第320話

 受験の3教科目。

 英語が終わり、回答用紙が集められたあと、アキラと一緒に会場をあとにした。


「今回は楽勝だな」

「だろう。このくらいの英語なら2年前の僕でも全問解けるさ」

「クソ生意気な受験生だぜ」

「でも、事実だ」


 ボトリと。

 雨になりかけの雪が降ってきた。

 大半の受験生は駅へ向かうけれども、リョウたちは途中で曲がる。


「リョウくん、せっかくだから行きつけのカフェに寄らないか?」

「ああ、いいぜ」


 いつも利用する喫茶チェーンに入った。

 席に荷物を置いてから、ドリンクをオーダーしにいく。


「僕は温かいヘーゼルナッツラテにしよう」

「俺はホットのブレンドコーヒーにしておく」

「リョウくんって、季節限定とか滅多に注文しないよね」

節制せっせいなんだよ。受験が終わるまで、なるべく安いメニューですませる」

「なるほど。ストイックなリョウくんらしい」


 席に着いたら、先ほどの試験の答え合わせをした。

 学力はアキラの方が上だから、自信のない部分をリョウが教えてもらう形になる。


「あそこは引っかけでね。Cが正解と見せかけて、答えはEだ」

「マジかよ……」

「気にするな。あの場にいた半数以上が間違えたと思う」


 アキラから説明された要点は、忘れないようメモしておいた。


 脳みそが活性化されている。

 まだ受験の余韻よいんが残っているせいだ。


「そうだ」


 アキラが携帯を取り出してポチポチする。


「忘れないうちに親に連絡しないと。……受験、終わりました。余裕でした。リョウくんと一杯飲んでから帰ります、と」


 リョウも母に連絡しておく。

 すぐに返信がきて、ぷっと笑ってしまう。


「リョウくんの親、なんて?」

赤飯せきはん炊いておきます、だってさ。滑り止めなのに、大袈裟おおげさだよな」

「いいお母さんじゃないか」


 アキラの携帯にアンナからメッセージが届いた。

 受験、どうだった? と。


 アンナも別の日程で受験する予定らしく、出題の難しさが気になるらしい。


『雪染さんの学力なら余裕で受かるよ』


 ポチッと送信。

 すぐに、ありがとう、のスタンプが送られてきた。


「雪染さんの第一志望って、キングと同じ大学なのかな?」

「だと思うよ」

「受かると思うか、雪染さん?」

「どうだろう。受かりそうだけれども、この世に絶対はないからな」


 ミタケは東京の有名私立に受かった。

 学部によるけれども、合格ラインはそれなりに高かったりする。


「あそこの私大を申し込むとき、第一志望から第三志望まで併願できるよね」


 第一と第二は人気の学部にして、第三は不人気の学部にするとか、小手先のテクニックがつかえる。

 もっとも、受験料が跳ね上がるが……。


「こうして考えると、受験ってビジネスだよな」

「まあね。このコーヒーみたいに適正価格とかないしね」


 アキラがラテをうまそうに飲む。


「これは僕の持論なのだが……」

「ん?」

「大学とか、就職とか、自分のレベルより、ちょっと落とした組織に入るのがいい」

「その心は?」

「新しい組織でトップに立てるだろう。すると、自信が生まれる」

「アキラって、ときどき嫌な性格をしているよな」

「でも、事実だ」


 アキラは連載マンガを引き合いに出してきた。


「一流誌で打ち切りラインにビクビクするより、二流誌でトップを取る方がよくないか。あくまで精神衛生上という話ね。人間は誰かから必要とされたときに成長するんだ。その他大勢のモブキャラに、自分から成り下がることはないだろう」

「たしかに……」

「植物と一緒だよ。陽当たりのいい土地が天国とは限らない。そういう場所は、植物同士のバトルが熾烈しれつなんだよ」


 アキラのこと、嫌な性格といったけれども、リョウはすぐに撤回しておいた。

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