誰が望遠鏡を取ってくる? ジャンケンで負けた人?」

「ええっ⁉︎ そこは3人で取りにいかないの⁉︎」


 アキラが驚くのも無理はない。

 科学準備室といったら、人体模型とか骨格標本とか、ホラーネタの宝庫なのだから。


「1人が見張りで、2人が取りにいくか。アキラが怖いなら、見張り役でいいぞ」


 リョウはいう。


「おかしいだろう! なにを見張るのさ! だいたい、ホラー映画で死ぬのは、見張り役だろうが!」

「大げさな……死にはしないよ。18歳になって、まだ幽霊とか悪霊とか信じているのかよ」

「はぁ⁉︎ バカにしやがって!」


 アキラはしばらく逡巡しゅんじゅんした末、1人は嫌だ! といってリョウとキョウカの背中を追いかけてきた。


 1メートルくらいの筒がついた天体望遠鏡をゲットする。

 かなり値が張りそうなので、慎重に部屋から運び出した。


 ここまでは順調。

 あとは屋上へ持っていき、セッティングすれば、冬の天体観測ができるはず。


「……あれ?」


 異変に気づいたアキラが耳に手を当てる。


「どうした?」

「ねえ、リョウくん、キョウカちゃん、なにか聞こえない?」


 リョウも耳を澄ましてみる。

 聞こえるような、聞こえないような、風とは違った旋律が流れてくる。


「こっち、こっち」


 月明かりに照らされた廊下を、アキラがトコトコ進んでいくから、リョウたちは慌てて追いかけた。


 ふいにアキラが足を止める。

 視線の先にあるのは音楽室。


「この曲……ショパンのノクターンだ……きっと幽霊がピアノを演奏しているんだよ」

「そんなバカな……」


 リョウは笑い飛ばそうとしたが、表情筋が引きつって、うまく笑えなかった。

 たしかに音楽は本物なのだ。


 夜の学校に?

 ピアノの演奏?

 いつの時代のホラー映画だよ、という感じで信じられない。


「でも、私にもノクターンが聞こえる。ちょっと、宗像、男の子なんだから確かめてきなさいよ」


 キョウカがいう。

 都合の良い時だけ男扱いしやがって。


「しゃ〜ね〜な〜」


 音楽室に近づくほど音は強くなった。


 ドアのところに何かある。

 立てかけられたスマホだ。

 ミュージックプレイヤーが起動しており、ノクターンをリピート再生している。


 はぁ……。

 これはキョウカのいたずらだな。

 スマホが廊下にあるってことは、たぶん協力者がいるのだろうな。

 そこまでリョウが考えたとき……。


「うわあぁぁぁぁっ⁉︎」


 アキラのでっかい悲鳴が響いた。


 背後から誰かに襲われている。

 その人物にリョウは見覚えがあった。


「なんだよ、雪染さんかよ」

「やっほ〜」


 ドッキリが成功して大満足といった様子。


「びっくりした〜! 死ぬかと思った〜!」

「えへへ、不破くん、驚きすぎ」


 アンナの他にミタケもいる。


「よっ、宗像」

「なんだよ、キング。夜の学校で雪染さんとデートかよ」

「おい……」


 リョウはやれやれと呆れつつ、スマホを持ち主に返しておいた。

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