第322話

 とある日曜日。

 リョウとアキラは都内の私立大学までやってきた。


 誘導のスタッフがあちこちに立っており、


「受験生の皆さんは、掲示板のところで受験会場を確認してください」


 と声を張り上げている。


 すごい人の数だ。

 駅から大学まで、ズラッとお葬式のような黒い列が続いており、重苦しいトーンに包まれていた。


 リョウは通学につかっているリュックを背負っており、はぐれないよう、アキラが人差し指を引っかけている。


「ねむねむ〜」

「まったく……受験の前日なのに夜更かしするなよ」

「夜更かしではない。早起きしすぎたんだ。一回過去問を解いてきたから、すでに疲れている」


 今日もアキラは私服だ。

 おしゃれなブーツをいており、都会へ遊びにきた若者みたい。


 キャンパスのマップがいたるところに張り出されていた。

 トイレはここ、自販機はここ、立ち入り禁止エリアはここ、といった具合。

 大学生らしい人の姿もチラホラ見かけるけれども、髪の毛がボサボサだから、寝泊まりしている大学院生かもしれない。


 真新しい建物に入っていく。

 一面ガラス張りになっており、どこかの研究所みたい。


「アキラの兄ちゃん、ここの現役生なんだよな?」

「そうだよ〜。でも、トオルくんが最後にキャンパスに足を運んだのなんて、1年前とかじゃないかな〜」

「それって、一般の入試に合格したってこと?」

「いやいや……」


 一芸入試の方らしい。


「トオルくん、勉強嫌いだからね。普通に受けたら落ちるよ。現に大学の講義内容なんてサッパリだろうね」

「へぇ〜」


 会場についた。

 ざっと200人は入れそうな講義室である。


「ひぃ……ふぅ……みぃ……全部で288席だ」

「計算するの、速いな」

「まあね〜」


 今回、リョウとアキラの受験番号は連続している。

 つまり、席が前後で並んでいる。


 外気はキンキンに冷えているけれども、それ以上にエアコンが効いており、講義室はポカポカしていた。


「リョウくん、受かるぞ」

「そうなるよう努力する」


 入試はこれで2回目。

 前回より気持ちは落ち着いている。


 とにかく焦らない。

 時間配分を間違わない。

 解ける問題から解いていく。


 自分に言い聞かせたとき、試験官がやってきて、マイクのテストをはじめた。


「ねえねえ」


 後ろに座っているアキラがペン先でツンツンしてくる。


「今日の受験が終わったら、なにを食べて帰ろっか?」

「余裕だな、おい」

「でも、食べたいだろう。せっかく東京に出てきたのだから」

「そうだな」


 温かいラーメンがいい、とリョウは答えた。

 じゃあ、僕はつけ麺が食べたい、と返される。


「魚介系のやつ?」

「そうそう」

「好きだよな」

「まあね。あれは日本人の偉大な発明品さ」

「なんじゃ、そりゃ」


 ふと誰かの視線を感じた。

 リョウたちの高校の制服を着た女子の3人組だった。


 クラスは別だから、顔と名前しか知らない。

 けれども、アキラは面識があるのか、自分から手を振ってあげる。


「気をつけろよ、アキラ。あんまり女子っぽい動きをするなよ」

「抜かせ。平気さ。今日の僕はどこからどう見ても男の子だ」


 白くて細い2本の指が、男子にしては長い前髪をいじった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る