第321話

 平日ということもあり、カフェの中は空いていた。

 ジャズのBGMが流れており、勉強するにはもってこいの状態だったので、問題をスラスラ解ける。


 アキラがしきりに鼻をピクつかせる。


「どうした? 体調がよくないのか?」

「なんか鼻の奥がムズムズする」


 くちゅん!

 子どもみたいなくしゃみだったので、リョウはつい笑ってしまう。


「かわいいな。もしかして、試験会場で風邪をもらってきたか?」

「大丈夫だと思う。風邪の前触れなら、喉の奥がイガイガするから」


 リョウは勉強に戻った。

 3日後には次の試験を控えており、いくら勉強しても十分なんてことはない。


「やばい、飽きた」


 アキラが机に突っ伏せる。

 落第生みたいにう〜う〜うなっているから、この姿だけ見れば完全に勉強できない子である。


「少し休憩すれば?」

「う〜ん……しかし、リョウくんの前でサボるのも……」


 アキラがポンと手を鳴らした。

 マンガなら頭の上に電気マークがつくシーン。


「こういう時は血糖値を上げるに限るんだ! チョコチップクッキーを買いにいこう!」


 いったん席を外したアキラは、クッキーのお皿を持って帰ってきた。

 リョウが見ている前でクッキーを真っ二つにする。


「リョウくんに半分やる」

「もらっていいのか? 高いクッキーだろう」

「いいんだ。僕一人で食べるには大きすぎるから」


 アキラは右のクッキーと左のクッキーを見比べた。


「チョコが多そうな方をリョウくんにやる」

「いやいや、そっちはアキラが食いなよ。お金を出したんだから」

「リョウくんなら、そういうと思っていました〜」

「かわいいな、おい」


 クッキーをひと口かじった。

 チョコがずっしりしており、舌の上でゆっくり溶けて、雪のように消えていく。


 普通にうまい。

 高級だから当たり前なのだが……。

 素材がいいというか、コーヒーに合うというか、アキラが好きそうな味といえる。


「うま〜」


 元気を取り戻したアキラが、今日一番の笑顔に。


「おいしいチョコチップクッキーは、この世にたくさんある。過去に100枚以上食べてきた。しかし、大学受験のあとに食べるチョコチップクッキーが世界で一番うまい。ずば抜けてうまい」

「たしかに。この世の真理だな」

「毎日これを食べられるなら、僕は毎日受験を受けるよ!」

「調子のいいやつめ」


 アキラのセリフを、たまたまカフェの店員さんが聞いており、思わず失笑していた。


 ふたたび勉強に戻る。

 血糖値が上がり、元気を取り戻したのはいいが、今度はスマホの通知が気になる様子。


「リョウくん、勝負しよう」

「ん?」

「ルールは単純。先にスマホに触れた方が負けだ。ただし、電話がかかってきた場合はその限りではない。このルールでどうだ?」

「ああ、いいぜ」


 この条件なら、アキラに負けない。

 というのも、アキラの携帯の方が頻繁ひんぱんに光っているから。


「罰ゲームとして、負けた方はマカダミアナッツ入りクッキーを買ってくるんだぞ」

「それって、アキラが食べたいだけなのでは?」

「リョウくんも食べたいだろう?」

「はいはい」


 やれやれ。

 1時間くらいしたら、わざと負けてやるか。


 とりあえず伏線でも張っておこうと思ったリョウは、


「やべぇな〜。今日は楽しみにしていた電子書籍の発売日なんだよな〜」


 わかりやすいフラグを立てておいた。

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