第二十三章 卒業後

第337話

 天体観測の夜から数日後。

 大学入試の結果を確認するため、いくつか電車を乗り継いで、大学のキャンパスへやってきた。


 受験生の姿がたくさん見える。

 今日は現役の大学生も来ており、サークルのビラを配ったり、胴上げのスタンバイ中だったりした。


 もちろん、合否をチェックするだけなら、WEBからアクセスした方がはるかに楽チン。

 臨場感とかムードが目的という以外、現地へやってくるメリットはない。


「僕とリョウくん、どっちの結果からチェックする?」

「う〜ん……そうだな」


 アキラがいい。

 ほぼ100%合格しているから。

 弾みをつけるという意味でも、アキラ、リョウの順番にすべきだろう。


「よしっ! じゃあ、リョウくんの結果から確認してみよう!」

「なんでっ⁉︎」

「僕が受かったのを知ったあとに、リョウくんが落ちているのを知ったら、お通夜になるだろう」

「たしかに……」


 というわけで、リョウが受験した学科へ向かう。

 その名も経営IT学科。


 いかにも胡散臭うさんくさそうな名前だけれども、一言でいうなら経済学と情報工学のハイブリッド。

 言い換えれば文系と理系の折衷せっちゅうみたいなところ。


 ITリテラシーの高い学生をこれからの社会に送り出そう、という立派なミッションのため、数年前に新設された学科なのだ。


 初年は鳴り物入りということもあり、そこそこの人気を集めたらしい。

 でも、座敷が高そう、プログラミングって難しそう、などの理由により、女子学生からの応募が激減してしまった。

 そのため、穴場の学科というポジションに甘んじている。

 卒業生の就職先は悪くないにもかかわらず、だ。


 おもしろそうだけどな、プログラミング。

 マスターしたらゲームとかホームページとか自作できそう。


 普通の学生がプログラミングを習おうと思ったら、民間のスクールに通うか、コツコツ独学するかの二択だし、大学で習った方がはるかにお得じゃないだろうか。


「リョウくんって、将来、システムエンジニアも視野に入れているの?」

「そうだな。マンガ家になれなかったら、マンガアプリを運営する人になりたい。そして仕事しつつマンガを描く。編集者っていうより、マンガアプリがいい」

「おお、現実的だし今風だ。ぜひ社長になってくれ」

「起業家⁉︎」


 掲示板の前でドキドキする。

 定刻になると、メガネをかけた禿頭とくとうのスタッフがやってきて、紙を張り出した。


 受験生がいっせいに詰めかける。

 リョウの末尾の番号は32番なのだが……。


「あった!」


 先に見つけたのはアキラ。

 自分の目でも確認したリョウは、5回くらいガッツポーズをしておいた。


「まさかアキラと同じ大学に通えるとは……信じられん」

「でも、受かったよ」

「1年前の自分にいっても信じないだろうな」

「それだけ上手に努力したってことさ。素直におめでとう」


 それからアキラの番号をチェックしにいった。


 当然のように合格。

 英文科はたくさん番号が歯抜けになっており、嬉しさのあまり叫ぶ人、悔しさのあまり涙を流す人といったように、天国と地獄の縮図となっていた。


「とりあえず、電話しよっか」


 まずは親から。


「受かったよ」


 と母に告げたら、


「さすが私たちの息子ね」


 と返された。

 電話口の向こうでニヤニヤしている母を想像して、リョウまでニヤニヤしてしまう。


 それから担任に電話する。

 リョウの口から合格した旨を告げたあと、アキラに代わって、同じように合格した旨を告げた。


「大学生活、楽しめよ。でも、楽しさにかまけてハメを外すなよ」


 それが担任からの最後の教えだった。


 最後に連絡したのは氷室さん。

 会議中かな、と心配したけれども、すぐに出てくれた。


「よく1年がんばったな。受験勉強とマンガの二足草鞋わらじを乗り切ったのだから、まさしく快挙だよ」


 思いっきり褒められて照れ臭くなる。


「新しいネーム、待っている」


 次の一言でテンションがえたけれども。


「どうする、この後?」


 アキラが軽くスキップする。


「そうだな。途中、カフェがあっただろう。あそこで少し休憩しよう」

「おっけい」

「今日は俺がおごってやるよ。ヘーゼルナッツラテでいいか?」

「やった!」


 また一歩、大人の階段を登っていく。

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